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LINER NOTES 『(生)林檎博 '14 - 年女の逆襲 -』

 —— さいたまスーパーアリーナ公演の終演直後。客席の其処彼処から聞こえてきたのは、溜息混じりの「凄い」と「ヤバい」だった。これはやはり終演後に筆者がバックヤードで顔を合わせた多くの俳優、ミュージシャン、アーティスト、クリエイターといった関係者も同じで、異口同音に発せられた第一声はやはり「ものすごかったね」、「ヤバかったわ」のいずれかであった。そう、かくも多くの観客が暫し語彙を奪われるほど、今回の林檎博は“ものすごく”て“ヤバい”公演だったのだ ——
 本作は昨年(2014年)に椎名林檎が前述のさいたまと大阪、福岡の3都市で行ったアリーナツアー「林檎博 '14 -年女の逆襲-」から、12月10日に行われた大阪城ホール公演を完全収録した映像作品である。
 宇宙の彼方を浮遊する椎名のシルエット映像から始まる一曲目は「今」。過去という名の“わたし”と、未来という名の“あなた”を歌う、儚げな歌声が響く場内で、レーザー光線を浴びてはためき輝く無数の手旗。その後方から突如として箱舟に乗った椎名が現れると、観客のボルテージは冒頭から最高潮を迎える。
 続く「葬列」では有機的なジャミングのような映像と球体照明群の浮遊から、破壊と構築のドラマを描き出す。重力を自在に操り、場を完全に支配するような椎名の姿は、全知全能の創造主さながらだ。
 序盤から覚醒した椎名の存在感は、しかし一曲歌い進む毎に現世を生きるシンガーであり女としての肉体性を帯びていく。要所でその機能を担うのは『日出処』の楽曲である。“王道”の追求を宣言したニューアルバムの出来栄えに対する椎名の自信が見て取れる。ドラマチックな照明と、児玉裕一の指揮によるイラスト、CG、アニメ、ムービーを駆使したイメージ映像が秀逸なシンクロナイズを振り広げ、楽曲毎に異なる椎名のキャラクターを際立たせていく。
 『日出処』のアレンジに大きく貢献した村田陽一と斎藤ネコを中心とするブラスやストリングスを交えた“銀河帝国軍楽団”は圧巻の演奏力で椎名を支える。フロントのメンバーもまた元東京事変の浮雲とヒイズミマサユ機、SOIL & “PIMP”SESSIONSのみどりん、そして竹内朋康、鳥越啓介、佐藤芳明と、椎名が近年に交流してきたミュージシャンたちの揃い踏みである。そしてソロ名義の楽曲に交えて、事変のナンバーや、他のアーティスト・映画・舞台への提供曲が加味された今回のセットリストもまた、椎名が前回の林檎博から今回までの約6年という歳月で積み重ねてきた、音楽家としての成果が集約されている。
 こうした本編の構成は、本作に付属のスペシャル・フォトブック“年女のパンフ”によって更に理解を深めることができるだろう。ライブ写真はもとより、“銀河帝国軍楽団”全員のポートレイトやステージ図面、衣装デザインスケッチといった充実の資料が掲載されているのだが、何よりのトピックは本編の全衣装を着用した椎名のポートレイトだ。本邦初公開となるスタイリング全7種の撮り下ろしには、それぞれ“天地創造”、“文明開化”、“心中未遂”、“任務遂行”、“輪廻転生”、“開店準備”、“閉店準備”とタイトルが冠してある。つまりライブ本編にも7つのテーマが設定されていたという事実が、ここで初めて明かされている。
 合計14台のカメラで撮影した素材を丹念に編集し、演奏のグルーヴとシンクロした緻密な映像作品へ結実させたのは本作監督・ウスイヒロシの手腕だ。今回の公演は楽曲毎の情報量がともかく膨大で、仮に公演を複数回観たとしても、その全てを目撃することはおそらく不可能だ。だからこそ、後日こうしてリピート再生できる映像作品は意義深い。総勢35人の楽団によって鳴らされた音像の全貌も、椎名の絶対的な僕として、ステージ上で独自の磁場と絶大なるインパクトを生み出した“AyaBambi”の二人によるハイプなダンスもつぶさに確認できる。何より椎名の圧倒的な歌声を、妖艶なパフォーマンスを、思わずこぼれてしまったような愛らしい笑顔を、特等席で堪能できる快感は筆舌に尽くし難い。
 椎名は「NIPPON」を高らかに歌い、スケボーを駆って「自由へ道連れ」で客席を席巻する。ステージに“キャバレーBon Voyage”が出現するとペガサスを彷彿とさせる衣装を纏い、「静かなる逆襲」で年女の面目躍如たる見得を切る。そしてアンコールでは「マヤカシ優男」のラテンのリズムに乗って本能を曝け出すように激しく身体を震わせ踊り、「ありきたりな女」を歌ってステージを去った。鳴り止むことのない観客の拍手とエンドロールが本作のラストシーンだ。
 現世に降り立った女が、自らの手で世界を開拓し、性に従順で在ることで何度となく生まれ変わり、崇高な極みを迎えながらも、世俗の肉体性を獲得することでまた一人の女へと回帰していく。これはそんな一大スペクタクルだ。全力で駆け抜ける人生こそが、“抜けて泣けて笑える”娯楽こそが至上という、椎名林檎のイズムの具現化として筆者の目には映った。では貴方の目にはどうか? 本作は初回完全限定生産である。是非とも逃さず入手して、“ものすごく”て“ヤバい”逆襲の正体を見極めてほしい。

(内田正樹)