今井美樹 6年ぶりのオリジナルアルバム『Colour』2015年5月20日発売!!初回限定盤 (CD+DVD):TYCT-69082 \4,500 (税抜) 通常盤 (CD):TYCT-60062 \3,000(税抜)

- LINER NOTES 今井美樹『Colour』–

 『Colour』は今井美樹にとって19枚目となるオリジナルアルバムである。だがある意味では20枚目と数えていいのかもしれない。その理由は前作『Dialogue -Miki Imai Sings Yuming Classics-』の存在意義に拠る。自身が10代の頃から憧憬していた松任谷(荒井)由実の名曲を歌う——それは今井曰く「“命懸け”のトライ」だった。
「私にとってはオリジナルアルバムと同じか、またはそれ以上とさえ言える大きな作品でした。『Dialogue』の楽曲をもっとライブで歌い、咀嚼して、更に自分のものにしたかった。そんな思い入れも手伝って、新作のリリースはもっと先でもいいのでは?とさえ思っていました(笑)。もし仮に新作を作るとしてもオリジナルとして『Dialogue』を超えるぐらいの気持ちでなければならないというプレッシャーもありました」(今井)
 そんな彼女に心境の変化がおとずれる。そのきっかけは、所属レーベルのディレクター氏から持ち掛けられた“Dance”という言葉だった。
「私はそれを“ダンスミュージック”ではなく“心躍る音楽”だと解釈しました。私は20代の頃、たくさんの洋楽に魅了されていました。あの上質なサウンドがもたらしてくれた心躍る気分を、今の私なりに表現して、それを皆さんと楽しむことができたら。そう考えると、アルバムの方向性が見えてきました」(今井)
 周知の通り2012年からロンドンで生活している彼女は、前作でジャミロクワイやビョークを手掛けた名匠サイモン・ヘイルとブルーイ(インコグニート)という新たな音楽仲間と出会った。今作ではさらにアンドリュー・ヘイル(シャーデー)が合流して、プロデュース、楽曲提供、アレンジ、演奏を手掛けている。 「インコグニートもシャーデーも、もちろんサイモンが手掛けた数々のアーティストも、私には80年代から90年代にかけての大のフェイバリットでした。かつて隣の芝生を羨むように憧れていた音楽の作り手と、まさか50代に入って一緒に音楽を作るなんて、あの頃は想像すらつきませんでしたね(笑)」(今井)
 前作の収穫によって気心の知れた部分こそあるものの、やはりコミュニケーションの面では苦心したという。彼女はスタジオで自分の目指す方向性やリクエストを伝える時、抽象的な感覚やイメージをミュージシャンたちに話す。その細やかなニュアンスを表現する過程では、もどかしい場面も少なくなかったようだ。
「これまでの中でも最大級のプレッシャーとストレスに襲われました。言葉を増やしてもかえって表層だけで伝わってしまう恐れもあるので、途中からはなるべく委ねるように気持ちを切り替えました。正直、かかった霧や靄がミックスの時まで拭えずにいた部分もありました——でも、その不安の中にいたのは私だけだった(笑)。彼らはちゃんと私の想いを、コンセプトを紡いで、しかもそれを上回るほどのゴールを目指してくれていたんです」(今井)
 幸福なことに、そのゴール設定は楽曲を提供した日本の作家陣についても同じだった。20年振りの邂逅となった上田知華や、これまでも数々の楽曲を共にした岩里祐穂、川江美奈子も。初の顔合わせとなったいしわたり淳治と熊谷幸子も。そして今作のトータルプロデュースを担う、彼女の重要なパートナーである布袋寅泰も。彼らが各々に〈現在の今井美樹“にこそ”歌わせたい〉と書き下ろした楽曲は、ロンドン勢の奏でる極上のアレンジと相まって、或るストーリーを紡ぎ出す。それは大切な人々と共に“日常”を生きる、ひとりの女性の物語である。
「今の私が奏でる音楽を考えた時、やはりいま現在ロンドンで暮らしている“日常”からの視線で歌うべきだと思いました。つまり娘や夫という、ファミリーを中心にした大切な人々との暮らしです。私は大した人間じゃないけれど、日本で暮らす同世代の皆さんと同じように、一生懸命に生きています。だからその代表ではないけれど、『私は今、新しい環境でこう暮らしています。毎日いろいろあるけど、大切な人々とこんな風に頑張っています』といった近況を綴った、エアメールのようなアルバムになったと思います」(今井)
 前半ではアシッドジャズやAORに代表されるタイトでダンサブルなグルーヴが冴え渡り、中盤からは切なくもたしかな体温を感じさせる曲調へとシフトしていく。そのアプローチは80年代や90年代の洋楽をなぞるのではなく、歴戦の手練れたちが奏でるアレンジに最大限の敬意を表しながら、そこにどう気持ち良く日本語詞を乗せ、全体をアジャストするかという実験精神に富んでいる。ここに今作が擁する心地良さの肝がある。
 殊更に過去を説明するような舞台装置など設けていないにも拘わらず、すべての歌詞からは主人公が日々を生きる姿の向こう側に、彼女がこれまで歩いてきた物語の背景が感じられる。これは歌詞表現として特筆すべき手腕と言える。これまでがあって、だからこそ今がある。そんな人生の普遍を、今井は一語一句丁寧に歌い上げている。その歌声はこれまで以上にたおやかで伸びやかだ。
「このアルバムが完成を迎える直前、自分の過去と未来が、ロンドンの仲間と日本の仲間が、一本の線で繋がりました。異なるピースが全て揃った瞬間、突然目の前にひとつの絵が現われた。初めての、とても素晴らしい体験でした」(今井)
 最後に。『Colour』というアルバムタイトルの命名について、彼女が挙げたふたつの理由を紹介したい。
「ひとつはすごくカラフルな楽曲が詰まったアルバムになったから。もうひとつは、私にとってロンドンでの生活は豊かな色に彩られているからです。陽射しが照らす街並み、季節の木々や花々。時には落ち込みそうになるけれど、すぐにワクワクさせられます。だからアメリカ英語の“Color”ではなく、イギリス英語に倣って“u”の入った“Colour”と名付けました」(今井)
 デビュー30周年目に届けられた『Colour』は、新しくも優しくて、しかもどこか懐かしい、心躍らされるポップアルバムとなった。そのサウンドはたしかにロンドンという街のアイデンティティーとイコールであり、同時に現在の今井美樹というシンガーが持つ魅力そのものでもあるのだ。

(内田正樹)

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