Official Interview
インタビュー
―― 2024年のツアー「Our Songs!!」、本当に素晴らしかったです。解放感というか、ご自分がご自分の歌をきっちり愛せているといいますか。そういう心地好さがありました。
今井:わあ、うれしいです。 聴いてくださった方にそういうふうに伝わっていたんだったら、一年かかったけど、よかったよ〜本当に。
―― あははははは。「こんなに上手に笑うんだ!」みたいな、そういう印象すらありましたね。
今井:長い道のりだったんでね。2023年に全国のコンサートホールをまわる5年ぶりのツアーがあったんですが、正直年齢的にも5年という時間は思いのほかいろんなものを大きく変化させて。自分自身もそうですし、世のなかもそうだったし、コロナ禍を挟んだりもして。5年の時間を埋めるというよりも、5年のあいだで変化してしまったであろう自分をどう扱っていいかわからない時間になっていたんですね。だけど、とにかくみんなのところに行って、「ありがとう」を言いたい!と思った。もうね、ステージに立たないままフェードアウトして、もうこの仕事はやらないようになっていくんだろうなと思ってたんですよ。
―― ええ??
今井:なんかねぇ、体調的なことも含めていろんなことが押し寄せる。でもね、「美樹さんの音楽が私のなかでこんなふうに支えてくれました」とか、今でもそうやって見つめてくださる人たちがいるんだったら、その人たちに直接会ってからじゃないと終われないと思って。それで、「どうなるかわからないけど、これがピリオドになってもいい」「ピリオドをつけるんだったら、どうしてもツアーをやりたい」ってスタッフに言ったんです。でも「この時期から会場を探すのは無理です」と言われたんですよ。でも、とにかく私がみんなの所に行って、「ありがとう!」を言いたい、ありがとう行脚をしたいとお願いをしたんです。そうやってキチンとピリオドをつけたいと。そしたらスタッフ頑張ってくれて。それで12本かな? ツアーを切れることになって。ワクワクと、ドキドキと不安も楽しみも体のなかに巡りました。ファンの人たちも私と同じぐらいの世代の方たちが多いと思うんです。音楽にまみれて、音楽が好きで好きでたまらなかった頃。そんな頃に私の音楽とも出会ってくださってると思うし、その人たち、私も含め、人生いろいろありますからね。生活も、自分の人生も、世のなかも、どんどん変化していくなかで、一生懸命頑張ってきている人たちが、もしかしたら今ちょっと肩から荷物を下ろして自分の時間を取り戻せるようになってきてるのかも。――(「ありがとう」を言わなきゃいけないのは)そういう世代なんじゃないかなと思って。
―― なるほどなるほど。
今井:やっぱり時間が経って空いていたということと、もしかしたらこれが最後かもしれないっていう覚悟もあったから、「絶対にやり残したくない」という気持ちがあったんだと思うんですよね。「『幸せなりたい』から始めたい」というのは最初から決めていました。そのうちに、懐かしい友人と何十年ぶりに再会するみたいな、温かくて楽しくて、また元気にそれぞれの日々に帰っていけるそんな場所にしようと思いはじめて。
「うわあ、元気?」「元気?」ってカフェで会ったら、閉店までずっといるぐらい喋り倒して、泣いたり、笑ったり、うなずいたり、肩かかえたり、お互い慰め合ったりして、あっという間にその時間が過ぎちゃう、みたいな。そんな時間になるといいなと思って、カフェのセットにしたんです。
―― 本当に素晴らしいライブで。「もしかしたらこれが最後かもしれない」っていう思いが背景にあったと思うんです。「皆さんのなかにある“今井美樹”と今の“今井美樹”をちゃんと全部お見せしますから、ちゃんと持って帰ってください」っていう。
今井:覚悟、みたいな。
―― そして、そんなツアーを経て、今生まれたアルバムが『smile』。まさに『Our Songs!!』という作品ですよ、これは。
今井:そうなんです。「Our Songs!!」の最新版を作りたいと思ったの。それこそ布袋(寅泰)さんとスタッフは、「タイトルは『Our Songs!!』でいいんじゃない?」って言ってました。
―― 本当に『Our Songs!!』というコンセプトを持った作品なんですよね。この作品が素晴らしいのは、“私たち”の曲を新しく作って、みんなでこれから『Our Songs!!』をやっていくうえで必要なものを作りましたという。その前提がこれほど徹底されている作品はほかにあるかなと、ある種の境地を感じましたし、「ああ、美樹さんはそこにたどり着いたんだな」という。その意味において、ツアー『Our Songs!!』からのこのアルバムへの流れはとても必然的だと思うんですね。
今井:ああ、それはよかった。アルバムを制作する意味ははっきりしてるのに、なかなかスムーズにはスタートできず、だんだん私の中ではモヤモヤが続いていたんです。だから、おっしゃるような感想を持って下さるのは、布袋さんが途中からガツンと入ってきたからだと思います。自分のライブも大変ななか(制作に)入ってくれて、指揮者のように滞っていたことをどんどん進めていった。今おっしゃってくださったことが正解だったとしたら、それは布袋さんの”指揮者”としてのセンスだと思います。新しいというか、かっこいいニューエストな部分の塩梅と、みんなにとって懐かしくてほっとする部分。それと確実にトライアルをする部分。そして、「君が君であるべきだ」「今の君をどう出すか」というところ。私は本人なので、どうしても近視眼的になってしまいますし。彼が道を先に歩きやすくしておいてくれて、立ち止まったり、右行ったり、左に行ったり、もうちょっと下がったり、歩けない道だったら後ろから押してくれたり、その道の周りの住人たちに声をかけて、通っていくときに旗を振ってくれたりして。きっと、そうやって押したり引いたりしてくれたんだと思います。
―― いい表現。
今井:今だから本当に素直にそう言えます。でも今までだったら、呑み込んでしまったことも、正直ありました。今回もわがままを言ったつもりはひとつもないです。ただ、布袋さんが「こうだよね」って言う発言に、自分のなかで同意できない時が何度もあって、「No」ではないけど「Yes」とは言わない。「私はそう思わない」と。そこは今回はどうしても強くありました。
布袋さんにだけではないですよ、もう一人のプロデューサーの河野くんにも、ミュージシャンたちにも、エンジニアの方にも。
―― なるほど、なるほど。
今井:布袋さんは、自分のなかでゼロからモノを作る人だから、自分のなかで全部のことが見えていて、さっとスマートに指示を出せる。時間を効率的に回して作っていく人が、そうではない私に合わせることにみんなも戸惑ってしまうんじゃないかと彼は気配ってくれていたと思います。だけど、今回はどうしても流れにそのまま乗りたくなかった。その時々の思いを流したくなかった。だって、最後のアルバムかもしれない。
―― そうですよね。
今井:テコでも動かないんだから、だったら納得がいくように歩けばいい、って――今の時代にこの言葉遣い、単語が間違ってるかもしれないけど――許してくれたんですよね。
―― はい。
今井:今回のアルバムを作ってるあいだに、一生懸命自分のことを探していたような気がして。自分の錆びついていたアンテナの錆を取って、アンテナがピピピピ!って、また何かを敏感にキャッチする。そういことをこのアルバムのなかでやっているというか。スタートしてから一生懸命サビを取っていたような気がする。同意できないことには同意しないっていうことも含めて。全部を自分が決めたわけじゃないんです。でも、「こういうアルバムにしたいんだ」っていう思いは、どんなに迷っても絶対に自分のなかにブレずにあったんです。「これは違う」と思ったり、「こっちのほうがいいんじゃないか」と感じた時は、いつもそこに立ち返ったような気がします。初めはサウンドのムードがずっと心で鳴っていたんですが、結局コンセプトというか何を歌いたいかということの入り口は、やっぱり歌詞でしたね。
―― そうだったんですね。
今井:岩里祐穂さんと会いました、何度も。早いうちに会って、いっぱいいろんな話をしたんです。プライベートで会うことなんて、これまでほとんどなかったんですよ。はじめが2023年の春だったんです。私が、60歳になったタイミングで。60歳の誕生日を迎える日の朝、本当に霧がわーっと晴れたような気持ちになったんです。これだけ晴々とした気持ちになったということは、本当に霧のなかにいたんだなってことを思わされるくらい。だから、「ああ、これから何かが始まるってすごく嬉しい」という、いろいろな思いが溢れている間に気づいた、自分の新しい気持ちや、嬉しいと思っている世界観を祐穂さんには聞いておいてほしい、って、お話しさせてもらったんです。次にアルバムを作る時のアイデアソースになると思って。それはそれは長い女子会でした(笑)。その後ツアーがあったり、新たな感情も湧き上がってくるから、翌年2024年にまたあらためて会い、泉が湧くように溢れてくる思いをとにかく聞いてもらっていました。でもそれは、心の奥底に何層にも重なっていたであろう感情が、自分でも驚くほど粘着質な感じでした。体のあちこちにへばりついていたみたいな感じ。それを根こそぎ剥がしていくように、それこそ何時間もかけて吐き出す感じ。ほとんど自動書記(笑)。喋り続けるから書き留めてもらう、みたいな。
―― なるほど。
今井:その後、私、2025年2月の再帰国した翌日に高熱が出て、激しく咳き込んでるうちに、ぱつっとそのまま声が出なくなっちゃったんです。ひどい声帯炎でした。耳鼻科の先生が、「こんな酷いの見たことがないです・・」と言うくらいの状態になってしまい、2週間全く出ない、そして回復のためにリハビリとしてしか出してはならない・・という過程で、1カ月、ほぼまともに声が出せなかったんです。筆談で、と言われ、ホワイトボードを買ったんですよ。家族とのやりとりも打ち合わせも筆談。外出用に小さいやつをカバンに入れて、タクシーに乗ったり、買い物に行って何かを選ばなきゃいけない時に、そこに書いたりして。
レコーディングに入る直前のタイミングで、
―― はい(笑)。
今井:それがすごく大きな気づきにつながるんですが、本当に声がまったく出なくなったしばらくのあいだですごく思ったのは、思いが人に届かないということの苦しさ。フィジカル的に言いたいことが言えない、と言うだけでなく、日常でも職場とか生活のなかでそんなことってあるよね、きっと皆さんもそうだと思う。言いたかったことや感情を、無理して呑み込んだからもういいわ・・と思っていたのに、蓋開けてみたら、全然消化不良だったことに気がついたりするわけです。それでトラウマの蓋が開いたわけじゃないけど、きっかけになったような気がして。その後家族はロンドンに帰り、私は治療のために日本に残ることに。その頃はひどく落ち込んでいるし誰かと会うこともできないから、近年大好きな洋楽のプレイリストを夜も朝もずっと聴いていたんですけど、ある朝、重い気持ちのままキッチンに行って、バーッとカーテンを開けたらすごくいい天気だったの。そしたら、なぜか急に頭のなかでユーミン(松任谷由実)の「ガールフレンズ」のイントロが鳴り始めたの。あの曲は、失恋をした〈私〉を、女友達がドライブしながら慰めてる、一見そんな曲。ちょうど30歳の浮かれた時代に聴いていた私は、そんな女友達とのストーリーと聴いていたけど、その朝は違ったんです。<私>のために久しぶりに集まった彼女達。彼に対して無理していた自分も見透かされていて、時を経ても軽口を叩いてくれる彼女達。みんなそれぞれの毎日や人生があり、もうあの頃と同じじゃない。でも”悲しかったのは思い出のせいじゃなくて、あなたたちが優しかったから”っていうストーリー。、30歳の私は気づかなかったストーリーの端々が心に刺さりまくって、切なさと、何故か大きな解放感で、「あ〜!これは『Our Songs!!』だ!」と思いました(笑)。
―― まさにそうですよね。
今井:「Our Songs!!」と新しいアルバムが繋がった瞬間でした。今回残したい思いがどんどんはっきり見えてきて。”私たち”というのがキーワード。”私たち”の思いが集まれるもの、”私たち”が歩いてきた先にあるそれぞれの思い、”私たち”の今・・。私たちがこれからも先へ向かうために、今をちゃんと受け止めたい・・そんなことが次々に心に湧き上がってきて、それがアルバムのコンセプトだ、とホワイトボードに書き出すところから始まったんです。まだ先は見えていないんだけど、自分のなかで開けていく感じっていうんですかね。
―― うんうん。
今井:ユーミンの「ガールフレンズ」みたいな曲を作りたいということではないんですよ。でも、何故あの曲が急に頭に鳴って、それを聴いたら自分の視界がクリアになったっていうのは一体どういうことなのか。かつては、その意味を知りたかったけど、今は、体に”来る”感覚をそのまま受け取りたかった。今回そこに気づけたことが大きかったと思います。
―― そうですよね。
今井:それで、1曲目は、とにかくパンッ!と開けたいっていうことをスタッフには言い続けました。そしたら布袋さんがロンドンで作ってきてくれた。それが「Because of You」。歌詞も、〈Because of you〉っていう「あなたのおかげ」というのは、やっぱりみんなに「ありがとう」を直接言いに行きたいという私の想いを、祐穂さんはここに書いてくれている。背負ってきた荷物を置いて、今日は自分のために楽しもう、って。結果的になんですけど、コンセプトで曲順を決めたんじゃなくて、できあがったものをつなげていったらこの曲順になっていったんです。「Life is a Journey」は、アルバムのラスト。この曲は、60歳になったら霧が晴れたと思ったのに、去年のツアー中にまたいろんなことが押し寄せてきて、踏ん張る姿を見続けていた川江美奈子ちゃんが「この旅のあいだの美樹さんを曲にしたいと思ってます」って言って生まれました。
―― このボーカルがまた素晴らしいんですよ。
今井:ありがとうございます。
―― 本当に絶妙で。大げさに彩る歌も十分にありえたと思いますが、もともと感情の出し入れは、美樹さんは本当に天才的だと思うんですが、ここにきて自分の声というものを本当によくわかってるんだなっていう感じがして。
今井:迷ってる頃だったんですよね。声が出なくなったあと、リハビリしながら久しぶりに歌って。マイクの前で歌う、自分の声と向き合う、自分を探すというのは、もう精神性だけじゃないんですよね。歌も声もずっと探してました、最後まで。「こういう声の質で歌いたい」っていう考えはいつもあるんです。だから毎回迷い探しています。「青空とオスカー・ピーターソン」を先に歌っていたんですけど、その頃は、歌、というか自分がまだ安定していなかったから、気持ちの寝技で持っていくっていう。
―― ははははは。はい(笑)。
今井:イメージする声の温度感になるまで何回もトライしました。スタジオで歌うっていうことが本当に久しぶりだったから、いろんな意味でここ数年立ち止まったり、困惑したり、迷ったりしているものが、そのまま出るんですよね。でも、最終的にこれでよかったと思っているのは――これは歌い方一つひとつの話じゃなくて――「私は今途中です」というものを残せたこと。今自分が途中だっていうことをちゃんと足跡にして残したいという気持ちだったから。それが“今”ならそれでいい、と。
―― 「Life is a Journey」のボーカルはとても生なんですよね。
今井:そうそう。それが今の時代に結果的に良かったのかどうかわかんないんですけどね。
―― で、今回『smile』というタイトルなんですよね。「今井美樹って今まで『smile』っていうタイトルでアルバムを作ってなかったのか?」っていうぐらい今井美樹なワードじゃないですか。ここであえて聞きますけど、なぜここで『smile』だったんですか?
今井:案はいくつかあったんですよ。でも、締切ギリギリまで言葉をずっと探してたんです、しっくりこないから。歌入れが全て終わった翌日、ジャケットの撮影で九十九里に行くことになっていて、出発する時に、キッチンから布袋さんが「笑ってね」って一言。母親みたいに(笑)。「はいはい」と思いながら靴を履いていたんだけど、そこで「『smile』ね・・」と思ったんです。でもベタすぎるな・・とも。
―― そうだったんですか。
今井:靴を履いてたら、急に廊下のドアを開けて、彼が「『smile』っていいんじゃない!」って言ってきたわけですよ。突然”smile”と言う単語がポンと浮上してきた。そんな偶然みたいな小さな出来事一つ一つが知らないうちに繋がってきた。面白いですね。そして、今回の撮影がまたすごく楽しかったんです。若い頃、世界中あちこちで素晴らしいスタッフといろんな撮影してきたけど、それを思い出すような気持ちいい現場だったんです。天候や海のコンディションも、カメラマンさんもヘアメイクも衣装も自分自身のコンディションも、とにかくすべてがうまくいって、みんなハッピーだった。カメラマンが、現場で撮ったものをどんどんモニターに出して、12分割みたいにして見せてくれたら、なんか、すごく自分がいる感じ「ああ、なんか懐かしい」「私ってこうだったなぁ・・」って、いろんな感覚が蘇る感覚。たたずまいとか、被写体としての集中力とか。これです(見せる)。
―― ああ、本当だ。どれをジャケ写にしてもいい。すごい、なるほど。
今井:だから、きっとこのレコーディング中、自分自身を探していた私にとって、すごくシャープでシャキッとした”知っている”自分がそこにいて、あぁ、私はこういう人だったなと思ったんですよ。なんか、嬉しかったんです。すっごくナチュラルに、ふわっと笑って、光があって。最終的に、その中で一番自然な一枚がジャケットになりました。。みんなが私に“美樹ちゃん”と思ってくれているのは、きっとこの”私”なんだなって、その時に素直に受け入れられて。その時に、このジャケットで行くんだったら、『smile』っていうタイトルでもいいなと思った。
―― うんうん。
今井:でも、笑ってるからといって“スマイル”ではないんです。自分の笑顔で笑いたい。それは、たぶんみんなそうじゃないかな。みんないくつも笑顔を持っている。大人だけでない、子どもだってそうですよね。みんな、社会の一員として生きている。自分だけど、必要な誰かのためにも生きてますよね、お互いに。助け合って、助けてもらいながら。いつも笑ってるつもり、笑顔でいるつもりなんだけど、素になった時の笑顔っていうか、心のなかの笑顔がある。人に評価される笑顔でなく、自分を好きでいる笑顔。みんな自分の笑顔でいたいよねって、それに気がついた時に、すごく嬉しかったんですよ。「みんなで笑おう!」とか「スマイル!」というのじゃなく、もっと凛々しい感じ? 覚悟っていうほど強くないんですけど。なんて言うのかな。小さく、誰にも言わなくていいんだけど、自分に宣言する感じ。「自分の笑顔で笑いたい」って。それで『smile』というタイトルにしました。
―― この言葉を使えるようになったんだっていうのは、とても僭越な言い方になりますが、感慨深かったと言いますか。「あ、ついに今井美樹はこの言葉を使えたんだな」っていう。
今井:今まで、笑ってなかったんですかね。
―― ということなんですよね、きっと。
今井:笑い方がわかんなくなっちゃったというか。いくつもの笑顔がずっと発動していたから、オリジナルがわからなくなっていたのかな。でも、音楽の現場にいるのがすごく幸せだった。私はやっぱりここが好きだと思いました。撮影(ジャケット)は歌録りを全部終えてからだったから、11月末の早朝のビーチでもいい(笑)。そんな無理する撮影も久しぶりだったからいろいろ懐かしくなって。「懐かしい」と思った時に何が心のなかにあるかっていうと、幸せな感情だった。”好き”を追いかけて、目を見開いて一生懸命生きていた頃の熱みたいなもの?柔らかな気持ちだったり、周りの人たちの笑顔も素敵だったり、同じ目標に向かってそれぞれが光っていた。
そういうハッピーだった頃のこと、ポジティブだった頃のことを「懐かしい」と思う。それはただ後ろ向きに懐かしんでるんじゃなく、あの頃のエネルギーがすごくポジティブな波動だったことを嬉しく思えるっていうこと。振り返れるって、今を認められるからだと思う。
懐かしもうよ、気持ちが晴れるなら。そして今を楽しもう。
―― うんうん。
今井:だから、これは「今井美樹」のアルバムだけど、聴いてくださったみんなの中でもしハマってくれた人は「これは私のアルバム!」って言ってくれていいんじゃないかな。
「この曲は私だ!」って思ってくれるんじゃないかなって。
―― まさに『Our Songs!!』ですよね。
今井:はい。ポケットに入れておきたくなるひとつになってくれると、すごく嬉しいですね。
Interview:小栁大輔