Mrs. GREEN APPLEとして初の試みとなったスタジオライブ企画<Studio Session Live>。今年5月20日にYouTubeでプレミア公開され、現在も楽曲別のアーカイブ動画として視聴できる、特別編成による一度限りのスタジオライブだ。
5月20日と言えば、10年前にMrs. GREEN APPLEが初ライブを行った日であり、ファンの間で、通称“青リンゴの日”と呼ばれている記念日。このことからもわかるように、2023年の<Mrs. GREEN APPLE 10th Anniversary Celebration>プロジェクトのひとつとして、大森元貴(Vo/G)の発案によって実現したスペシャルアレンジによるライブである。まず今年2月下旬に公式サイトで<Studio Session Live>開催が告知され、演奏曲目のうちの一曲をファンからのリクエストで決定するという募集も行われるなど、まさしく結成10周年をMrs. GREEN APPLEとファンが一体となりお祝いしようという企画であった。
そして、実際に公開された映像を見た多くのファンは、その凝りに凝った内容とクオリティの高さに驚いたのではないだろうか。単なるファンサービス的な“お祭りイベント”とはある意味で対極にある、とてもシックな新アレンジと、映画のように作り込まれた映像美は、オリジナル・アルバムや単独ライブに匹敵すると言っても過言でないほどに、高い作品性を持つコンテンツであった。
演奏メンバーは、大森をはじめ、若井滉斗(E.Gt, A.Gt, Chor)、藤澤涼架(Key[Pf/Org/Synth], E.Pf, Toy Pf, Fl, Picc, Chor)の2人に加え、サポートとして森夏彦(E.B, Synth.B, Chor)、神田リョウ(Dr, Perc, Chor)、須原杏(Vn, Perc, Synth, Chor)、林田順平(Vc, Perc, Chor)、真砂陽地(Tp, Chor)、小西遼(A.Sax, B.Sax, Cl, Fl, Perc, Synth, Chor)、兼松衆(Key[Pf/E.Pf/Org/Synth], E.Gt, Chor)が参加。総勢10名のミュージシャンが一同に会した場所は、レコーディングスタジオや一般的なライブステージではなく、この日のために用意されたクラシカルなラウンジ。レトロ調の家具やインテリア、そして小物に至る細部までこだわり抜かれた空間で、「Soranji」「ダンスホール」「私は最強」「ニュー・マイ・ノーマル」と、先述したファンからのリクエストから選ばれた「フロリジナル」の計5曲が、アンプラグド風リアレンジによって、装いも新たに披露された。
その様子を見聴きするうちに、ふと感じたことがいくつかあった。まず、今回の新アレンジによって、今まで以上に各曲のメロディと歌詞に耳がひきつけられ、自分の想像力が歌の深層へと導かれていったことだ。一般的に、音楽家はメロディと歌詞を生み出すと、それをポップソングとして成立させるため、心躍るようなリズムやカラフルな音色で曲を装飾していく。歌を、よりわかりやすく、よりたくさんの人に届けるためのアレンジだ。
ただ今回の<Studio Session Live>で披露された新アレンジは、誤解を恐れずに言えば、世の中のたくさんの人を対象とするのではなく、スマートフォンやパソコンの画面越しにライブ映像を見つめる“あなた”というひとりに対して、Mrs. GREEN APPLEの世界へと深く深く誘うために考えられたアレンジであったように思う。つまり「広く浅く」ではなく、大森が描いたメロディと歌詞を「狭く深く」伝えるためのアレンジ。だからこそ、原曲とはまた違う形で、歌そのものが持つ喜怒哀楽やエネルギーを聴き手はダイレクトに感じられたのではないだろうか。
そんな新たなアレンジを、大森はプロデューサー的視点でサポートメンバーと共に形づくっていき、その仕上がりを具現化するスタジオリハーサルの進行をメンバーである若井と藤澤に一任したこともまた、大きな出来事だった。バンド結成時から、Mrs. GREEN APPLEの楽曲はすべて大森が作詞/作曲し、全パートの編曲まで彼が手がけてきた。そのうえで今回、既発曲とは言え、第三者のアイデアも大胆に楽曲に取り入れながら、大森はMrs. GREEN APPLEの音楽性やバンドという形態を拡張させ、自らを次なるステージへと推し進め、まだ見ぬ新大陸を目指そうとしたのではないだろうか。
その実現に不可欠であったのが、若井と藤澤の音楽家/演奏家としての力量だ。特に今回のように音楽の“ノリ”や“ポップさ”という表層的な要素を排除し、歌のコア部分を剥き出しにする新アレンジを成立させるには、演奏面においても“勢い”や“熱量”といった曖昧な要素による誤魔化しは許されない。正確で、なおかつ音楽的に表情豊かなプレイが絶対条件となる。そういう意味でも、フェーズ2以降の若井と藤澤の飛躍的な成長が<Studio Session Live>実現の大きな推進力となったことは間違いなく、大森が2人にスタジオリハーサルを任せるに至った理由も十分にうなずける。
加えて、<Studio Session Live>で随所に聴くことができる、表現力を増した若井のギタープレイや、ライブで久々に披露した藤澤のフルート&ピッコロの調べが、この収録後に開催されたアリーナツアー<NOAH no HAKOBUNE>やドームライブ<Atlantis>へとつながっていったことも併せて考えると、アルバム『ANTENNA』制作期の真っ只中という超ハードスケジュール下での収録だったとは言え、2023年の彼らの活動にとって、むしろ必然だったとさえ感じさせる極めて重要な試みであった。
フェーズ2始動以降、さまざまな挑戦を行い、数々のトピックスを提供してきたMrs. GREEN APPLE。そのなかでも<Studio Session Live>という画期的なチャレンジは、5年後、10年後に振り返った時、間違いなくひとつの大切なターニングポイントとして挙げられるであろう、実にエポックメイキングな“作品”として、Mrs. GREEN APPLEの歴史にその名を刻んだセッションであった。
Text : 布施雄一郎