10月に8日間、さらに追加公演として11月に2日間。計10日間にわたって繰り広げられたMrs. GREEN APPLEによる定期公演「Mrs. GREEN APPLE on “Harmony”」。アミューズメントパークのステージショウのようでもあり、クラシックの演奏会のようでもあり、ミュージカルのようでもあり、何よりロックバンドのライブでもある――そんな不思議な感覚と音楽の豊かさを感じさせてくれたそのステージは、バンドという枠組みを超えて進化し続けるミセスの表現力の幅広さと懐の深さを力強く見せつけるものとなった。ここでは10月の8公演の千秋楽となった10月31日のライブの模様をレポートする。
ステージには宮殿のような巨大な扉や階段。ソファやテーブルにはさまざまなものが置かれている。そんな、いつものライブとは明らかに違う雰囲気が、これから始まるショウへの期待を否が応でも高めていく。その期待をさらに加速させる英語のアナウンスに導かれて、華々しいサウンドが鳴り始める。いつもの編成にホーンやストリングスも加わった総勢15名編成によるバンドによる演奏は、聴いているだけで自然と体が動き出しそうなエネルギーをたたえている。そしてステージ中央の扉が開くと、ブラックスーツに身を包んだ若井滉斗と藤澤涼架が登場し、「Magic」のイントロが響き渡る。さあ、いよいよ「Harmony」のはじまりだ。パッとスポットライトが当たった舞台下手のバルコニーに大森元貴が姿を現す。彼もまた黒のスーツ姿である。ステージ上のLEDスクリーンに花火の映像が映し出される中、ホーンやパーカッションの音色によって華やかにバージョンアップされた「Magic」が客席を巻き込んで広がっていった。バルコニーで歌っていた大森がリフトに乗ってステージへと降りてくる。めくるめくオープニング。今まで観てきたミセスのどのライブとも違う、とても音楽的でとてもスペクタクルな、これが「Harmony」なのだとその瞬間に実感した。
「Harmony、元気してますか?」。そんな挨拶から続けて披露されるのは「Hug」。先ほどの華やかなオープニングから打って変わって、まるで至近距離で話しかけるように歌われるメロディが、染み渡るように場内に伝播していく。その余韻も冷めやらぬなか、今度は「ライラック」だ。ストリングスに若井のギターリフが重なり、楽曲の疾走感をますます高めてスケールアップした「Harmony」バージョンの「ライラック」が、オーディエンスのボルテージに火をつける。原曲のロックバンド然とした雰囲気もすばらしかったが、「Harmony」という舞台装置のなかでより華やかに生まれ変わった「ライラック」はとてもドラマティックに響く。座ってギターを弾きながら歌っていた大森が立ち上がる頃には会場は最高潮、巨大なシンガロングが鳴り渡り、ライラック色の光に染まったKアリーナは力強い一体感に包まれたのだった。
続いての楽曲は藤澤の吹くフルートから。ギターを弾く若井と向かい合った大森が優しく歌い出したのは「嘘じゃないよ」だ。若井のギターソロが楽曲に込められた感情を繊細になぞる。ほんのちょっとした舞台装置の違いや音のバランスの変化で、こんなにも楽曲から受ける印象が違うのか、とここまで1曲演奏されるごとに驚かされている。セットリストの組み方も絶妙で、まるでさまざまな感情をカットアップして見せていくように、楽曲ごとにがらりと雰囲気が変わっていくのだ。そんなことを思っているところに鳴り響いたのは「ANTENNA」である。再びアッパーなサウンドが天井を突き破るように鳴り響く。バンドが奏でるカラフルなサウンドに身を任せるようにして伸びやかに歌う大森。その表情はとてもリラックスして見える。この場所で公演を重ねてくるなかで、この「Harmony」における見せ方や届け方を、完全に掴んだのかもしれない。それは大森以外の2人のメンバーも同様。いつもとはまったく違うスタイルとプレゼンテーションなのにとても自然体に見えるのは、それこそ「定期公演」として場数を踏んできた成果だろう。
再び内面に潜っていくような「光のうた」から、オリジナルよりもゆったりとしたテンポで届けられる「soFt-dRink」、そしてホーンやストリングスの不穏なリフレインにヘビーなギターリフが重なり圧巻の迫力を生み出した「ア・プリオリ」……それぞれのムードやキャラクターを強調するようにリアレンジされた楽曲たちが次々と繰り出され、そのたびにKアリーナに違う景色を描き出していく。何度も聴いたはずの楽曲が目の前で生まれ変わっていくのを目撃するような、不思議な体験である。
力強いリズムとストリングスの響き、そして美しいコーラスがひときわ印象的な「Dear」では、若井がステージに設置された階段をのぼり、その踊り場でプレイ。熱い視線がその手捌きに注がれた。曲を終え、大森が若井に話しかける。「ここは君の独壇場だと思って、若井ワールドにぜひしていただきたい」。その言葉に「かしこまり!」と元気よく応えた若井が轟音ギターをかき鳴らして歓声を浴びる。そこからスキルを見せつけるようなソロを繰り出すと、バンドのセッションに突入。若井はギターを弾くのをやめたと思ったら指揮棒を手に取り、藤澤のフルートソロを煽ったりしている。トランペットとサックスのソロから大森のシャウト、そして加速していくビートに乗せて再びギターの爆裂ソロへ。オーディエンスの声と手拍子を受けながら、キレキレのプレイを披露してみせた。
「決まったじゃん、盛り上がったね!」とセッションを終えて再び大森が口を開く。「盛り上がったけど……バラードで台無しにするわ(笑)」。もちろん台無しなんてことはないが、ここでもまた「Harmony」はオーディエンスを感情のジェットコースターへと誘うのである。そうして披露されるのは「クダリ」。ソファに座った大森によるギターの弾き語りにバンドが加わり、音が分厚くなるに従って大森の歌も力感を高めていく。そして楽曲はクライマックスへ。大森のとなりに若井が座り、息を合わせて最後のパートに入っていくのだが、ここでなかなか呼吸が合わずに歌に入れない、というギターコントが急に始まる。ひとり蚊帳の外に置かれてその様子を羨ましそうに見ていた藤澤のことも大森が「いいよ」と近くに呼び、ようやく曲は無事ゴールを迎えることができた。
その後パーカッションのパフォーマンスを経てライブは後半に突入していった。リッチなサウンドでブラッシュアップされた「StaRt」が大合唱を巻き起こすと、大森は満面の笑み。観客が上げる声に「何?」と聞き返したり、さらに「もっくん!」の声を欲しがったかと思うといきなり「ハッピーハロウィーン!」と叫んだり。さっきのギターコントもそうだが、会場の設えといいそれぞれの楽曲のアレンジといい、ディテールまでかなりの解像度で作り込まれているこの「Harmony」だが、同時にとても自由でのびのびとした空気を帯びているのがとても興味深い。定期公演という枠組みもこのバンド編成も一見すると強力な「縛り」のようだが、むしろそうやって舞台装置を作り込むことで、いざステージに立った3人はどこまでも自由に音楽で遊ぶことができる……ということなのかもしれない。
さて、そんな自由なノリから「ケセラセラ」(これまた今回の編成によってふくよかに、そして色鮮やかに進化したアレンジがすばらしかった)を繰り出してKアリーナを美しいハーモニーで包み込むと、藤澤の奏でるピアノの音色から始まる「They are」を披露。さらにパーカッションとドラムが気持ちのいいリズムを鳴らして「コロンブス」が始まっていった。さまざまなリズム楽器が重なり、エキゾチックなビートが胸を高鳴らせる。そしてそこにホーンが加わりサウンドはいっそう華やかに。ビッグバンド的な広がりと力強さが、もともとこの曲がもつポジティブなムードを加速させていく。リズムを全身で受け止めるようにして歌う大森も、その上で踊るように展開する若井のギターもとても開放的だ。藤澤もフルートを吹きながらステージの端まで歩いてオーディエンスとコミュニケーションを取っている。そんな祝祭感に溢れる一幕に続いて披露されるのが「Part of me」。ストリングスがもともとのメロディの美しさに拍車をかけ、いつの間にかステージを満たしたスモークが幻想的なムードを演出する。さっきのMCではゆるゆるとしたフレンドリーな空気が流れていたが、いざ楽曲が始まり声を出せば一気にオーディエンスをその世界へと連れて行ってしまうあたり、やはりさすがである。
スウェーデン語で歌われる「norn」(この曲は藤澤がアコーディオン、大森と若井はアコースティックギターという編成で披露された)を終えると、ショーも最終盤。藤澤のピアノ、若井のギター、そして大森の歌、つまりメンバー3人だけの最小限の音で始まっていくのは「Soranji」。壮大で力強いメロディはもちろん変わらないが。こうしてミニマルに披露されることでその歌にはより生々しい実感がこもるように思える。その歌にストリングスが加わり、ホーンが加わり、リズム隊が加わり、「Soranji」が描く世界がどんどん大きくなっていく。その様子はまるでミセスというバンドのメカニズムそのものを表現しているようでもあった。続く「familier」も、そんなミセスというバンドの自由で柔軟な姿を如実に表現して見せる。パーカッションが原曲の穏やかさに弾むようなリズムを描き足し、ストリングスやホーンの滑らかな響きが大森の歌うメロディをのびのびと躍動させ、アウトロでは大森がコーラスに合わせて音楽の自由を体現するように声を上げる。「ライラック」も「Dear」も「コロンブス」もそうだったが、今年怒涛のペースでリリースしてきた楽曲たちがすべて早くも新たな姿に生まれ変わって、新たな光を放ち、しかも「Harmony」というコンセプトのなかで自然に同居しているということ自体が奇跡的だし、進化し続けるミセスというバンドのあり方を象徴しているようだ。その意味ではこの「Harmony」とはミセスが音楽的な変化や進化を恐れることなく進み続けてきた、ひとつの到達点だったのかもしれない。
「Harmony」の最後を飾る曲として披露されたのは「Feeling」。肉厚なグルーヴに身を任せ、大森が華麗なステップを踏む。そしてメンバーもオーディエンスもひとつになっての「ラララ」というコーラス。天井からは紙吹雪が舞い落ち、盛大にフィナーレを彩っていった。まさにタイトルどおりの美しい「ハーモニー」は曲が終わり大森が「また会いましょう!」と挨拶をしてもなお鳴り響いていた。
Text : 小川智宏
SET LIST
- 1. Magic
- 2. Hug
- 3. ライラック
- 4. 嘘じゃないよ
- 5. ANTENNA
- 6. 光のうた
- 7. SoFt-dRink
- 8. ア・プリオリ
- 9. Dear
- <Interlude>
- 10. クダリ
- 11. StaRt
- 12. ケセラセラ
- 13. They are
- 14. コロンブス
- 15. Part of me
- 16. norn
- 17. Soranji
- 18. familie
- 19. Feeling
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