Mrs. GREEN APPLEにとって約3年半ぶりのアリーナライブであり、ミセス史上最大規模となる「Mrs. GREEN APPLE ARENA TOUR 2023 “NOAH no HAKOBUNE”」。ライブ名に冠された“ノアの方舟”のごとく、巨大な船の甲板を模したようなステージセットが広がる。荒波と雷雨の中、航海に出る船上ステージに、船乗りの格好をした大森元貴(Vo/G)、若井滉斗(G)、藤澤涼架(Key)の3人が姿を現した。ヴァイキングの故郷である北欧の音楽を想起させる「Viking」からライブはスタート。大勢のキャストたちが踊る中、大森が「行けるか、方舟―!」と力強く叫ぶ。とてもシアトリカルなオープニングだ。ミセスのシアトリカルなライブというと、2019年に行われた「The ROOM TOUR」を思い出す。2階立ての家のようなセットでの演劇のようなライブで、自室に招かれたようなある種のクローズドな空間であった。しかし、そこから約4年が経ち、フェーズ2をスタートさせたミセスは今、巨大な船で約2万人を大海原に連れて行こうとしている。その逞しさにライブ冒頭からぐっとくる。
巨大スクリーンに映る荒れ狂う海。しかし、バンドの演奏と大森の歌は少しも揺らぐことはない。客席ではオーディエンスが装着したライトバンドが灯り、この航海への道標のようだ。大森が再び、「行けるか、方舟!」とシャウトし、さらに強くなる雨風に抗うかのごとくヘヴィーなアンサンブルの「アウフヘーベン」を演奏した。もはや頼もしさすら感じるパワフルさだ。
嵐は止み、広がる青空。大森が「元気してますか? 会いたかったよ! 最高の日にしようぜ!」と喜びを滲ませる。もちろんこちらも同じ気持ちだ。「CHEERS」では、オーディエンスが思い切りジャンプをしながら「乾杯!」と叫び、得も言われぬ多幸感が爆発する。大森が「素晴らしいね」と感嘆の声を上げる。この“NOAH no HAKOBUNE”は見たことのない世界へと連れて行ってくれるのだろうという確信がこみ上げてくる。そして、映画『ONE PIECE FILM RED』の劇中歌である「私は最強」のセルフカバーへ。無敵感漂う大森のハイトーンボイスが果てしなく伸びていく。手を休めず、シャープなギターロック曲「VIP」を投下。間奏では大森がOiコールを促し、2万人のOiコールが響いた。
最新アルバム『ANTENNA』に収録された「Bizzard」。浮遊感があり、EDMテイストも感じさせるミステリアスなサウンドに呼応する照明に思わず見惚れてしまう。大森は珠玉のファルセットでもって、《ポップロックも惹かれたフレーズも あの日のイントロダクション 覚えた寄り道の美学も 無駄ではないエモーション》と歌い、巧みに韻を踏みつつ、バンドの歩みを綴り、「本物の愛を大事にね」というメッセージに帰着する。「Hug」に続いて、「私」へ。この曲は藤澤が初めて生のアコースティック・ピアノを弾いた楽曲だが、2万人がその美しい旋律に引き込まれる姿はとても壮観だった。
大森が「ノアの方舟へようこそ!」と笑顔で挨拶。藤澤は、「今日はこの船と僕たちと一緒に音楽の旅を進めていくわけですが、皆さん準備はできてますか? 誰一人置いていかないからね! 自分の好きなように楽しんでいってほしいです」と優しさを滲ませ、若井は「みんなに会いたかったぜー! これからも楽しい時間を一緒に過ごしていきたいので付いてきてくれますか? バテるんじゃねえぞ!」と逞しくアジテート。ここからの航海への期待感をさらに高めてくれた。
大森が「あれからコロナがあったり、うちらも休止があったり、いろいろとあったけど、こうして2023年の夏に“NOAH no HAKOBUNE”というアリーナツアーを開催できて嬉しいです! うちらはみんなの声がずっと聞きたかったの。だからたくさん聞かせてほしい。まだ遠慮してるんでしょ?」と言い放ち、「StaRt」へ。イントロから大合唱が起き、2万人のハンドクラップもばっちり決まる。メジャーデビュー曲であり、ドレミファソラシドの音階そのままのメロディが取り入れられた“はじまりの曲”で、アリーナがカラフルに染め上げられる中、大森は「愛してるよ!」と叫んだ。続いて演奏されたのは、フェーズ2の“はじまりの曲”である「ニュー・マイ・ノーマル」だ。この2曲が連なって演奏されたことに大きな意味を感じたのは私だけではないだろう。たくさんの喜怒哀楽と悲喜こもごもが存在するこの世界をどう生きるのか──。ミセスはいつだって、“今”を生き抜くための愛と希望を放射してきた。
『ANTENNA』収録曲の中でも随一のヘヴィーでダークな「Loneliness」で、セクシャルな匂いを振りまきながら、孤独と混乱を歌う。アルバムでは打ち込みベースだったサウンドが生のバンドアンサンブルでブーストアップされ、そこには狂気とも言える空気が充満し、フェーズ2のミセスならではの新たな一面を見せてくれた。若井の圧巻のギターソロからサポートドラム・神田リョウとのジャムセッションを挟み、ストリーミング再生回数4億回超えの「インフェルノ」へ。続く「Love me, Love you」では、大森の「私に!」という歌に続いて、オーディエンスが「恋をする!」と合唱を贈るやり取りもあった。シンプルな感想だが、ミセスの楽曲がいかに愛されているかを知る場面だった。
雷鳴が轟く大海原がスクリーンに映る中で演奏されたのは、まさかのSiipの「scenario」。誰も予想し得なかったこの展開に、悲鳴のような驚きの声が多く上がったのも無理はない。2020年12月に突如1stシングル「Cuz I」をリリースしたSiipは「特定のイメージを持たない神出鬼没のファントム(幻影)表現者」という謎の存在。果たして夢なのか、現実なのか、「scenario」の深遠なエレクトロサウンドのなかで、現実と非現実の合間に漂うかのような不思議な感覚を覚えた。
“NOAH no HAKOBUNE”は一体どこに辿り着くのだろうかとワクワクしているところに披露されたのは「HeLLo」。《君が思い描いてたものは どんな世界?まだ描こう》。逡巡と後悔を感じさせながらも、希望を胸に世界を再構築しようとする意志が貫く曲だ。活動休止を経たフェーズ2で、力強く新たな世界を描き始めたミセスの物語を感じた。さらに、その次に演奏されたのはフェーズ2の代表曲である「ダンスホール」だ。当たり前のように悲しみも苦しみも痛みもある世界だが、《いつだって大丈夫》というフレーズから始まり、《この愛を歌い続ける》というフレーズで終わる「ダンスホール」は、すべての「君」に対し、覚悟を持って愛と希望を放つ今のミセスのアティチュードの象徴でもある。この曲を聴く度に、多大なエネルギーをもらった気持ちになる。
「Folktale」で《変わりたい》と《変わりたくない》の狭間で揺れながら、《歩いてゆく》と歌った後は、スウェーデン語で紡がれる「norn」。北欧音楽の影響を感じさせるアンサンブルとオーロラや鹿といった北欧の自然を想起させる言葉で綴られるピュアな愛の物語。ラストは「僕についておいで」と歌うところに、フェーズ2のミセスの穏やかな力強さが滲む。“NOAH no HAKOBUNE”は深海に潜り、華やかなオーケストレーションが奏でられる「鯨の唄」へ。場内は照明とライトバンドの光で真っ青に。すべての孤独と苦しみを包み込み、浄化するような空気が漂った。
大森が「今年で結成10周年です。10年ミセスやってるのすごくない?」と、若井と藤澤に問いかける。全楽曲のストリーミングの総再生回数が47億回になったことや、Spotify上でその日一番日本で聞かれたアーティストになったということを嬉しそうに話し、「“ありがたい”に尽きるんですけど、評価がどうこうじゃなくて、今すごく楽しく活動できてます」と感謝を伝えた。「夏ですからね」と言って、「青と夏」を演奏する流れかと思いきや、若井が「サママ・フェスティバル!」と思わず歌い出す一幕も。大森が「おふざけはここまで! 夏が始まった合図を一緒に歌いましょうか? 準備運動してください。ちょっとでも気を抜いた人、許さないからね!(笑)」と言って準備万端になったところで、令和を代表する夏ソング「青と夏」へ。どれだけの人がこの曲にエネルギーをもらい、自らが主役の夏を生きようとしたのだろうか。青春ムードがさく裂し、2万人が楽しそうに“僕らの夏の曲”を歌う。ファンファーレのような音が鳴り、新たな夏のアンセム「Magic」へ雪崩れ込む。「行けるかー!」という大森のシャウトに続き、2万人が「Hey!」と声を上げた時の爽快感たるや。心の底から自由に生きることを楽しもうというポジティヴィティが爆発していた。
この曲が演奏される度に、何か底知れない存在が降臨したような感覚に陥る「Soranji」。大森の圧倒的な歌声と対峙するオーディエンスにも、その偉大な存在を見守るようなミサのようなムードが生まれていた。大森が、「生活していれば荒波はありますけど、なるようになるからね。それが良いところに落ち着くっていうことではなく、“なるようになるな”ってすごく思ってます。どういう状況においてもこの先もずっと、なるようになるよ」と言うと、客席からのレスポンスに「なるー!」とおどけてもみた。「僕としてはいろいろと思いますけど、改めて若井と涼ちゃんに感謝してます」とずっと隣にいてくれる二人に感謝を告げると、若井が少し驚いた表情で「なかなかこういうことをステージ上で言わないからさ」と言うと、すかさず大森が「ステージ上だから言うんだけどさ!」と返し、若井と藤澤が「台無し!」と突っ込み、深い絆で結ばれた3人だからこそのやりとりが交わされた。そんなほのぼのとしたやり取りの裏側に、ともに荒波を乗り越えてきたからこその結束力があることを、私たちは知っている。
大森が、「今日は一緒にいてくれてありがとう。なるようになるぞ! なるようになるって僕だけが信じてたら寂しいから、一緒に信じてくれ!」と言って、本編ラストを飾る「ケセラセラ」へ。フェーズ1のミセスは「ケセラセラ」=「なるようになる」とは言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。大森は、「自分たちが今どういう曲を作って、どういう道のりを歩むべきか」という地図を緻密に作り上げるアーティストだったからだ。しかし、今は高らかに《ケセラセラ なるようになるのさ》と歌う。そんなマインドが一番タフなのでは、と思う晴れやかな本編のフィナーレで大団円を迎えた。
アンコールで演奏されたのは『ANTENNA』のラストを飾る「Feeling」。この曲でも大森は《ただfeelingに 任せてしまえばいいよ》と歌う。そして、《愛されてた 宝物だ》という思いはすぐに《私はきっと 愛されてる》に変わり、曲が締め括られる。フェーズ2最初のアルバムで、ミセスはそう言い切れる境地に達した。“NOAH no HAKOBUNE”に乗って辿り着いた場所は、「ラララ」という、言葉すらいらない歌をミセスとオーディエンスが歌い、この軽やかな風のようなグルーヴに身を任せてしまえばすべて安心だと思える幸福極まりない景色だった。
公演終演後にスクリーンに映し出された映像には、船が海中へと深く潜っていくさまが描かれ、さらに「To be continued Atlantis」というメッセージが浮かび上がった。そう、この壮大な航海は、来週8月12日(土)13日(日)に埼玉・ベルーナドームで開催されるミセスにとって初のドームライブ“Atlantis” (2日間で約7万人を動員予定)へと続いていく。幻の海底王国=アトランティスで、ミセスはどんな冒険譚を私たちに見せてくれるのだろうか?
Text : 小松香里
SET LIST
- 01. Viking
- 02. アウフヘーベン
- 03. CHEERS
- 04. 私は最強
- 05. VIP
- 06. Blizzard
- 07. Hug
- 08. 私
- 09. StaRt
- 10. ニュー・マイ・ノーマル
- 11. Loneliness
- 12. インフェルノ
- 13. Love me, Love you
- 14. scenario by Siip
- 15. HeLLo
- 16. ダンスホール
- 17. Folktale
- 18. norn
- 19. 鯨の唄
- 20. 青と夏
- 21. Magic
- 22. Soranji
- 23. ケセラセラ
- Encore
24. Feeling