「Mrs. GREEN APPLEの創造力は、その翼を一体どこまで広げていくのだろうか」。目の前で歌い、奏でられる演奏を聴きながら、真っ先に心に浮かんだ想いは、こうであった。
11月21日、突如としてYouTube公開された<Studio Session Live #3>(以下、#3)。約20万人を動員した神奈川・Kアリーナ横浜での10日間に及ぶ定期公演<Mrs. GREEN APPLE on “Harmony”>最終日の翌日、ファンに“Harmonyロス”を与える隙間なく、こうしたサプライズを用意するという実に心憎い演出もそうだが、何よりも驚いたのは、実際に<#3>のセッションが行われた、その日程だった。
今年は秋らしい気配の訪れが遅かったが、暦のうえでは晩秋のある一日、都内某所で、このセッションが行われた。そう、つまり10月5日から一カ月以上に渡って開催された<Mrs. GREEN APPLE on “Harmony”>の真っ最中に、彼らはそのライブとも違う、直近にTV番組へ出演した際のパフォーマンスとも異なる、新たなアレンジで練り上げた6曲を、そこで収録したのだった。
最近になってMrs. GREEN APPLEを聴き始めたというファンも多いだろうから、ここで改めて<Studio Session Live>とは何か、簡単におさらいしておこう。このセッションは、Mrs. GREEN APPLEの既発曲を、CDや配信で聴けるスタジオ音源とも、日頃ライブで行っている演奏とも違うスペシャルな編成とアレンジ(編曲)で演奏する一連のシリーズ。2023年5月20日、Mrs. GREEN APPLE初ライブから10周年を迎えた記念日に<#1>がオフィシャルYouTubeチャンネルにて公開され、続いて同年11月25日に<#2>を発表。それから1年を経て、今回の<#3>公開となった。
ヒット曲をアコースティック調で演奏したり、バンド・サウンドで発表された原曲をクラシカルに編曲し直すといったこと自体は、多くのアーティストも行っている。ただMrs. GREEN APPLEの<Studio Session Live>は、「ちょっと曲の雰囲気を変えてみました」という、いわゆる“バージョン違い”とは一線を画して、「この歌詞とメロディを、今/このメンバー/この編成で演奏するなら、どういう新しいアレンジ/演奏/映像で表現できるか」という点を突き詰めた、極めてコンセプチュアル、かつ作品性の高いコンテンツである。そこにかける熱量は、新曲を作るのと同等のエネルギーと言っても過言ではないだろう。
セッションに参加した今回のメンバーは、大森元貴(Vo)、若井滉斗(E.Gt, G.Gt, Chor)、藤澤涼架(Pf, Fl, Chor)の3人に加え、サポートとして兼松衆(Key, A.Gt, Chor)、二家本亮介(E.B, A.B, Chor)、菅野智明(Dr, Perc, Chor)、須原杏(Vn, Chor)、林田順平(Vc, Chor)、真砂陽地(Tp, Flugel Horn, Chor)、小西遼(Sax, Fl, Chor)という総勢10名。この楽器編成は、基本的に<#1>から変わらず踏襲されており、記憶にも新しい音楽劇<The White Lounge>、そして終了したばかりの<Harmony>にも通じるアンサンブルだ。もし、まだ<#1>、<#2>を視聴したことがないという方は、この機会にぜひ、そちらも併せて味わってほしい。
Mrs. GREEN APPLE - Studio Session Live
https://www.youtube.com/playlist?list=PLBYwzo4wlAc-wKh6aMiiApaVqgVg8DbMm
Mrs. GREEN APPLE - Studio Session Live #2
https://www.youtube.com/playlist?list=PLBYwzo4wlAc93MqUKNZom5LGYFmDdyPHT
話を戻そう。<#3>のセッションでは、「ライラック」「コロンブス」「BFF」「familie」「Part of me」「我逢人」の6曲が取り上げられた。まず注目したいのは、「ライラック」「コロンブス」「familie」。これらは、2024年4月から5カ月連続リリースされた最新曲5曲のうちの3曲だ。
<#2>レポートでも触れたが、一般的に“セルフカバー”とも呼ばれるリアレンジ曲は、原曲が広く世間に浸透した後に、あくまでもその派生として制作されることが多い。なぜなら、スタジオで長い時間をかけて楽曲とサウンドを練り上げ、ベストな状態に到達した「完成形」を作品として発表するわけだから、その状態にすぐさま手を加えるということは、一般的にはあまりない。しかし彼らは、「ライラック」がリリースから7カ月後、「コロンブス」が5カ月後、「familie」に至ってはわずか3カ月しか経っていないタイミングで、意欲的にリアレンジに取り組んでいる。その理由はどこにあるのだろうか。
想像するに、大きな理由は2つ。まずひとつは、歌詞とメロディの完成度が非常に高いということだ。“歌モノ”と呼ばれるポピュラー・ソングは「歌詞」と「メロディ」が主役であり、楽曲を人に例えるならば、その人の人格そのものが歌詞とメロディに該当する。対してアレンジは、服装やヘアメイク、アクセサリー。中身の人間が同じでも、派手な服を着れば明るく感じるし、シックにまとめれば品のある落ち着いた印象を受ける。ただそれを逆手に取れば、ある人のビジュアルが変わったことで、急にその人のことが気になり始めたり、以前には感じなかった“人となり”に気づくことだってある。そういう意味で言うと、Mrs. GREEN APPLEの<Studio Session Live>は、原曲のビジュアル的な装飾をそぎ落とし、その人が本質的に持っている人格(=楽曲の歌詞とメロディ)を前面に押し出した状態と言える。
例えば「ライラック」。原曲は、明るく爽やかで、ノリのよいリズムと華やかなサウンドで人気が高い。ところが大森が歌う歌詞だけに着目すると、必ずしも明るいものとは言えない。むしろ、「傷」「減る」「無い」「嫌い」といった、楽曲の印象とは正反対のワードに気が付くはずだ。もちろん、だからと言ってネガティブなことを歌っているのではなく、誰もが抱える影の部分にさえも手を広げて、いい事も悪いことも自分の人生なのだと受け入れ、「それで大丈夫」と心を支えてくれる歌なのだ。
こうした歌詞とメロディを、原曲では多彩なサウンドやキャッチーなアレンジによって、できるだけたくさんの人に楽曲が届くように仕上げていたのだ。つまり、歌詞とメロディにさまざまな装飾を足し算していくことで、多くのリスナーが聴いて楽しくなる、歌ってみたくなる曲を生み出したのだ。そうしてひとつの完成形を作り上げたMrs. GREEN APPLEが次に取り組んだのは、原曲の装飾を引き算していきながら最小限のアンサンブルで音楽性を高めつつ、歌詞とメロディを“素”に近い状態で聴かせるという、もうひとつの完成形。それが<Studio Session Live>のアプローチであり、これによりリスナーの耳は、それまで以上に歌詞の表現やメロディの繊細さ、あるいは力強さに、無意識のうちに惹きつけられていくだろう。
すると、今まで聴き流していたかもしれない、「愛してみる」「愛せてる」という歌詞の微妙なニュアンスの違いにも気が付くはず。さらに、それらの言葉に、「自分はそうできない人間だからこそ、(意識して)やろうと思っている」という、歌詞の行間までも読み取れてくるに違いない。そこに聴き手の耳が開いた時、感覚的に好きだと感じていたこの曲に対する想いが、さらに何倍も深まっていくことだろう。
「コロンブス」と「familie」もしかり。「コロンブス」はソウル/ブラックミュージック的、「familie」ではジャジーな跳ねるビートという、どちらの原曲もダンス・グルーヴが主役級に押し出されたアレンジとなっていたが、<#3>の主役はあくまで歌であり、リスナーの意識がナチュラルに歌へと注がれる見事な新アレンジが施されている(なお、「コロンブス」での若井のクラシック・ギターのプレイ、そして「familie」では、原曲でご機嫌なピアノを披露した藤澤が全編フルートを演奏している点も要チェックだ)。
では、Mrs. GREEN APPLEがリアレンジに取り組むもうひとつの理由を考えると、それは<Studio Session Live>の10人編成アンサンブルを、大森、若井、藤澤の3人は、自分たちのもうひとつの表現手法として完全に確立し得たからだろう。
この編成に初めて挑戦した<#1>の際、そこにはまだ緊張感が漂い、試行錯誤の痕跡も残っていた。しかしそれ以降、さまざまなシチュエーションでアンサンブルの回数を重ねていく中で、特に大森は、3人編成のバンド形態とはまたステージの違う大きな可能性を感じ取ったのだろう。加えて若井と藤澤は、自身の腕を磨く貴重な機会だと捉えたはずだ。それによって、(卵が先かニワトリが先かの議論にはなってしまうが)<Studio Session Live>が、先述した音楽劇<The White Lounge>や定期公演<Harmony>へと相互に大きく影響し合っていったことは間違いないだろう。
この編成がもたらす音楽的効用も大きい。今回の<#3>でも見られるように、単純に彼らの音楽に弦やホーン・セクションがプラスされるというだけでなく、例えばフルート2本でハモったり、鍵盤が2台になったり、ギターが2本重ねられるなど、アンサンブルを変幻自在に広げていける最小編成であると同時に、若井、藤澤をはじめ、メンバー全員の高い演奏力により、生演奏中心のオーガニックな音楽を届けられるという点も<Studio Session Live>の大きな魅力だ。
Mrs. GREEN APPLEがこの編成をいかに大切にしているか、それが如実に伺えるのが、「BFF」と「Part of me」の2曲だ。「BFF」は、結成10周年を迎えた昨年にリリースされたフルアルバム『ANTENNA』に収録された曲で、大森が、若井と藤澤の2人に宛てた手紙とも言うべき歌。曲タイトルは“Best Friends Forever”の意味で、原曲では3人のみの演奏でレコーディングされた。そんな大切な曲のアレンジを変えてしまうと、この曲が本来持っている意味まで変わってしまいそうに思うかもしれないが、その心配はない。<#3>では、原曲で大森が歌うメロディと、若井、藤澤が奏でていたフレーズは高い純度でそのまま残し、原曲の雰囲気を変えることなく、弦楽器や管楽器で表現の幅を広げることで"Best Friends”を3人から10人に広げたような作品へと深化させている。
また、いわゆる“フェーズ2”スタート時、大森が自己の内面と向き合い、苦悩しながらも、自身が音楽を生み出す根源を見つめて書き上げた「Part of me」(ミニアルバム『Unity』収録)の<#3>アレンジについても、「BFF」と共通するアプローチをとりつつも、曲の冒頭に印象的なチェロのオブリガード(対旋律)を加えることで、この楽曲にまた新たな命を吹き込み、さらに高い次元へと歌を昇華させた。
最後に、忘れてはならないのが、「我逢人」を<#3>で取り上げたこと。2015年にリリースされた2枚目のミニアルバム『Progressive』の1曲目に収録されている初期曲ながら、2023年のドーム・ライブ<Mrs. GREEN APPLE DOME LIVE 2023 “Atlantis”>や、今夏に行われたスタジアム・ツアー<ゼンジン未到とヴェルトラウム ~銘銘編~>など、今なお節目となるライブで演奏されることの多い彼らの代表曲のひとつ。もちろん、ファンの間でも高い支持を受ける人気曲だ。
当然ながら、18歳の大森が歌う原曲の輝きは今なお色あせることはないし、そこから音楽の表現力を大きく広げ、彼にしか得られない人生経験を積んだ28歳の大森が歌う<#3>は、「我逢人」という楽曲の根底にある歌の陰影を、より奥深いものとして届けてくれる。同時に、9年前に大森が綴った歌詞の本質が、最新曲と何ひとつ変わっていないという彼の基軸の強さに改めて驚かされる思いだ。そこに気づかせてくれたのも、<Studio Session Live>だからこそ。来年2025年にデビュー10周年を迎えるMrs. GREEN APPLE。あなたはこの曲から、今、何を感じるだろうか。
以上のように、実に見どころ/聴きどころ満載の<#3>だが、それはまるで森の音楽会のように、ひっそりと、誰も知らない場所で行われている。きっと視聴者は、その様子を密かにのぞき見しているような不思議な気持ちになるのではないだろうか。暗い森の中で一点の光を見つけたかのような、あるいは大切な宝物を見つけたような感覚。その森の音楽会に、観客はいない。音楽を奏で、歌うことそのものが歓びなのだと言わんばかりに、森の音楽会は進んでいく。そこに、Mrs. GREEN APPLEが音楽を生み出し続ける純粋な想いを垣間見たような気がした。
Text : 布施雄一郎