Mrs. GREEN APPLEのクリエイティブとして、今や重要なひとつの“軸”となっているのが、特別編成によるスタジオライブ企画<Studio Session Live>だ。
その幕開け<Studio Session Live #1>(以下、#1)は、初ライブからちょうど10年目を迎えた2023年5月20日。通称“青リンゴの日”に、一夜限りのセッションとしてYouTubeでライブ配信された(あまりの反響の大きさに後日、アーカイブ公開)。以降、<#2>はサプライズ的に同年11月25日、そして<#3>は、昨年開催された定期公演<Mrs. GREEN APPLE on “Harmony”>最終日の翌日、11月21日に突如公開。
これらのYouTubeコンテンツは、配信やCDでリリースされたオリジナル・アレンジに対する、言ってみれば “アザー・バージョン”であるにも関わらず、現時点でトータル約7,000万回もの再生数を記録している。
なぜ、これほどまでに<Studio Session Live>はリスナーから注目を集めるのか。それはこのセッションが、Mrs. GREEN APPLEの歌の本質を、より濃厚に味わうことができるからだろう。オリジナル・アレンジが、カラフルできらびやかな装いを身にまとった状態だとすると、<Studio Session Live>は、そうした服を誰が着こなしているのか、人(=歌詞とメロディ)そのものに深く迫れるものとなっているのだ。
その最新作となる<#4>は、メジャー・デビュー10周年を記念するに相応しく、従来のものとは一線を画すスペシャルなものとなっている。大きな特色は2つ。ひとつはパフォーマンスの中身そのものであり、もうひとつは<#4>の発表形態だ。
まず、肝心の中身について。大森元貴(Vo/Gt)曰く「この作品を振り返るタイミングって、この10周年なんじゃないかと思った」と言うように、<#4>は、Mrs. GREEN APPLEのメジャー・デビュー作品であるミニ・アルバム『Variety』全収録曲を、2025年の表現力を活かした新アレンジで余すところなく収録した内容となっている。
大森:10年前、僕と若井(滉斗/E.Gt, A.Gt, Chor)は18歳、涼ちゃん(藤澤涼架/Pf, Key, Fl, Chor)が21歳の時に、当時のエネルギーとか、音楽的フラストレーション、至らないところ、いろんなものを抱えて『Variety』でデビューさせてもらって。それをもう一度、10年経って振り返ることは、とても意味のあることだなと思ったんです。
しかもここで大森が言う「振り返る」行為は、昔を懐かしむような表面的なものではない。10年前の自分たちの原点と真正面から向き合いながら、10年をかけて高めていった表現力(あるいは人間力)をもって、『Variety』に新たな命を吹き込もうというアプローチなのだ。
大森:手前味噌になるけど、今、聴き直しても『Variety』はすごいミニ・アルバムだなと僕は思っていて。歌っていることもそうだし、サウンド面もそう。当時やろうとしていたことを、やるべくして全部やった。だから「当時は伝え切れなかったから」とかではなく、追体験もしつつ、当時大切にしていたことを守りながら、<#4>をやりたかったんです。
加えて<#4>には、さらなるストーリーが秘められている。実は10年前の『Variety』リリース時、彼らは無観客で全曲再現ライブを行い、その映像をメジャー・デビュー記念としてCD購入者限定でインターネット上に公開している。その視聴期間はわずか8日間。今回の<#4>は、今や幻の『Variety』再現ライブ映像へのオマージュでもあるのだ
ここでもうひとつのポイント、<#4>の発表形態に関しても触れておこう。既に公表されている通り、<#4>は特別にBlu-ray/DVDライブ映像作品として作られ、7月8日(火)リリースの『10 & “Harmony” COMPLETE BOX』およびアニヴァーサリー・ベストアルバム『10』初回限定盤に収録される。
Blu-ray/DVD作品となることで、10年前のミニ・アルバムと同様、6曲を通したひとつの物語として<#4>を味わうことができるように仕上げられている。もちろん1曲単位でも楽しめるが、Mrs. GREEN APPLEの多様性(=Variety)をより堪能できる、ミニ・アルバム的な作品形態となっているのだ。しかもBlu-ray/DVDにはYouTubeよりも高品質の映像と音声を収録。美しい映像を大画面で再生し、歌の息遣いや楽器の響きを繊細かつ臨場感あふれる迫力のサウンドで楽しみながら、Mrs. GREEN APPLEの音楽世界に没入できるというわけだ。
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そんな<#4>は、4月某日、某アリーナで行われた。現場を訪れてまず驚いたのは、セットのスケール感。もちろん、<#1>、<#2>、<#3>も非常に凝ったセットだったが、今回の規模感は圧巻のひと言で、正直、このまま観客を入れてアリーナ・ライブを開催してもいいくらい壮観なものであった。ここまで大規模なセットを組んだ理由は、おそらく<#4>をアート作品として内向きに芸術性を突き詰めるのではなく、あくまでも外へ開いたエンタテインメントとして発信しようという意志があったからではないだろうか。セットや照明、演出の規模感はアリーナ・ライブ級。その一方で、3人の表情に肉薄するカメラの距離感やアングルの自由度はスタジオ収録ならでは。このバランスが、まさしく<#4>の醍醐味だ。
そうした映像美の中で『Variety』の6曲を奏でるセッション・メンバーは、大森、若井、藤澤の3人に加え、サポートとして兼松衆(Key, Gt, Chor)、二家本亮介(B, Chor)、林田順平(Vc)、須原杏(Vn)、真砂陽地(Tp)、陸悠(Sax, Fl)、菅野智明(Dr, Perc)の総勢10名。サポート・メンバーはいずれも、これまでの<Studio Session Live>や、音楽劇<The White Lounge>、さらに定期公演<Harmony>といったステージでMrs. GREEN APPLEと共にアンサンブルを紡いできた、精鋭のミュージシャンたち。
その絆は、音楽を通じたコミュニケーションを超えた、人と人とのつながりによるものへと高まっており、そこから生まれるハーモニーは、他に取って代わるものがない“チーム”の響きへとつながっている。だからこそ、多忙を極めるスケジュールでの収録にも関わらず、とても円滑に、かつリラックスした雰囲気の中で、程よい緊張感を持ちながら質の高いアンサンブルを奏でることができたのだろう。
セッション・メンバーのパフォーマンスはもちろん高いクオリティで、その中で目と耳を引きつけるシーンがいくつも展開された。例えば、オープニングを飾る「StaRt」は、まるで10周年を祝福するファンファーレのような華やかさ。加えて、この曲のラストで登場する“ドレミファソラシド”のフレーズは、デビュー当時、スタートラインに立った彼らの高ぶる気持ちを表すかのようであったが、今回はそこに、10年の歳月を振り返るかのような絶妙のアイデアが盛り込まれており、これは必聴だ。
続く「リスキーゲーム」と「L.P」は、どちらもオリジナルと同じBPM(テンポ)だと思われるが、新アレンジによって体感する音楽の波の大きさがまったく違う“大人の歌”となっている点が実に興味深い。また、幻想的な世界観の中で愛情と狂気が入り混じるように歌われる「VIP」、満天の光の中で美しいものが通り過ぎていったかのような「ゼンマイ」の後、若井と藤澤に送る大森の眼差しが印象深かった「道徳と皿」で締めくくられる流れは、まさしく10年という歳月が生み出した内容だ。
それらの楽曲の中で、かつてと同じギター・フレーズをなぞりながら、随所で今だからこそのフレーズを織り交ぜていく若井。より優雅に音楽の波に身を委ね、ピアノやフルートで歌の背景を柔らかく彩っていく藤澤。そんな2人のプレイをバックに、圧倒的な表現力で歌の魅力を存分に聴かせてくれる大森。その歌唱力に改めて感服しつつ、『Variety』に収められた10年前の声色からの変遷に、感慨深さを覚える人は多いことだろう。
これほど聴きどころが満載ななか、収録を終えた大森が「今回のMVP」と挙げた一曲が「ゼンマイ」だった。この曲では若井と藤澤もコーラスを歌い、大森と三声のハモリを聴かせてくれる。
大森:声を合わせる時って、自分の持ってる歌唱力とは全然考え方が異なるから、そこにチャンレンジできたのが嬉しかった。思えば、当時もそういう形で「ゼンマイ」を作っていたから、その遺伝子を残しながら“フェーズ2”の形にできたことが、すごく意味のあることだと感じていて。活動休止中に2人がボイストレーニングに通っていたことも知ってるから、それをお見せする機会をちゃんと作れたことが、僕はすごく嬉しくて。
藤澤:元貴の歌声と合わせていて、「こういう時に力を膨らませていくんだ」とか、「ちょっと溜めるのか」「ここでビブラートを強くかけるんだ」って、一緒に演奏している時以上に大事なことをキャッチできました。それにしても、若井の声が元貴と重なった時にビックリして。「元貴が2人!?」って。
若井:いやぁ、難しすぎたね(笑)。でも僕の場所から見ると、元貴と涼ちゃんが一緒に歌っている姿がすごく新鮮で、それが「いいな」と思って。そこに自分もいるわけで。だから今日の収録で、3人が歌ってる姿がどう映ってるのかなと思っています。
大森:若井の声は深みがあって。涼ちゃんは意外と声が高いじゃない? だから三声(のハーモニー)になった時のニュアンスが、とっても心地よかった。もうね、みんなには「ヒロパ(若井)が歌ってる!」「涼ちゃんが歌ってる!」とかじゃなくて、3人のハーモニーを聴いてほしいし、そのハーモニーが構築された瞬間にすごく手応えを感じました。
<#4>での新たなチャレンジは、大森、若井、藤澤の3人にとっても、新たな発見や大きな手応えと、得るものが多かったようだ。そして、それらの収穫をもたらしてくれたものこそが、10年前の自分たちMrs. GREEN APPLEが生み出した『Variety』だった。
大森:『Variety』は、Mrs. GREEN APPLEの“素”ですよね。あの時にちゃんと、この1枚にいろんな表情を持つ楽曲を入れて、自分たちが「多様である」ことを掲げられたし、そこからやっていることは、今もずっと変わっていない。だからいつ聴いても「昔のミニ・アルバムだな」って感じがしないんです。
当時の荒々しいパワーもありながら、アカデミックなアレンジもあるし、「デビューするぞ!」っていう前のめりな姿勢も音から伝わってくる。学ぶべきものがたくさん含まれているし、何よりも「StaRt」っていうメジャー・デビュー曲で<いつでもスタートで居よう>って歌っているということが、今になって、すごく効いていて。
藤澤:本当にそう思う。Mrs. GREEN APPLEのサウンド感や音楽的な幅の起源にもなっているし、「常に新しいものをやろう」っていう、活動そのものの礎にもなっている。いつ聴いても、そう感じるミニ・アルバムだと思っています。
若井:僕も“素”だと、すごく感じます。ジャケットも、『5』もそうだし、今回の『10』にも、ずっとつながってる。『Variety』があったから今の僕たちがあるし、<#4>をやって改めて、『Variety』の曲の強さを感じて。これだけアレンジや曲の雰囲気をガラッと変えても、どの曲もしっかりと生き生きしている。曲が持つパワーみたいなものが、当時から十分にあったんだと実感しました。
大森:10年前に埋めたタイムカプセルのようだよね。「そうだよね!」っていう指針になるミニ・アルバム。それを当時の僕が、もうニヤニヤしながら作ってるっていうのが、本当に面白いなと思っていて。当時から、どれだけ時間が経ってもこの曲で(初心に)戻れる楽曲にしようと考えて「StaRt」を作っているから、10年前の自分に“してやられた感”があると言うか。
Mrs. GREEN APPLEの原色、本当に一番ビビッドな状態のカラーでできているミニ・アルバムなので、今のMrs. GREEN APPLEと切っても切り離せないし、もちろん切り離すつもりもない。本当に、ずっと今につながっている作品だなって、僕はそう思っています。
2年連続で「日本レコード大賞」を受賞し、今年5月、初開催された「MUSIC AWARDS JAPAN 2025」で最優秀アーティストに輝いたMrs. GREEN APPLE。まさしく現代J-POPシーンのど真ん中で輝く彼らだが、Mrs. GREEN APPLEの楽曲が持つ多様性は、ポップスやダンスミュージック/ロック/バラードなどといった表層的なジャンル感の幅広さだけでない。歌詞の行間に秘められた詩的な表現、音符と音符の間に存在する音色や響きにこそ、真の意味での彼らの多様性、言い換えれば「Mrs. GREEN APPLEがMrs. GREEN APPLEであるための真髄」が宿っている。
その真髄にグッと近づくことができるのが<Studio Session Live>であり、特に今回、デビュー作品『Variety』を取り上げた<#4>を観れば、当時からMrs. GREEN APPLEの歌だけが持っていた音楽的な造詣の深さに、改めて多くの人が気付かされることだろう。
だからむしろ<#4>は、「何となく好き」という人にこそ、観て、聴いてほしい作品だし、このBlu-ray/DVDを観終わった際にはきっと、「何となく好き」が「とても好き」に、「すごく好き」が「ものすごく好き」に変わっているに違いない。そしてその時、今まで耳にしてきたMrs. GREEN APPLEの音楽が、これまで以上に、あなたにとってかけがえのない存在へと変わっていることだろう。
Text : 布施雄一郎