ドア、ソファ、テーブル、階段、バーカウンター。あらゆるものが白で彩られた、その名も“ホワイト・ラウンジ”を舞台に、Mrs. GREEN APPLEのファンクラブ会員限定ライブ・ツアー『Mrs. GREEN APPLE 2023-2024 FC TOUR “The White Lounge”』(以下、『The White Lounge』ツアー)が開催された。
昨年12月20日のJ:COMホール八王子(東京)の初日から、今年3月2日、3日の東京ガーデンシアター公演で千秋楽を迎えた全13都市22公演。Mrs. GREEN APPLEとして最長となるホールツアーは、何もかもが異例尽くしだった。当初から「本ツアーは通常のライブとは異なるコンセプトライブ」と公式にアナウンスされ、観客には「ネタバレ禁止」を徹底。白いアイテムを身につけての来場を呼び掛ける「ドレスコード」が設けられ、ライトバンド等の光るアイテムの使用禁止、着席での観覧が指示された。
一体どんなツアーとなるのか。そのヒントとなったのは、本ツアーが2019年開催のコンセプチュアルなツアー『Mrs. GREEN APPLE 2019 HALL TOUR “The ROOM TOUR”』(以下、『The ROOM TOUR』ツアー)と同シリーズの新ラインナップに位置付けられたことだった。『The ROOM TOUR』ツアーは、人気が急激な右肩上がりを見せる中、「Mrs. GREEN APPLEはポップな明るいバンド」というパブリックイメージを覆すかのように敢行された、MC/アンコールは一切無しのストイックなエンターテインメントだった。そのアプローチが今回、どのようにアップデートされたのだろうか。
まずひとつは、本格的なミュージカル的表現方法が採り入れられていたこと。全演奏曲目が本ツアーのために新たにアレンジし直され、大森元貴(Vo/Gt)はボーカルとダンス/パフォーマンスに専念。演奏は、若井滉斗(Gt)と藤澤涼架(Key, Fl, Picc)に加え、森夏彦(Bs)、神田リョウ(Dr)、須原杏(Vn)、林田順平(Vc)、真砂陽地(Tp)、小西遼(Sax)、兼松衆(Key)によって行われた。そして、ウォーリー木下がミュージカル演出を担当し、アンジェロ、池島優、小野礼美、川本アレクサンダー、KTea、SHIHO、人徳真央、森川次朗、YU-RI、リヤナゲ錦季という総勢10人のキャストがパフォーマンスに参加した。
さらにもうひとつユニークだったのが、全16曲を曲ごとではなく、9セクションの構成とし、9つの物語を編み出していた点。例えば『#3 手紙(過去との会話)』というセクションは、「君を知らない」「ダンスホール」の2曲を通してひとつのストーリーを生み出すことで、各楽曲の世界観をより深淵なものとしていた(なお、各セクションの切り替わりは、アナログテレビに見られたスノーノイズ――いわゆる“砂嵐”――が用いられていた)。
キー・ヴィジュアルが発表された時点から、そこに描かれていたエッシャー風の“無限階段”、天地がわからない捩じれた空間、時間が進んでいるのか戻っているのか不明な時計、そして中央に浮いている丸い物体は? ……など、とにかく何もかもが謎のベールに包まれた『The White Lounge』ツアー。そのステージに建てられていたのは、まさしくキー・ヴィジュアルを具現化したような真っ白のラウンジだった。そこでMrs. GREEN APPLEはどんなパフォーマンスを展開したのか。1曲ずつレポートしていこう。
#1 マスカレイド
M01. The White Lounge【書き下ろし楽曲】
まだ開演前にも関わらず、観客が会場に入ると、白い衣装とマスカレードマスクをしたキャストたちが白いラウンジを行き交い、語らい合っている。ただし、その動きは不思議なまでにゆっくりだ。
そして会場が暗くなり、ずっと聴こえていたジャズのBGMが消えて静寂が訪れると、ベルのようなレトロな呼び鈴がけたたましく鳴り、勢いよくドアが開けられた。
<ドアを開けたら 何かが変わるのか>
<誰もが怯えて過ごしてる>
<白い 部屋には独り達>
白いスーツケースを手に、白いハットを被った大森がドアから現われ、今回のツアーのために書き下ろされた楽曲「The White Lounge」を声高らかに歌い上げた。
大森の登場をきっかけにキャストたちの動きはスピーディーとなり、彼らに混ざってステージに登場していた若井と藤澤は、白いマスカレードマスクをしたままステージ下手でプレイを始める。その姿は、ラウンジ専属バンドのミュージシャンかのようだ。2人以外のバンド・メンバーは、ラウンジの後方で演奏している。
「The White Lounge」の歌詞には、これから始まるエンターテインメントのキーワードが随所に散りばめられており、その歌は次のフレーズで締めくくられた。
<もうすぐ 我儘は終わる?>
歌い終えた大森は、リモコンを手に取り、ボタンを押す。するとステージ全体にスノーノイズが映し出され、ブラウン管テレビの電源をオフにしたかのように、ステージが暗くなった。
#2 水と影
M02. Folktale
【Original Arrange 収録作品:8th Sg「僕のこと」/ 4th Full AL「Attitude」】
スポットライトを浴びた大森は、ネクタイを緩め、しばし目を閉じ、そして冷蔵庫を開け、ウォーターボトルを取り出す。バーカウンターの椅子に座り、ボトルの水をグラスに注ぐと、若井が柔らかくギターを鳴らし、そこに藤澤のフルートとヴァイオリンの音色が重なっていった。
<変わりたいな>
<変わりたくないな>
<見ていてほしいんだよ>
静かに「Folktale」を歌い始めた大森は、ラウンジの中を移動し、ソファに腰かけ、あるいはテーブルの椅子に座り、キャストたちとコンテンポラリーダンスを披露。その背後には、滴る水に揺らめく水面と、ダンスを舞う女性キャストのシルエットが大きく映し出された。
シンフォニックさを増したサウンドトラック風のアレンジに合わせて、大森はラウンジで、そして2階のバルコニーでマスカレードマスク姿のキャストたちとパフォーマンスを展開。バンドの演奏がファンタジーな世界を彩っていく中で大森は、再びバーカウンターへと戻り、ため息交じりにウォーターボトルとグラスを冷蔵庫に戻してドアを閉める。するとすべての音と明かりが消え、ラウンジは暗闇に覆われた。
#3 手紙(過去との会話)
M03. 君を知らない
【Original Arrange 収録作品:4th Mini AL「Unity」】
暗転のステージにスノーノイズが映し出された後、新たなセクション『#3 手紙(過去との会話)』では、白いハットを被り、ネクタイを締め直した大森が、白いタイプライターで手紙をしたためる。
「お久しぶりです。お元気ですか? 僕のこと、覚えていますか? 僕はあれからずっと、君のことを考えています。でも、考えれば考えるほど、わからなくなるのです。」
手紙を読み上げる大森の語りは、そのまま「君を知らない」の歌へとつながっていく。すると、手紙を受け取った女性キャストがラウンジに現れ、どこかもの悲しげな表情で大森と近づき、時に微笑を浮かべて手を取り合い、そして遠く離れていく。
言葉にできない彼女への心の動きを、歌とダンスで感情豊かに表現する大森。バンドの演奏も次第にドラマチックな抑揚を帯びていき、エモーショナルな若井のギター・ソロでクライマックスを迎える。最後、藤澤のピアノだけが穏やかに鳴り響く中、大森は一度手放した手紙を拾い上げ、彼女のことを思い出すかのように、再び手紙を見つめた。
M04. ダンスホール
【Original Arrange 収録作品:4th Mini AL「Unity」】
「『幸せが逃げるわよ』、そう君はよく言っていた。」
手紙を手に大森はつぶやき、その声は思い出の中の“君”の声と重なり、こだまする。
「また君と踊れたらいいのに。そしたらどんなに幸せだろう。あの頃みたいに。」
大森は、掲げた両手を見つめながら<いつだって大丈夫>と、自分に言い聞かせるように「ダンスホール」の歌詞を独白する。その語りがアカペラ風の独唱へ変わっていくと、突然、白いラウンジはミラーボールの明かりのように煌めき始めた。
するとラウンジはレストランへ変わり、ウェイター姿の若井と藤澤が登場。客である大森をもてなすも、ワインをひと口飲んだ大森はテーブルに上り踊り出す。困惑し、やめさせようとする若井と藤澤。しかし大森に乗せられ、結局2人も一緒に踊り始めてしまう。
バンドの演奏は、昨年YouTubeで公開されたスタジオライブ<Studio Session Live>を基本に、よりファンキーなアレンジに。そのグルーヴをバックに、3人は息の合ったダンスで観客を魅了すると、遂にはテーブルの上で若井と藤澤もそれぞれソロ・ダンスを披露。華々しく曲が終わり、満員の観客から大きな拍手が湧き上がると、はっと我に返った若井と藤澤。
「マズイ! こんなところを見られたら、絶対に怒られる!」
2人は慌てふためき、何ごともなかったかのように、真っ白なレストランの明かりを消した。
#4 反射
M05.ツキマシテハ
【Original Arrange 収録作品:3rd Sg「In the Morning」】
次のセクションは、激しい雨音と雷鳴が轟く中でスタート。ずぶ濡れの状態でラウンジに戻ってきた大森は「くそっ」とつぶやき、真っ赤な照明で染め上げられたステージで「ツキマシテハ」を歌い出した。脱いだばかりのレインコートを床に叩きつけ、椅子を蹴り上げ、テーブルクロスを激しくはぎ取りながら。
この曲は、大森が高校時代に曲の原型を作り、10代の焦燥感や葛藤、世の中や自分自身に対する怒りを表現した歌。新アレンジでは、激しく歪んだベースやラウドなドラムなど、オリジナル以上にハードかつダークなサウンドとなり、若井のギター・ソロも、極めてアグレッシブだった。
怒りのままに突き進もうとする大森は、その行く手を男性キャストに阻まれ、もがき苦しむ心情を激情的な歌とパフォーマンスで表現する。それでも遂に男性キャストを振り切り2階バルコニーに上ると<君は甘えすぎている。>と歌い、膝から崩れ落ちた。
その一瞬、雷鳴は鳴りやみ、柔らかなピアノとヴァイオリンの調べをバックに、とつとつと語るように歌う。
<口から不意に出た言葉で ヒトは悲しくなってしまうらしい>
<ただ、心から不意に出た言葉で 幸せも感じられるらしい>
<幸せに気付いていて欲しい>
すると再び雷鳴が轟き、赤く染まったステージで、
<真っ白な心が焦げてゆく>
<ツキマシテハ、僕は呆れている>
と、大森は絶叫した。
#5 愛という種
M06. Coffee
【Original Arrange 収録作品:3rd Full AL「ENSEMBLE」】
スノーノイズを挟むと場面は一転、穏やかな雰囲気の2階バルコニーへ。上着を脱ぎ、メガネをかけて、ラジオを鳴らす大森。そこにコーヒーカップを2つ手にした女性キャストが現れる。
ごく当たり前な、日常の光景。2人の会話も極々ありきたりな内容で、女性はスマートフォンに視線を落としながら「そう言えばさ……」と会話を続けるが、フルートの音色と入れ替わるように女性の声は聴こえなくなり、大森は<僕らを繋いでいるのは何?>と「Coffee」を歌い始めた。
恋とはまた違う、愛という種を育んでゆこうと歌う大森。その傍らで、女性は「ミニトマトは(育てるのが)簡単なんだって」「この前のキュウリは何で苦かったんだろうね」とガーデニングの話を続け、いつしかテーブルに伏して眠ってしまう。
1階のラウンジでは男女のキャストがコーヒーカップを手にワルツのテンポで優雅なダンスを舞っている。そのリズムが、曲の間奏でワルツからスウィングへ滑らかに変わると、藤澤のピアノとミュート・トランペットがジャジーなソロをプレイ。そしてエンディングに向けて、男女のキャストから大森がコーヒーカップを受け取ると、何組ものキャストたちがラウンジに姿を現し、ドラマチックなダンスを披露した。
M07. ニュー・マイ・ノーマル
【Original Arrange 収録作品:4th Mini AL「Unity」】
コーヒーカップを片手に、バーカウンターにひとり佇む大森が、おもむろに電話(スマートフォンではなく、いわゆる“いえ電”)を手にすると、軽快なスネアのリムショットとシンクロして電話の呼び出し音が鳴り響く。ベルは鳴り続けるが、相手が出る気配はない。一方で、スマートフォンを手にしたキャストたちは大森の周囲を忙しなく行き来し、すれ違いながら、他愛もない会話を繰り返す。
「伝えたい言葉は、いつも言葉にならない。なぜだろう。伝えたいことはわかっていて、(胸を指さし)ここにあるはずなのに。」
歌い始める前に大森が語った台詞は、まさに「ニュー・マイ・ノーマル」の世界観。軽快なリズムに乗り、コミカルなダンスも交えて心に秘めた感謝や希望を歌うと、2階バルコニーで眠ってしまっていた彼女は、笑顔で大森の元へ駆け寄ってくる。
意を決し、指輪を渡してプロポーズする大森。「ありがとう」という彼女の言葉に対して、はにかみながら大森は「こちらこそ」と答えた。
M08. PARTY
【Original Arrange 収録作品:3rd Full AL「ENSEMBLE」】
プロポーズの成功を祝うかのように、マーチング・ドラムと柔らかなトランペットのファンファーレが鳴り響くと、第一幕を締め括る「PARTY」が華やかに始まった。
<青い春は鳥の様に Bye-Byeと消え去っていく>
<このメロディともどこかで また会える様な気がしてるよ>
大森とキャストが幸福感を全身で表現する中、ラウンジには青い鳥が飛び立つ映像が。そしてキャストが、ハート/スペード/クローバー/ダイヤのマークが入った白いドアをステージに用意すると、大森はそのドアを次々と勢いよく開け、前へと進んでいく。すると舞台セットが左右に別れ、シーンはラウンジから室外へ。それまで、ラウンジ後方で演奏していたバンド・メンバーも姿を現した。
原曲では、さまざまなシーンが組曲的に表現されていたが、今回は曲全体を通して喜びに満ちた賑やかなアレンジが施されており、若井と藤澤も、純粋に演奏を楽しむかのように時おり笑顔を見せながらプレイしていた。
<いつか生まれる“君”が 呆れ果てないように 愛を注げる人になろう。>
ラストの一節を大森が歌い上げ、笑みを浮かべながら頷いてドアを閉めると、第一幕が終了した。
#6 青さのカケラ
Interlude
M09. 春愁
【Original Arrange 収録作品:6th Sg「Love me, Love you」】
小鳥のさえずりがかすかに聴こえた15分間の休憩を挟んで、会場がゆっくりと暗くなっていく。それとクロスフェードするかのように、ヴァイオリンが「The White Lounge」のテーマ・フレーズをインタールード的に奏でると、観客の前に現れたのは街中のシーン。
黒いコートを着たキャストが交差する中、白いベンチには若井と女の子が座っている。2人でお花見に行くも、桜はまだ満開ではなく、「もし今週末空いてたらリベンジしない?」と誘う彼女。しかし若井は、「ごめん! 今週末、予定があって無理なんだ」と申し訳なさそうに(でも内心帰りたそうな雰囲気を見せながら)断ってしまう。
いつしか降り出した雨の中、ポツンと一人残された女の子。そこへ白いフーディを着た大森が現れる。傘も持たずにおどおどと歩き、肩をぶつけてしまった相手からは「チッ」と舌打ちをされてしまう。
「嫌だな。もう、何もかも嫌だ。ひとりになりたくて、でもひとりになりたくなくて、誰かに傍にいてほしくて。でもひとりになりたくて。そんなことぐるぐる考えている自分が嫌になる。もう何もかも、嫌だ。」
若き日々の苦しさや悩みを歌った「春愁」。今の気持ちを、この曲で代弁するかのように歌い出す。黒い傘を持ち、黒いコート姿でダンスをするキャストたちに囲まれながら、白いフードを被る大森は、ドア、もしくは壁を叩くようなパフォーマンスを幾度となく繰り返し、現状から抜け出せない不安やもどかしさを、パントマイム的要素を取り入れたコンテンポラリーダンスで表現した。
M10. Just a Friend
【Original Arrange 収録作品:2nd Full AL「Mrs. GREEN APPLE」】
雨の中で座り込む大森に傘を差し出したのは、少し前まで若井と一緒にいた女の子。週末の予定が空いてしまった彼女は大森を買い物に誘う。大森は、不慣れな誘いに、おどおどしながらも「嫌じゃない」とOKすると、「Just a Friend」の演奏が始まった。
そして週末。一緒に映画を観にいき、買い物をし、彼女のお気に入りの曲を聴き、食事をする2人。そのバックを彩るサウンドは、明るく希望に満ちた一体感のある演奏で、藤澤は終始、メンバーと呼吸を合わせるように大きく身体を動かしてプレイ。そんな藤澤に目を向ける若井も、また笑顔だった。
ただ「Just a Friend」に込められた想いは、<今日だけは君のboy friend><今日だけは僕のgirl friend>という、喜びではなく友達以上にはなれないという切なさがギュッと詰まった曲。
<今日だけじゃ 今日だけじゃなく ずっとこのままがいいのにな>
曲が終わると大森はまたひとりになり、大きなため息をつく。
M11. Attitude
【Original Arrange 収録作品:4th Full AL「Attitude」】
<あぁ、どうか いつか 僕の我儘が終わるまで>
孤独に震える大森は、絞り出すような声で「Attitude」を歌い出す。
それでも、悲壮感が漂っていたのは曲のイントロまで。ステージには再び真っ白な衣装のキャストたちが集結し、白い傘や白い自転車などの小道具も登場しながら、アップテンポなリズムに合わせて軽快なダンスを魅せてくれる。
<この世は腐ってなんかは居ない。>と歌いながら大森は女の子に一輪の花を差し出し、<A.t.Ti.Tude>というサビのキャッチーなフレーズでは、大森とキャストの全員が揃って横へ飛ぶステップが、とてもポップ、かつ新鮮。こうした明るく華やかな新アレンジ&パフォーマンスで「Attitude」という曲に新たな命を吹き込みながら、
<キャッチーなメロディーに隠れるは そう、偶像>
<産み落とした子達は 私のそう、心臓>
<書き綴られた歌は 私のそう、遺言>
といったサビの歌詞を、よりコントラストを強める形で、印象的に観客へ届けていた。
#7 虚構と虚無
M12. Feeling
【Original Arrange 収録作品:5th Full AL「ANTENNA」】
次なるステージは、ブロードウェイの、とある劇場。ショーが始まるまで、バンドはオールドジャズを演奏している。するとバックヤードで開演5分前を告げるブザーが鳴り、舞台袖に集まってきたキャストたちのざわめきの中、白いシルクハットとタキシードスーツを着た3人は、若井がステージ上手、藤澤は下手、そして大森が客席に背を向けたままセンターでスタンバイ。
一瞬の間を空けて、大森の合図をきっかけにバンドが軽快なスウィング・ビートを刻み出す。ジャズ・アレンジの「Feeling」だ。
<ただfeelingに 任せてしまえばいいよ>
原曲は、あえて演奏に熱量を持たせないことで独特なテイストを表現していたが、このステージではエンターテインメントに振り切ったきらめくパフォーマンスを展開。
そのステージのセンターで、大森は白いパンツスーツ姿のキャストたちと共にチャールストンやコーラスラインといった軽快なステップを次々と披露。若井と藤澤も、それぞれジャジーなソロをたっぷりと聴かせ、“ザッツ・エンターテインメント・ショー!”というべき圧巻のステージで客席を大いに盛り上げた。
M13. ケセラセラ
【Original Arrange 収録作品:5th Full AL「ANTENNA」】
「劇場!」
ピアノ演奏をバックにこう言い放ち、ステージ中央に現れたのは、白のステッキを手にした藤澤。右へ、左へとステージ上を歩きながら、観客に語りかけ、そして笑顔でうなずく。続けて、この空間で、同じ音を聴き、同じリズムで手を叩き、同じ空気を吸うことこそが「生きている(=ライブ)」喜びだと満員の観客に演説する。
「劇場! ここでしか体験し得ないことです。頑張っているあなたへのちょっとしたご褒美だと思って、存分に楽しんでください。私たちが、夢のような現実を、現実のような夢を、今日も贈ります」
藤澤が客席に向かって深々と頭を下げると、グロッケンのアルペジオに続いて歌われた“ご褒美”は、「ケセラセラ」だった。
アコーディオンをかかえた藤澤、ギターを手にした若井、そしてレトロなスタンドマイクの前で歌う大森。この3人が円形のセンターステージに立ち、まるで絵本の中の人形たちのようにファンタジックな世界を作り上げる。
そうした中で大森は、普段のライブのように饒舌に歌い上げるのではなく、一人ひとりに語りかけるように、一言一句を大事に歌っていく。そして曲のラストを飾るエンディングは、金の紙吹雪が舞う中、圧巻のロングトーンでショーは締め括られた。
M14. Soranji
【Original Arrange 収録作品:10th Sg「Soranji」/ 5th Full AL「ANTENNA」】
華やかなショーは終わり、「お疲れさまでした!」というスタッフのかけ声でキャストたちはバックヤードへ帰っていく。誰もいなくなったステージにひとり取り残された大森。先ほどまでスポットライトを浴びていたショーの主役は、思わず暗くなった舞台上に座り込んでしまう。だが客席に背を向け、その表情はわからない。
周囲を見渡し、天空を見上げ、しばしうつむくと、意を決したかのように立ち上がり、自分に向けての独り言のように口ずさんだのは「Soranji」であった。
彼の足元は真っ白なスモークで覆いつくされ、時につまずき、そしてステージに崩れ落ちる。だけれども何度でも立ち上がり、前へ進んでいこうとする大森。そうやって、少しずつ感情を高ぶらせていく大森のボーカルを、藤澤が吹くフルート/ピッコロの音色と、若井の指が奏でるギターの響きが支えていく。
<一歩ずつでいいからさ 何気ない今日をただ 愛して欲しい。>
<ズタズタになった芯もほら 明日へと花を咲かすから 繋いで欲しい。>
最後に右手を高々と掲げた大森の姿は、逆光に包まれてシルエットとなり、『#7 虚構と虚無』はエンディングを迎えた。
#8 僕の一部
M15. The White Lounge -reprise-
『The White Lounge』ツアーで唯一、スノーノイズが入らずに場面転換が行われ、第二幕の幕開けと同様に「The White Lounge」のメイン・テーマをトランペットが奏でる中、ステージは、再び白いラウンジへと変貌を遂げた。
大森、若井、藤澤の3人も、ショー用のステージ衣装から元の白いスーツ姿へと装いを変え、若井はソファに座り、藤澤はキーボードの前に立つ。すると大森はセンターで、一度大きく息をし、パントマイムのようにドアを開ける仕草で歌い始めた。
<ドアを開けたら 何かが変わるのか>
<誰もが怯えて過ごしてる>
<白い 部屋には独り達>
再び歌われた「The White Lounge」。だがここではオープニングと異なり、とても穏やかに歌う大森のボーカルと、若井のギター、藤澤のピアノだけという、3人のみの演奏が披露された。
#9 終わりの始まり
M16. フロリジナル
【Original Arrange 収録作品:10th Sg「Soranji」】
ひと際大きなスノーノイズが会場内に鳴り響くと、シンフォニックな調べと藤澤が奏でるはずむようなトイピアノの音色で、ラストを飾る「フロリジナル」へ。
この時、真っ白のラウンジが初めてカラフルな照明に彩られ、大森とキャストたちは時おり笑顔も見せながら、リラックスした表情でラウンジを行き交った。その中には、これまでの15曲で行われた象徴的なシーンの再現が織り込まれており、ハイライト的なパフォーマンスで観客を楽しませる。
そしてエンディング。フロリジナルの後奏をヴァイオリンとチェロがゆったりと美しいメロディーで紡ぎ始め、楽器が重なっていくと、キャストたちの動きは開演前と同様に再びスローモーションとなり、キャストに続いて、若井と藤澤、さらにバンド・メンバーも、一人ずつ楽器を弾き終えてゆっくりとラウンジから姿を消していく。
最後の一人となった大森は、自ら白いハットを被り、懐かしむように周囲を見渡し、白いスーツケースを手にしてドアから出ていこうとする。ところが、思い直したかのように振り返ると、白いスーツケースをテーブルの上に置き、何も持たずにラウンジを後にする。
チェロの重低音が荘厳に響く中、大森がドアを開けると、カウントダウンのように時計の秒針の音が鳴り始める。振り返ることなく大森が姿を消し、ドアが閉まると、白いラウンジからはすべての明かりと音が消え、会場を静寂が包み込んだ。