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LINER NOTES 『浮き名』/『蜜月抄』

 〈名は体を表す〉と言うが、つくづく言い得て妙なタイトルに膝を打つ。思えばその音楽は勿論のこと、一流の勘の良さと語彙から生まれるこうしたネーミングセンスもまた、15年間も我々の心を揺さぶり続けてきた彼女が具有する魅力の一片だったとあらためて気付く。
 宇野亜喜良の蠱惑的なイラストレーションがジャケットを彩るこの『浮き名』と『蜜月抄』は、デビュー15周年を迎えた椎名林檎が発表する、互いに異なるコンセプトを持ったベストアルバムだ。
まず『浮き名』は椎名がこれまでに客演という形で“男性"アーティストと奏でた楽曲から、彼女自身が選び抜いた 14曲(ボーナス・トラックを含む)と、新たにレコーディングされた2曲から成る、〈椎名林檎篇〉名義によるコラボレーション・ベスト・アルバムである。
 クレジットからも一目瞭然の通り、浮き名を流した男たちはいずれ劣らぬ才覚の持ち主だ。逢瀬の時期はデビュー年の1998年から今年2013年までと15年間を跨ぐ格好となっており、手合わせの作法もボーカル、鍵盤、コーラスに作編曲と猫の目のように変わっている。
「(コラボレーションとは)実地の出会い頭、たったの一瞬、たったの一音で、相手の生まれた起源までをも遡る神秘的な体験。口では言い表せないほどの大きな悦を覚えられる、特別な瞬間です」(椎名)
 さらに新曲である。「IT WAS YOU」は、アメリカン・ポップスの巨人、バート・バカラックからの提供曲だ。RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 IN EZOで披露されて以来、ファンの間では長らくレコーディングが待ち望まれていた。そしてアルバム同様意味深なタイトルの「熱愛発覚中」は、当代一のサウンドメイカーである中田ヤスタカ(CAPSULE)が編曲を手掛けている。本作の“2013年感"を担うかの如く、両者のエレクトロマナーがキッチュでキュートな火花を散らすポップナンバーである。
 一方の『蜜月抄』は、やはりデビュー初期にあたる 2000年から 2008年までの実演から厳選された珠玉の14テイクと、2009年放送の NHK『SONGS』における2テイクから成るライブ・ベスト・アルバムである。蜜月とはつまりハネムーンである。自ら実演を行いファンと触れ合う時間を、空間を、椎名がどのように捉えているのかをこの上無く物語っているタイトルではないか。
 パンクの攻撃性とオルタナティヴ・ロックの構造を持った初期のラウドなバンドサウンドや、楽曲の持つ普遍的なメロディが際立つアコースティック形態に、ストリングスをフィーチャーした美しく荘厳なアレンジと、多種多様なアプローチで繰り広げられる代表曲が我々を魅了する。しかしながら本作の成り立ちには或るエピソードがある。そもそも椎名は映像を含まない、いわゆる音源のみのライブ盤に意義を見出せずにいたというのだ。たしかに椎名名義のライブ盤と言えば、『絶頂集』(2000年)のみだった。
「音だけで楽しむなんて、皆さんの感受性に頼りきりになるような気がして、落ち着かなかったんです。でもありがたいことに、初期のライブからマルチ(トラックレコーダー)を回してくださっていたそうなので、せっかくですもの、やはり一度は形に残しておかないと勿体無いよなあと思い直した次第です」(椎名)
 彼女はこう語っているが、果たしてビジュアルを排した音源のみの本作からは、彼女の縦横無尽な音楽性とその成長が、むしろ映像作品よりも明確に立ち上ってくる。
 いずれの作品もまだまだ多くの聴きどころに溢れていて、この紙幅ではとても説明し切れないのだが、その辺りは初回限定生産盤のブックレットに掲載される、椎名が語り下ろした各 12,000字に及ぶロングインタビューにバトンを託したい(テキストは本稿筆者が担当)。初めて語られるエピソードも数多く、2作品/計24,000字分を併せて読めば、椎名が歩んだ 15年の足跡から、延いては現在の彼女が見据えている理想までを読み取ることが出来るはずだ。
 少女から淑女へと成長を遂げた椎名林檎の15年。その一端を収めた『浮き名』と『蜜月抄』は、リスナーに深い感動をもたらす目くるめく悦と魅惑の記録であると同時に、彼女という音楽家が出自から持ち得ていた破格のポテンシャルを窺い知る上で、第一級の資料的価値を備えた作品と言えるだろう。
(内田正樹)


(※追記)上記2作のリリースと同日、椎名の既発ライブ作品とビデオクリップ集が一挙 Blu-ray化される。特に8枚組Blu-ray BOX『LiVE』には、初の全国ツアー「先攻エクスタシー」(※『蜜月抄』には音源未収録)から 1994年4月9日・渋谷クラブクアトロの模様を収めたドキュメント映像のディスクが収録される。この初々しくも毒々しい、パンキッシュな魅力を放つ椎名の勇姿は一見の価値がある。