作品

読み込み中...

Commentary from 椎名林檎

「人生は夢だらけ」
高畑充希ちゃんが出演されるCM制作側から、予め提示されていたコピーを散りばめて、映像を説明する目的でお作りしました。本来の私のマナーというかメソッドからは逸脱して生まれた曲です。それもあって、早くフル尺もお届けしたいと思っていました。特に日本を支えるお母さんたちに、毎日の夕餉のための水仕事の時などに、お台所で口ずさんで頂けたらうれしいです。

「おいしい季節」
シングル「決定的三分間」の制作当時、栗山千明ちゃんのレーベル側から「更に一曲、対照的な曲を書いて欲しい」とのリクエストをいただきました。どちらの曲でも、ゲームやマンガを愛するオタクっ子的な側面と、勘だけを頼りに生きる野性動物のような側面が合わさった、彼女特有の魅力を描写しようと試みた詞曲です。こちらの「おいしい季節」では、例えば“電波”、“裏技”、“SHORT CUT KEY”などの語彙でバーチャルな思考を垣間見せつつ、同時に和声を逸脱する旋律とキー設定で、彼女にワイルドな表情を見せていただきたかった。「女の子は誰でも」然り、マジで可愛い女の子をイメージしてマジで書いた曲を改めて自ら歌うのは難しいですね。

「少女ロボット」
ただただ古くからご愛顧下さっているお客様へ、別のアプローチをお届けしたくて選曲しました。当時はともさかりえちゃんご本人の痛々しいほど繊細で華奢な可憐さを際立たせるため、故意に同世代の女性プレイヤーだけで荒々しくバッキングしました。後に東京事変の面々でセルフカバーした際も、お決まりのリフ等、そのままに行なってきましたが、それすら取っ払った全く新しい解釈を村田先生にお願いしたのが今回のものです。ヴィブラフォンにはまさかの大井貴司先生。お宝テイクを戴きました。

「暗夜の心中立て」
この方にいま歌っていただけるのであれば、このメロディとコードとリリックこそが最も相応しい。その針の穴を捜して書くのが作家業の楽しみであり苦しみです。たくさんの作品を通じて、長く愛され続けていらっしゃる石川さゆりさんのような、名実共に偉大な方の場合、特にそれまで紡いで来られた歌物語の続きを描きたいとも考えます。歌詞のことだけではなく、編成についても、ご本人のいつもの環境で演っていただけるように。今回はそうしたさゆりさんへのオートクチュール部分を排し、詞曲や和声が生まれ持った意図と申しますか、初めのスケッチ段階まで遡ってから村田先生にお願いしました。

「薄ら氷心中」
林原めぐみさんのお芝居(※『昭和元禄落語心中』のヒロイン・みよ吉)のほうの声があまりに素晴らしかったので、元々はその話し声のキーを狙いつつ、秒針にテンポを合わせて書いています。若手演奏家たちへ用意した当時のリフは取っ払い、キーもテンポも大幅に上げた上で、市川秀男先生、高水健司先生、山木秀夫先生というピアノ・トリオにベーシックをお願いしたのが今回のものです。本当は歌もオフって、そのお三方のプレイだけをご試聴いただきたいくらい。

「重金属製の女」
舞台『エッグ』の音楽を手掛けるにあたり、野田秀樹さんからは苺イチエ(※深津絵里が演じる劇中のヒロイン。当時のリリース表記はICHIGO ICHIE)のイメージについて「林檎のように90年代にデビューした、変化球アイドル的なシンガーソングライター」といったニュアンスで伝えられていました。舞台でどのようにお使いいただくのか分からない段階で作曲しましたし、20世紀末当時、一世を風靡したギターサウンドを思い出しつつ、楽しみながら書いた曲です。名越先生が、私がデモで弾いていたベタなリフやアルペジオなどをコピーして下さって超恥ずかしかった(笑)。タブラやシタールは、今回、私から特にお願いしたわけではありません。最早、名越先生のデフォルト設定として絶対に入ることになっているのでしょうか。

「おとなの掟」
(※MIDIなどではなく)モノホンの楽器の場合、曲のなかで重要な音がよりよく響くキー設定をしたいものです。印象付けたいフレーズや構成音は作曲段階ですでに明確にあるものですから。ドラマのためのオリジナル版は、ボーカルのスイートスポットを優先してキーを設定し直しましたが、今回は曲のほうが生まれながらに意図した楽器の“鳴り”を記録しています。響きを聴き比べていただけますと幸いです。ボーカルについては、ドラマのキャストによるエンディングテーマが何より素晴らしいですから。

「名うての泥棒猫」
「暗夜の心中立て」と同じ時期にさゆりさんへ書き下ろした曲です。さらに村田先生に三管を重ねて戴く予定だったのですが、名越さんとヒイちゃん(ヒイズミマサユ機)によるせめぎ合いがあまりにエッチだったので、村田先生が「これ、管、要らないわ。二人の駆け引きにモザイクをかけちゃうのは勿体無い」とご決断されたのです。ちょっとニヤニヤしていらっしゃったとも思います。私もしていたし。

「華麗なる逆襲」
いつも作曲のオーダーをいただくと、先様の魅力について考え、惚れ込むところから私の仕事が始まります。するとそのパフォーマーを端的に形容した目次のような曲を一曲は書かせて!という欲求が出て来るものです。これはまさにそんな作家業を営む上での色気を丸出しにしてしまった曲でした。完全に中居(正広)くんのロックダンスを期待したモントゥーノとテーマの掛け合い部分。コンサートで「大阪!」「福岡!」などなど御当地名の呼びかけを期待した2番のサビ前の1小節ブレイク。SMAPにしかないアウトローな魅力をスマヲタたちと客席で一緒に楽しみたくて書いたのは明らかです。私は諦めたくない。叶う日が来て欲しいな。

「野性の同盟」
テレビドラマ『科捜研の女』の主題歌でしたので、柴咲コウちゃんの中性的で清潔な一途さを描写する時、“割り出す”、“真相”といった語彙を用いることで、サスペンスを観ながら謎解きをなさる視聴者のかたのご気分にも寄り添って欲しかった。そんな具合で、リリックは常に、その場に相応しいボキャブラリーで書きたい。密室性の高いアプローチをしながら、普遍性に富んだメッセージが残ってくれたら最高ですよね。目指し続けているところです。これも、本来意図したキー設定に戻しています。

「最果てが見たい」
元々この曲は、日本の歌謡界のセオリーはもちろん、あらゆるしがらみから解放されたさゆりさんの新たな表情を聴いてみたくて、泣きながら書いた曲です。当時のスケッチは、ナイロン弦ギター二本のバッキングと英仮詞の歌のみでした。和声と旋律の塩梅だけで、さゆりさんに脱いでいただかねば、と。今回は、まさにその最初の「骨子だけ」みたいな形で記録しています。

(構成/内田正樹)