公式発言第一弾

──さてさて、ビデオ・クリップ集「性的ヒーリング~其ノ参~」がいよいよリリースされますが、今回は2000年の「やっつけ仕事」から今に至る作品が収録されるわけですが、自分で見直してみました?
林檎「見直してないや(笑)」
──やりっぱなしなんですか!
林檎「そうですね。やりっぱなしですね(笑)。話のうえでは“あれが入るのね”って分かってて、“ああ、あの婚前のやつがね……”っていう感じです。」
──あははは。
林檎「そうですよ。使用前、使用後が見られるっていう。女性として、どうなっていくか、是非そういう観点で見て頂きたいな、と(笑)」
──(笑)
林檎「だから、性的にね、子供の癒し方と、大人の癒し方があって……」
──(笑)というわけで、内容について触れていきたいんですけど、ますはプライベート・ビデオ風な「映日紅の花」から。
林檎「こういうクリップって作ってないよねって。でも、この時は横浜とか横須賀に行けて良かったです。ロケ・バスに乗って、遠くまで行くことはあんまり経験出来ることじゃないですし、巻き舌の本拠地が横須賀なんですよ」
──あっ、そうなんだ。
林檎「そうそう。小屋敷さんっていう横須賀出身のディレクターさんがいるんですけど、彼いわく「“無罪”の巻き舌はなってない!」(笑)」
──でも、映像は椎名林檎の一日デートみたいな感じであって、ザ横須賀っていう映像じゃないでしょうに(笑)。
林檎「そうですね(笑)。だから、あり得ない映像ばっかりになったらなと思って、公衆電話なんか使わないのに公衆電話で電話してるところを撮ったり。撮影自体は真面目にのぞんだんですけど、そんなにマジ部分はないですよ」
──(笑)まぁ、観る人によっては真面目に観てもいいものだとは思いますけど。
林檎「そういえばね、広末涼子ちゃんに曲を差し上げる時に、メーカーの方から資料としてビデオをもらったんですけど……」
──イメージ・ビデオみたいな?
林檎「そうそう。そういうPVを生娘の時分には撮れなかったんで(笑)。本来、17、8の頃にやるべきなんでしょうけど、全部裏返ってると思えばいいんですよね。だって、18の時に「歌舞伎町の女王」ですもの(笑)」
──そして、続く「やっつけ仕事」は嘉穂劇場で撮ったという。
林檎「2000年の、ライヴ前日ですね。せっかく嘉穂劇場でやらせてもらえるなら、ライヴは1日だけだしもったいないよねっていうことで、PVを撮らせても戴きました。音自体は下剋上の音源なのに、当て振りには見えないんですよね。だから、すごく巧妙な嘘をついているようで胸が痛みます(笑)」
──また、バックのメンバーのルックスが、ホントに演奏してる風に見えるっていう。
林檎「そうそう。だって、皆珍(皆川真人:キーボード)と亀田さんは眉毛がないですからね。しかも、あの2人はこのPVが発売されていないことをすごく気にしてて、“ね、俺、映像倫理に引っかかる?右の2人がヤバいの?”って仰っていて。“や、そういうことじゃないよ”って(笑)」
──あと、このPVに出てくる外国人レポーターの声が後に『加爾基 精液 栗ノ花』で使われてますよね。
林檎「あ、そうですね。PV自体には私からの注文は全くなかったんですけど、『加爾基~』を録ってる時に“同じ曲なのに、分かってもらえなかったらヤだな”って思って、あのレポーターの声を使ったんですけど、『絶頂集』のヴァージョンにはレポーターの声は入ってないです。」
──あと、『加爾基~』には日本的な美の再発見っていう要素がありますけど、それは何もここ最近に限った話ではないことが、このPVを見れば分かるように思うんですけど。
林檎「積み木遊び”とか着物を着た“歌舞伎町の女王”とかも以前にはありましたけど、どんどんさかのぼってる感じはするし、このPVはぐっと江戸っぽいですもんね」
──そして、フル・アニメーションの「真夜中は純潔」は林檎ちゃんがタッチしていない作品なんですけど……。
林檎「衣装合わせだけですね。あとは、うちの猫が機械になるっていうことと、あと、使われていないバンドネオンが報われる日が来るように……だって、あのバンドネオンってピザ屋で働いてた時の初任給で買ったんですよ(笑)。だから、何かに使って欲しいってお願いしたら、通信機器になったっていう(笑)」
──(笑)あと、このPVはレコーディングに全く参加していない皆川さんが悪の親玉として登場してますよね?
林檎「(笑)そうそう!それ、こないだ気付いたんですけど、音には全く参加してないのに、絵だけ!でも、彼は“何でもやるからね”って言ってくれて、『唄ひ手冥利』では人間キーボード・スタンドにもなってくれたんで(笑)、じゃあ、このPVではザビエルみたいな襟の服を着た悪役をやってもらおう、と。しかも、このPVは当初、実写で撮る予定だったんですよ」
──この時の林檎ちゃんはまさにご懐妊中でしたからね。でも、ヘリコプターから垂らされたロープで捕まるシーンは実写だったら、どうなっていたんでしょうね?
林檎「ああ、あれこそ実写でやる予定だったんですよ。“PVでやってないのは、そういうシーンじゃない?”とか言って(笑)。でも、そうこうしてるうちに、“妊娠は初期が大事なんだよ”っていう話になって」
──そういうバタバタのなかで作られたにしては、主人公に潔純真夜っていう名前が付いていたり、フィギュアが作られたり、細部に渡ってホントによく出来てますよね。
林檎「そうですね。番場さんには事前に色んなタッチの絵を見せて頂いて、そのなかから第一希望のパターンで描いて頂いたんです」
──そして、この「真夜中は純潔」からしばらく間を置いて、「茎」のビデオクリップが登場するわけですが……
林檎「リリース・ペースで言うと、2年近くかな。だから、さっきの話で言うと、使用後の映像作品っていうことになりますね(笑)。だって、茎ではそういう意味でちゃんとお歯黒してますからね(注:お歯黒は江戸時代に既婚女性を意味していた)」
──あっ、お歯黒ってそういう意味だったんですね。
林檎「そうそう。でも、PVのリップシンクは、なんか、ハニワっぽいんですけどね(笑)。このPVに関しては……確か絵コンテがなかったんじゃないかな。あの時は『百色眼鏡』のことにかかりっきりで、指示をあおぐまで、どうなるか全く分からなくて。でも、小林賢太郎さんとか小雪さんとか、演技はどうしてるんだろうって思いますよね」
──でも、林檎ちゃんだって、PVは堂々としたものじゃないですか。
林檎「いいえ、歌ってる時に、“惑ったり~”の“ど”のところでウインクするとか(笑)、そういう決めがないからですよ。私からしてみれば、そういう演技的な決めが全くないから、恥ずかしくてしょうがないんです。いつも、そういう決めを用意しとけば良かったって思うんですけど、いつも忘れちゃうんですよ(笑)」
──(笑)あややとかスゴいですもんね。
林檎「あそこまでバシッとやって戴けると気持ちいいですよね。だから、“エンターテインメントはああじゃなくっちゃ”って思うんだけど……忙しいんだよね(笑)」
──まぁ、そういう課題も見えたPVだったと(笑)。そして、美しいセットが組まれた「迷彩」は……これはもう大作ですよね。
林檎「これはもう、超お気に入りですよ!なんたって、うちのディレクターが名演技の名演技がみれますから(笑)」
──このPVは非常に構築されたものだと思うんですけど、林檎ちゃんにはどういうアイディアがあったんですか?
林檎「この曲は個人的に好きな曲だったし、シングル・タイトル曲じゃないのに、PVを撮ってくださるっていうことだったんで、すごい嬉しくて。いつもは自分に曲の絵的なイメージがあったとしても、監督さんやスタッフの意見も聞いてみたいから、敢えて言わないことも多いんですけど、この曲は一生懸命考えて、女給さんが登場したり、単なるリップシンクの映像じゃないものにしたいとか、そういうアイディアを言ったりして」
──個人的にはピーター・グリーナウェイ的な映像世界だなと思ったんですけど。
林檎「ああ、そういうところは確かにありますね。それは言ってなかったんですけど、多分、番場さんもピーター・グリーナウェイはお好きだと思うし。私に関して言えば、音には具体的なモチーフはないんだけど、映像の時はどういう風にイメージをお伝えしていいか分からないので、イメージに近い映画を挙げるんですけど、この時はね、チャン・イーモウだったんです。出来上がりは自分で想像していた以上に素晴らしくて……このPVはすごい好きですね」
──番場監督との相性の良さが伺えるというか、熱意が伝わってきますよね。
林檎「番場さんは普段の感じからは想像も付かないんですけど、お仕事をなさるときはすごく繊細ですよね。あと、もちろん、一緒にお仕事されている方も素晴らしいし」
──あと、林檎ちゃんの笑いのセンスもちゃんとくみ取っていて。そういう笑いって林檎ちゃんの作品にあっては重要じゃないですか。
林檎「(笑)番場さんは私が知らないところで、仕掛けを用意してくれてたりするんです。『百色眼鏡』にもそういう仕掛けはあって、それは後から見てもほとんど分からないんですけど、別にもう一つ仕掛けがあるみたいですよ。それは結局教えてくれなかったんですけど(笑)」
──(笑)そして、今回は『勝訴ストリップ』の「浴室」がタイトルとアレンジを新たに「la salle de bain」として収録されます。
林檎「この曲は「シドと白昼夢」と一緒で、最初のイメージとアルバムに入れる時のイメージが2つ分かれた曲なんです」
──『勝訴~』までの曲は複雑な構成の原曲を敢えてシンプルに削ぎ落としてレコーディングしていたって言ってましたよね?
林檎「そうです。原曲はメロディにすごく動きがあったり、コードが一拍ずつ変わったりっていう作りだったので、オーケストラの方がしっくりくるかも、と。」
──アレンジそのものは『勝訴~』ヴァージョンをただストリングスに置き換えたわけではなく、固有のストーリーを持っていて、ミュージカルほど大衆的ではなく、オペラほど仰々しくなくて、非常に現代的ですよね?
林檎「そもそも、ネコさんには“歌のことを全く無視したオケを作ってください”ってお願いしたんですけど、歌は後から現代の技術を駆使して、変な位相にガチャガチャした感じでいさせるようにするつもりだったんです。だから、これは器楽曲ですよね」
──しかも、この曲はタイトルがフランス語で、歌詞が英語になってますよね?
林檎「『勝訴~』ヴァージョンの歌詞に<召し上がれ>って歌詞があるじゃないですか?それを<Bon appetit>にしようとは思っていて、そこがフレンチになればいいなって。あと、もともと「浴室」っていう曲のイメージはいつもビデオを借りに行ってた東中野のレンタル・ビデオ屋で、ビデオの背に「浴室」って書いてあるフランス映画があって(ジャン・フィリップ・トゥーサンの同名小説を映画化したジョン・ラヴォフ監督による'87年作)、私はまだ観てないんですけど、その背表紙を見た時に思いついた曲なんですよ。だから、その映画に対して敬意を表して、フランス語タイトルを付けたという」
──ここで全く新たな新曲を提供することも出来たと思うんですけど?
林檎「本来、『性的ヒーリング~其ノ参~』っていうのはPV集だから、CDで飽き足らない方に提供出来ればいいと思ってるんです。だから、そう考えると、長らくやりたいと思っていた「浴室」がいいかな、と。新曲はやっぱり最初はCDの方がいいじゃないですか?」
──あと、林檎ちゃんの今の音楽モードとして、オーケストラを使ったアレンジに興味があるっていうことですかね?
林檎「自分がいま聴きたいがこういう感じっていうことなんじゃないですかね?ウワーッ、オイッ!オイッ!っていう感じでスタジオに入るような精神状態ではないんです」
──(笑)デッド・ケネディーズなモードではない、と。
林檎「(笑)デッド・ケネディーズなモードではないですね。もちろん、最近はCAMILLEとか、MEWとか、いい音楽も聴いてるんですけど、今はイケイケなモードではなく、癒されたいって感じなのかもしれない(笑)」