LINER NOTES 『椎名林檎十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会』
それは華々しくも荘厳な旋律を従えた、女王の華麗なる凱旋だった。
『椎名林檎十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会』。文字通り昨年の十一月十八日から五回に渡って催された本公演は、デビュー十五周年を迎えた椎名にとって、実に五年振りとなるソロライブだった。本作はその最終日(十一月二十六日)を収録したものだ。今回、宴の舞台に選ばれたのは東京渋谷のBunkamuraオーチャードホール。そう、お誂え向きにも“
ピアノとアコーディオンを伴った一曲目の「都合のいい身体」から、椎名はその芳醇な歌声で自らが書いたメロディにぴたりと寄り添い、観客を魅了していく。頭には王冠。身体には勲章が光るサッシュと金銀のスパンコールが輝くドレス。愛らしくも高貴な出で立ちは、まさに女王そのものだ。やがて曲を追う毎に奏者が順々に登場して、生楽器のみで編成されたアンサンブルの全貌が明らかとなっていく。
本編は主に三つのパートで構成されている。まずはタンゴやジャズのエッセンスを自在に操り、オリジナルアレンジの魅力を存分に描き出した「カーネーション」や「カリソメ乙女」を奏でる序盤。次いで“党大会は甘党大会”というガーリーな宣言から、性と生の謳歌を歌う「いろはにほへと」や「女の子は誰でも」を披露した中盤。そして「都会のマナー」「月夜の肖像」「殺し屋危機一髪」といった他者への提供曲に、本邦初披露の新曲「今」と、初期の名曲「罪と罰」や「茎(STEM)」を交互に歌うことで、絶望や渇望を綴った十代と、“求める”だけではなく“もたらす”歌詞を綴る現在とを見事に繋いでみせた終盤である。
こうした本作を観賞して、筆者はあらためて全体に通底する二つのファクターを感じる。
第一は椎名のボーカリストとしてのポテンシャルについて。時に芳しいソウルを、時に繊細な機微を表現する歌声のクオリティと、楽曲の世界観を大胆に“演じ切る”パフォーマーとしての度量はやはり圧巻だ。そして盤石な演奏を背に歌う椎名の声は、これまで以上に解き放たれている感がある。今回のアンサンブルが斎藤ネコ(violin)率いる熟練と熟年の手練たちと、林正樹(Piano)をはじめとする椎名と同世代とのサンドイッチで編成されている点も、大きく作用しているのだろう
。
第二は椎名の音楽家としての成長について。周知の通り、彼女はその登場から破格の才能を知らしめたわけだが、東京事変という稀有な学習機関を経て、その才覚もまた歌声同様、年々磨きがかかっている。如何なるアレンジと時間の経過にも負けない楽曲の強度は、ただただ感嘆する他ない。そしてたとえばバート・バカラックからの提供曲「IT WAS YOU」が最早“彼女の曲”以外の何物でもないと感じる事実は、翻って椎名の書くメロディが希代のポップスメイカーと肩を並べて遜色ない証とも解釈できる。
加えてユーモアたっぷりのぶっちゃけトークで第二子の誕生と“
本作収録の前日(十一月二十五日)、椎名は三十五回目の誕生日を迎えた。本作の特典CD『Holiday Jazz on 25th November,2013』は、この日の公演からジャジーな香り高い五曲を収録したもの。ステージと客席の親密なコール&レスポンスによる祝祭のスイングが味わい深い、独立したミニアルバムとして楽しめる一枚だ。かつて椎名はこう語っていた。「“音楽の神様”なんて見えざる存在ではなく、私を支えてくれるのは常に目の前の“人間”なのです」。本作でも彼女は時にメンバーと笑みを投げ合い、時に旋律の悦に入る。そんな表情を監督・ウスイヒロシの手腕はつぶさに拾い上げている。
他にも英詞の世界観をじっくりと考察できる訳詞字幕の完全フォローに、我々を取り巻く都市と自然と宇宙との相対性を明示するような「色恋沙汰」と「旬」のランドスケープ映像や、巧みな変化で舞台装置として秀逸な照明の妙など、リピートすればした分だけの楽しみ方を本作は約束してくれるはずだ。
アンコール。グルーヴィーな「
如何に生き、如何に死ぬか。自らの居場所を、言葉と旋律の位相を、観客と共に心の奥深くで噛み締めるこうした機会が、彼女には必要だったのかもしれない。ならば我々は成長と進化を止めない椎名林檎の今後に期待を抱きつつ、今はこの素晴らしい演奏を余すこと無く堪能しようではないか。
そう、何度も、何度でも。
(内田正樹)