作品

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- Liner Notes -
『性的ヒーリング ~其ノ伍~七~』
『The Sexual Healing Total Orgasm Experience』

――彼女には多くの顔がある。顔は“貌(ぼう)”と置き換えてもいいだろう。

『性的ヒーリング ~其ノ伍~七~』は椎名林檎の映像作品集「性的ヒーリング」シリーズの最新作で、2011年以降の全ミュージックビデオ(以下MV)が収録されている。

収録作18本中16作は、オリジナルアルバム『日出処』から最新作『三毒史』までの時期に制作された。恥じらいを捨て、メインストリームに打って出ると宣言し、まさにその通りの目覚ましい活躍を実現して見せた期間の映像である。

「都度都度お話ししてきた通り、詞曲を書く際は歌舞伎やバレエ、古典の演目のような普遍性を目指しています。あとで様々に解釈し直し、作り替えられるほどの強度を持たせねばならないのです。と、なりますと、初めにヴィジュアル化されるビデオには、慎重にならざるを得ません」(椎名)

全ての収録作がアイデア、映像美、ストーリー性において絶対的な訴求力を誇っている。大半の作品で監督を務めているのは、映像ディレクターの児玉裕一である。

「僕は曲を聴くと、まずジェットコースターのコースのようなものを考えます。観たときの感情の起伏を設計していくような。MVはモニターを使用した音楽の体験装置だと考えているので。 一周して戻ったら、「楽しかった。もう一周乗りたいな」と思ってもらえるアトラクションを目指しています」(児玉)

「雰囲気モノは作らない。「長く短い祭」でSAYAが海辺の公園で踊っているシーンも、思い出すだけで胸が詰まってしまう。作品のなかでキャストが自分の人生を見せてくれた、その気迫に揺さぶられるのだと思います。ただ、監督による巧みなシーケンスが、あの彼女の直向きさを正しく刻み付けているのだと思います」(椎名)

加えて、11月13日にリリースされたばかりの初の公式オールタイムベストアルバム『ニュートンの林檎 〜初めてのベスト盤〜』からは、宇多田ヒカルとの「浪漫と算盤」と、「公然の秘密」のMVが収録されている。

「椎名さんもよく言いますけど、宇多田さんはまず生命体として素晴らしい。強い生命力を感じるというか」(児玉)

「ですので、監督には「ヒカルちゃんの生命体としての色気のみが浮き彫りにされるように」と口酸っぱくお願いしました」(椎名)

また、同時発売の『The Sexual Healing Total Orgasm Experience』は、今回リリースの『性的ヒーリング ~其ノ伍~七~』と既出の『Sexual Healing Total Care Course 120min.』の合体版、つまり椎名の全MVを網羅したコンプリート商品である。彼女の足跡はもちろん、ウスイヒロシ、木村豊、番場秀一、児玉裕一ら名うてのディレクター勢のワークスが一気に楽しめる側面をも備えた“椎名林檎ミュージックビデオ大全”だ。

「デビューからしばらくは、当時の関係者の方からの「アーティスト本人の実像をドキュメントとしてプロモーションするのも演出のひとつ」という声にも中途半端に応じていた。そしてわずか2年ほどで、まったく辻褄が合わなくなってしまった。結局、今思うと、その虚実綯い交ぜのブランディングが昔のビデオの作風においても大きな特徴となっているのかもしれませんね」(椎名)

デビュー初期の姿から垣間見えるあどけなさも、ガラスを蹴破る姿(「本能」)もベンツを真っ二つにする姿(「罪と罰」)も今は貴重な記録の一端だが、やはり特筆すべきは前述の「普遍性」が、その初期から楽曲に備わっていた点だ。だからこそ、様々なディレクターや、カメラマン、ヘアメイク、スタイリストら多くのクリエイターが刺激され、今なお鮮烈なインパクトを放つ数々のMVが生まれたのだ。

更に言及しておくならば、2003年の「りんごのうた」が興味深い。次なる活動タームへのブリッジとなったこの曲のMVで、彼女はその時点までに披露した椎名林檎の様々な“貌”を、自ら相対化し、再現している。そこに、「全ての楽曲は自覚的な“演目”である」という姿勢の確立と提示が見て取れる。

6本の“Play Extra Time(延長サービス映像)”も大いに目を騒がせる。アルバムリリース時のPR用に制作された「日出処ダイジェストムービー」、過去のライブ本編で使用された3作の映像、「公然の秘密」関連の2作と、いずれ劣らぬ手間暇のかかった作品群からは、近年の椎名と彼女のチームによるユーモア精神とサービス精神、そしてフェティシズムを感じずにはいられない。

「我々は、執念深いです。絶対に伝えよう、お客さんに起こったあらゆる事件をも飾り付けさせてもらおうという執念だけ。有難いことに、ご贔屓さんがたのエレガントなエールが我々をどんどんエスカレートさせてくれました」(椎名)

その“愛”とも言い換えられそうな“執念”とやらによって音楽を編み、今後も椎名は様々な“貌”を見せてくれるだろう。

ご贔屓衆のみならず一見さんでも楽しめる『ニュートンの林檎 〜初めてのベスト盤〜』をリリースしたばかりの今だからこそ、限りある人生の無常を精一杯に生き切る姿と、そのための勇気を感じ取らずにはいられない“性的ヒーリング”の数々を、是非、多くの人々に味わってもらいたい。

――さて、次なる椎名の“貌”とは……?

(内田正樹)