【亀田誠治インタビュー】

デビュー以来、プロデューサーとして、そしてバンマスとして、椎名林檎を支えてきた亀田誠治氏。ここでは本作『唄ひ手冥利~其ノ壱~』の「亀PACT DISC」を手掛けた彼に制作秘話をおうかがいしたわけですが、そうしたエピソードの数々はもちろんのこと、彼女をもっともよく知る彼の椎名林檎像、そして彼自身の音楽観は非常に愛情にあふれていて、「亀PACT DISC」の作風を説明するうえでこれほど説得力のある話はあり得ないのではないかと思えるほど。さて、どんな話が飛び出すのやら?早速、インタビューに行ってみましょう。

──まず、今回、レコーディングのお話はいつ頃、連絡を受けたんですか?
亀田去年の12月20日くらいかな。東芝EMIの方から「林檎がね、動き出すんだけど、また力を貸してくれないかな」って言われて。で、「いつからですか?」って訊いたら、「今回はカヴァー・アルバムなんだけど、1月から録り始めたいんだよ」って。で、その時は2枚組とかそういう具体的な話はなかったんですけど、「草野(マサムネ)くんとやるかもしれない」とかっていう話はその時点でちらっと出てました。で、僕は『勝訴ストリップ』を録って、嘉穂劇場でのライヴをやった時点で、僕のなかでは第一期椎名林檎はやりきったっていう感じがあって。だから、その時点で「もう1回やる気があるかどうか」っていう意思確認をしてくれたわけですね。で、僕はと言えば、「あ、やるんだ。もうカヴァーであろうと何であろうと、林檎と音が作れるんだったら、喜んで!ただスケジュールは厳しいよ」と快諾をした記憶があります。
──で、その後は林檎ちゃんと直接お話をされたんですか?
亀田僕はその後、12月末から冬休みで南の島に行ってたんですけど、そのホテルに巻物のようなFAXがシューッと来て。「こういうカヴァーをやる予定です」と。その時点では森組、亀組が分かれていて、曲数も最終的にやることになる曲数より何曲か多かったと思います。で、林檎からのコメントが書いてあって、「今回、こういう形で森先生と亀師匠に力になっていただきたいです」と。で、その後、正月明け、(1月の)9日のミーティングで本人とあって、そこで大体の曲が決まった感じですね。
──そこから、亀田さんはすぐアレンジに取りかかったわけですね?
亀田(1月の)14日から……
マネージャー氏 13日からです。
亀田(爆笑)僕ね、こういうの好きなんですよ。だから、送られてきたFAXのリストにあった「木綿のハンカチーフ」を打ち合わせ前にデモを作って、打ち合わせ初日には持っていきました。俺、初めに勢いを付けるのが好きで、取りあえず、林檎ちゃんの場合はいつもそうなんですけど、音に関しては打ち合わせなしで始めるんですけど、今回はそのFAXに「亀師匠の自己実現を是非図ってください」っていうことが書いてあって、「じゃあ、これは俺がやりたいことをやればいいんだ」と。だから、一番最初の打ち合わせの時に音を作っていっちゃったという。
──じゃあ、打ち合わせはしつつも、作業を始めていった、と。
亀田基本的に、下剋上のツアーとか嘉穂劇場のライヴの時のメンバーでやりたいっていうリクエストは彼女の方からあったので、林檎が歌うのと虐待グリコゲンで演奏するそれぞれのメンバーの顔を思い出しながら、サウンドのスケッチを作っていったら、自然に出来ちゃったという。
──今回はカヴァー・アルバムということで、全体的なところでイメージされたことはありますか?
亀田えっとね、カヴァーをやることに関して、色んな作品を聴く限り、とかくノスタルジックな方向へ行ったり、無理矢理、現代的な解釈をしようとする傾向があると思うんですけど、林檎の場合、選んだ曲を見ても分かるように、要するに彼女はそれぞれの楽曲やオリジナルの唄い手さんに対して、何かしらのソウルや精神的なもの、あるいは人間的な部分であるとか、純粋に音楽としてメロディが持つパワーを見出して、曲を選んできてると思うんですよ。それって、通常のカヴァーで「この曲、いいよね」とか「あの曲、懐かしいよね」っていう次元で彼女は選んでいないと思うので、全てが林檎の血となり肉となっているものであったり、何かしらインスピレーションを受けてたり、何かしらリスペクトしていて、その根っこにあるのは精神的な太い部分だと思うんですよ。それをどう抽出すればいいか、僕はそれを考えるだけで良かったので、今回のアルバムを聴かれた方は「すごいサウンドが凝ってる」とか、逆に「すごいノーマルに来たな」って思ったりするかもしれないですけど、「カヴァーだから、こうアレンジをしてやろう」とか「オリジナルを越えなきゃいけない」とか、そういうプレッシャーは全くなくて、僕がやりたかったのは林檎というオリジナルをどう越えるかっていうこと。僕はこれまで一緒に4、50曲作ってきて、ブレイクや出産を経て、この3、4年の間でものすごい成長した本人をどう越えさせるか、それを考えて作ったので、カヴァーだから難しいっていうことはないし、僕は、きっと、オリジナルでもそれを望んだと思うんですね。
──なるほど。
亀田でね、これが悔しいんだけど、林檎はね、カッコイイんですよ。それは彼女がブレイクしたからなのか、何なのか、よく分からないんですけど、少なくとも彼女は一番初めのデモ・テープの時からカッコよかった。だから、精神的に彼女が葛藤してたり、伝えたかったり、あるいは彼女の持つ独特の女性的な部分であったり、そういうものが今回はたまたまカヴァーっていう素材が選ばれただけで、基本的には林檎のオリジナルをやるのと同じだ、みたいな。大体、ここに入ってる曲を、オリジナルで知ってる人って少ないと思うんですよ。でも、知らない人が聴いても、「いい曲だな」って思って欲しいし、「椎名林檎はカッコイイ」って思って欲しいっていう、そういう気持ちはありますね。
──納得です。
亀田そうですか。
──とはいえ、1曲ずつ、アレンジは異なるわけで、その辺を1曲づつおうかがいしていきたいんですが。まず、1曲目の「灰色の瞳」から。
亀田これは原曲がフォルクローレというか、70年代の歌謡洋楽の定番みたいな、そんなサウンドだったので、そこでノスタルジックなものを抽出したら、駄目だ、と。だから、ビートは強くしたいって思ったのと、あと、僕はSPITZのプロデュースもやっているので、マサムネくんのヴォーカルが実は太くて尖っていることを知っていて。だから、これは相当エッジの立ったものでも大丈夫だなと思ったし、一番最初にもらったリストでこの曲が1曲目にあったのを見て、ああいう始まりにしてやろうと。で、僕ね、「亀田くん、君、ちょっと勘違いしてない?」って言われるのが大好きなんですけど、イントロの歪んだガンガンガンガンっていうやつは、俺の中でDESTINY'S CHILDなんだよね。
──(笑)ああ、でも、DESTINY'S CHILDってマイナー調でガンガン来る感じがありますもんね。
亀田(笑)でも、みんなには分かってもらえないと思います。もう盛り上がって、これしかないって思って。
──でも、1曲目っていうことで、虐待の作風が色濃いですよね。
亀田うん。虐待の香りは出したいと思ってたし、スタジオで話してたんですけど、「森くんのバンドって、なんかプロっぽくて、ミュージシャンっぽいけど、俺たちって風貌からしてなんか変だよね」って(笑)。で、何が言いたいかっていうと、虐待って変な色があって、あのバンドでやるとこうなっちゃうんですよね。なので、林檎はその辺を分かってて、「GEORGY PORGY」のコピーは出来ないというか、求められてすらいないっていう(笑)。だから、今回はオリジナルのコピー的な演奏をみんなに求めても絶対駄目だと思ってて、多分、みんなコピー出来ないと思うし、コピー出来てもすぐに飽きちゃうと思うし(笑)。だから、この曲は割と自然に出来たというか。
──だから、この曲は「帰ってきた 虐待グリコゲン」っていう感じがして。
亀田(笑)それ、ありますよね! あとね、この曲に関して言えば、林檎は前からSPITZのことが好きで、一昨年にやったシークレット・ライヴではSPITZの「8823」をコピーして……そうそう、俺ら、コピーしたんだけど、我慢できなくなって、テンポが30くらい早くなっちゃった(笑)。
──(笑)
亀田だから、このコラボレーションはすごい自然な流れだったし、僕にとっても2人ともレコーディング経験はあるから、すごい楽しかったですね。
──そういえば、SPITZが「さわって・変わって」で亀田さんに仕事をお願いしたのは林檎ちゃんの作品を聴いたのがきっかけだったとか?
亀田なんか、いいですね。健康的な輪のつながりが、「音で繋がってるんだ」みたいな。音楽やってて良かった(笑)!
──で、2曲目の「more」ですが、これは選曲自体、すごい意外だなと思ったんですが、ハウス的なアレンジも思わぬアプローチですね。
亀田この曲は、僕も幼少時からすごい好きだった曲で、原曲は典型的なハリウッド・サウンドなんですけど、正直に言うと、この曲に関しては、打ち合わせで林檎が「トランスにしちゃうとか」っていうことをポロッと言ったのが伏線にあって、その言葉を聞いた瞬間にこの曲はバンドでやるのはやめようと思ったんです。でも、トランスに関しては、どうかなっていうのがちょっとあって、僕のなかではハウスとかトランスとか、その辺の細かい住み分けがよく分からなかったりするし、自分のなかでこの曲をすごい立体的に聴かせてあげたいと思ったんですよ。で、カヴァー曲って大体、サイズが短いし、この曲のオリジナル自体、1分40何秒とかで終わっちゃうんですよ。しかも、エンディングはハリウッド的な派手な終わり方をするわけ。だから、サイズは広げるけど、大仰に行くんじゃなくって、林檎の女性的な部分をメロディとして抽出出来ればいいなっていうところで、淡々とした……いま、ハウスとおっしゃいましたけど、多分、ハウスっぽいアレンジにしてみました。あと、コード感がとても素晴らしいので、コードの流れは気を付けたかな。
──だから、リズムをループさせることで、メロディが引き立ってるな、と。
亀田僕はね、この曲がすごい気に入っていて……馬鹿なこと言っていいですか?
──(笑)はい。
亀田首都高を走りながら、かけて聴くと、「生きてて良かった!」って思います(笑)。これはホントですから! あと、この曲は英語の語尾の発音がすごい可愛くて、少女っぽい部分が垣間見られるっていうか、そういう良さがあるなぁ。
──それでいて、林檎ちゃん的には打ち込みのトラックで歌うのがすごい難しかったって言ってました。
亀田ギターの轟音で攻める他の曲と比べると、生楽器はアコギしか入ってないので、苦労したというか……苦労っていっても普通の人の4分の1くらいの苦労ですよ。だから「これは苦労じゃないよ」って本人に言っといてください(笑)。
──で、「小さな木の実」は一転して、非常にエモーショナルな曲に仕上がってますね。
亀田この曲のアレンジはストレートな方ですね。初め、林檎のなかではもっと虐待っぽい、歪んだ感じで来ると思っていたらしく、そうしたら俺が意外と「アコギでやろうぜ」っていうことになって、途中でハンド・クラップを入れるアイディアが偶発的に生まれて、「よし!いただき」っていう。あと、皆ちんのピアニカがいいんだよなぁ。なんかさ、林檎って可笑しくて、ピアニカだけで6つ持ってるとか、あと、バイオリンを持ってたり、何に金を使ってるんだっていう(笑)。で、それが車に積んであったんだけど、最初は鍵盤いらないかなって思ってたら、皆川がいい味出してたので、これは絶対入れよう、と。やっぱり、ピアニカとかハーモニカとか、小ぶりで素朴な楽器ってすごく郷愁を誘うんですよね。
──こういうバンド的なアレンジの曲は、緻密に考えるっていうより、「よし、バンドでやっちゃおう!」っていうノリだったりするんですか?
亀田おっしゃる通り!ていうか、俺のレコーディングの譜面とか見ると、すごいですよ。コードしか書いてなくて、そこに「全員出動」とか「止まれ」とかしか書いてないですから(笑)。ホント、みんなが向いてる方向が同じだし、彼ら、彼女が毎日を必死に生きてることを知ってるので、そこから来る音に関しては何の注文もないというか、だから、僕は大枠を作って、「よーいドン!」のピストルを鳴らせばいい、みたいな。でも、その競争のなかで俺も勝ちたいっていう(笑)。みんな、多分、そんな感じだと思いますよ。
──「i wanna be loved by you」はこれまた一転して、ユーモア溢れる脱力的なアレンジが施されていますが。
亀田この曲も「more」と同じく原曲はハリウッド・サウンドというか、ストリングスとかブラスがフィーチャーされてて、服部(隆之)先生とかがやるとすごくいい感じになるんじゃないかっていう曲ですけど、この曲もシークレット・ライヴでやったことがあって、その時の感触がすごい良かったので、潔くバンドで出来るだけのことをやろうっていう感じで。
──あのアナログ・シンセの音を聴くと、思わず笑みがこぼれるというか。
亀田皆川がいい味を出してて……それぞれが自分の味を出してくれてるんで、いい感じなんですよね。メンバーは僕が行きたいコードの感じをすぐに分かってくれて、ホントにいつも幸せだなって思うのは、いつも、想像してた以上によくなる。悪くなったためしがない。でも、それは林檎っていう芯があるからだと思うんですけど。
──だから、それは、つまり、林檎ちゃんのヴォーカルが入るっていう前提でバックが遊べるし、バックが遊んでるからヴォーカルも生きてくるということでもある、と。
亀田そう、多少、ブレとか誤差が生まれても、それを林檎ちゃんが楽しんで、自由に歌ってくれるっていうことが大きいんじゃないかな。だって、細かい文句は言わないんだもん。ていうか、俺も振り返れないぐらいのスピードで進めて、有無を言わせない感じでイっちゃってる感じでもあるんですけど(笑)。
──(笑)続いて、「白い小鳩」ですが、この曲はコテコテのハード・ロック・ナンバーに敢えてハマっていく感じが最高ですね。
亀田さっきも言いましたけど、林檎って、原曲の唄い手に自分を被らせていて、朱里エイコがすごい好きだって言って、昔から僕に彼女の歌を色々歌ってくれてたんですよ。で、たまたま、今回、この曲が選ばれたんですけど、4、5年前の僕にまだ10代の林檎ちゃんが朱里エイコの曲を持ってきて聴かせる感じが忘れられなくて……だから、バンド・サウンドにしたいなって思ったと同時に、これ本人の中では完コピに近い感じで歌ってたつもりらしくて、しかも、「やろうと思いついてから7年かかった」とか言って、「どこか遠くへ逃げたいわ~」っていうところをずっと練習してるんです。で、そういった遊び心を持った彼女がいるのに、無茶苦茶カッコイイ方向に行っても駄目だなと思って。だから、聴いて頂くと、レニー・クラヴィッツとかジャニス・ジョプリンとか、そういう香りはすると思うんですが、これはホントすぐに出来ちゃったんで。だって、レコーディングでは1回しか演奏してないですからね。
──頭打ちの曲は久々に聴いたな、と。
亀田(笑)曲に合えばいいんですけど、なかなか難しいですよね。
──それでいて、林檎ちゃんのせめぎ合うヴォーカルは本格派リズム&ブルース・シンガーと評される朱里エイコさんのマナーに乗っ取っていますよね。
亀田そうですね。「歌舞伎町の女王」にも通じるというか。
──弥吉さんのギターもまたベタな感じですし(笑)。
亀田(笑)フレーズが浪花節なんです。で、林檎ちゃんが「弥吉が弾くと演歌っぽいフレーズがいっぱい出てくるよね」って言っていて。ちなみに、その浪速節は「灰色の瞳」にも出てきてて、その時、みんなで「これは弥吉くんの北九州育ちに原因があるんじゃないか」って話していて、俺たちのなかでは“炭坑ロック”って言う言葉が生まれたんですよ(笑)。
──で、まぁ、この曲では虐待グリコゲンの勢いで押し切る感じが出てると思うんですけど、プロデューサーとしては冷静さも要求される部分はありますよね?
亀田(笑)えっと、どうなんだろう? けど、僕、いい意味で精神的に分裂してて、自分を前に引っ張る自分とすごい後ろから引っ張る自分が共存してる感じはありますよね。それがプロデューサー的なのかどうかは分からないですけど、例えば、ユーモアもある線を越えて、悪のりになるとやっぱりイヤだし、悪のりになっても3人の人は悪ノリで、7人の人がユーモアだと思ってもらえればいいやとか、すごいバランスを取る自分が常時いますよね。僕はスタジオで起きる化学反応であるとか、同時進行で生まれる何かっていうのがすごい好きなんだけど、やっぱり、オケや歌の仕上がりに1点でも引っかかる所があると、それを自分の中で引きずっちゃったりして。だから、「よーし、オッケー!」とか言いながらも「ここだけはやろうよ」っていうことは林檎ちゃん本人に言うこともあるし、メンバーに言うこともあるし。その基準は、刻一刻と変化するものだけど、尖っててもポップなものにしたいっていうことはあるのかな。
──いつも亀田さんの作品を聴かせて頂いて、思うのは常にそのバランスが微妙でいて、絶妙だなっていうことで。
亀田だから、亀田監督と亀田部下が自分の中にいるっていうことですよね(笑)。で、たまに亀田監督が登場して、「ちょっと待て!」みたいな、ね。
──あと、このバランスに関して、亀田さんの力は非常に大きいと思うんですけど、その一方で、このバランス感覚が果たして林檎ちゃん以外の他のアーティストで成立するものなのかな、とも思うんです。
亀田うん、それはおっしゃる通りです。まず大前提として、このアーティストで上手くいったことが他のアーティストで上手くいったためしはないです。だから、それぞれのやり方で臨まなければいけないっていうのはありますね。そこはすごく難しくて、自分だけで作ってるわけではないし、アーティストがいるし、色んな思惑もあるので、自分の思っていた良いイメージだけを持続させていくのは難しくて、毎回、その人その曲のために自分を作り上げていかないとっていうのはありますね……とはいいつつ、そういうことを瞬間的にはやっても、常に考えているわけではないです(笑)。
──で、次が「love is blind」なんですけど、この曲もライヴでやってた曲ですよね。
亀田えっと、下剋上のツアーの途中からメニューに入った曲ですね。で、彼女はライヴのヴァージョンがすごくいいって言ってたんですけど、この曲はDVDにも入っちゃってるので、「ストリングスを入れさせてくれ」って頼んで、ライヴのヴァージョンから進化させた、みたいな。
──一回作品になってはいますけど、林檎ちゃんとしては、ツアーの途中からやることになって、しかも、その時の彼女のコンディションが悪かったということもあって、今回、リベンジの意味もあってやりたかったっていうことを言っていて。
亀田あ、そんなこと言ってました?なるほど。彼女の中でもう一歩完成形に近づけたいっていう気持ちがあったわけですね。
──亀田さんとしてはストリングスを入れたかった理由というのは?
亀田これ、単純な話で、泣きの要素をもう一押ししたいなっていうのがあって。というのも、虐待だけだと、どんどん尖った方向に行くので、泣きというか、濡れというか、そういう意味でオケをもう少し湿らせてみたかったという。あと、この曲はライヴでやっている時から、自分の中ではストリングスが鳴ってたりしていて、でも、まさか、もう一度録音できるチャンスが来るとは思ってなかったんですけど。
──単にメジャーな曲が少ないっていうことだけなのかもしれないですけど、個人的にはこういうマイナー調の曲って林檎ちゃんにすごく合ってる気がするんです。
亀田それは「またマイナーで、亀田、煮詰まる」みたいな(笑)?
──(笑)いやいや。彼女の資質として、マイナーな曲では魅力がすごい引き立つように思うんですけど。
亀田あの、やっぱり、教科書で言うところの「長調は明るい気持ちにさせる。短調は悲しい気持ちにさせる」っていう一般的な住み分けがあるとしたら、マイナーな曲っていうのはそれだけ彼女の持ってる性の部分がにじみ出て立体的に聞こえるんじゃないですかね。で、「ここキス」とか「ギブス」はメジャーな曲だけど、ああいう曲では彼女の持っている女の子らしい、切ない部分が出てるというか。でも、アレンジ的にはメジャーだから難しいとかマイナーだから簡単だとか、そういうことはないですけどね。ちなみにこのヴァージョンでは声の調子が悪くて、キーを低く設定したライヴ・ヴァージョンよりもキーが上がってるはずです。
──で、次が今回のレコーディングで最初にデモを仕上げたという「木綿のハンカチーフ」ですが、この曲は亀田さんとしては取っかかりやすかったんですか?
亀田そうですね。この曲はすごい好きだったし、太田裕美さんはすごいピュアな感じがして、当時、リアルタイムではかなり好きだった唄い手さんの一人でしたからね。
──個人的には音源を実際に聴かせて頂くまで、この曲はアレンジするのが大変だろうなって思ってたんですけど。
亀田や、でも、今回、楽だったのは、演奏するのが虐待だっていう絵が見えてたっていうことなんですね。だから、そこで考えるのは、あのバンドで何が出来るんだろうっていうことで、そうなるとアレンジも自然と出来てくるんです。この曲に関して言えば、忠実にコピーすれば、多分飛んでもないことになって、きっと恥ずかしいことになってただろうし、最先端のビートっていうところでアレンジをしても多分駄目だったと思うんです。で、僕はこの曲で唄っている松崎ナオちゃんのこともよく知っているので、2人の声が来るっていう絵が初めから見えていて、しかも、林檎ちゃんから手紙をもらって、「男性のパートは私が唄って、田舎に残された女の子のパートはナオちゃんに唄ってもらいたいと思います」って書いてあったんです。だから、それを読んで、「これだ!」って思いついたんです。でも、その手紙のなかで、「この曲はどうしたらいいか一番分からない」って書いてありました。
──というところで、出来上がったアレンジはコードの動きがあまりなくて、シンセの音色が80年代的だな、と。
亀田はいはいはい。それは間違ってない!この曲はね、4番まであるんですよね。だから、そのストーリーをどう展開していくかっていうところで、原曲は3分半くらいだったのに、俺のヴァージョンは6分くらいになっちゃいました(笑)。すみません!
──(笑)
亀田で、あっ、そうだ。打ち合わせで彼女が「野薔薇」のカヴァーをやるって言ってたから、「野薔薇」のフレーズを僕がやる曲のどこかに入れさせてってお願いしたんだ。で、この曲の間奏にそのフレーズをピアノで勝手に入れさせてもらったんですけど、そうしたら、彼女は大喜びで。
──だから、このアレンジは驚きで。
亀田曲自体はめちゃくちゃメジャーなコードの進行ですけど、ギター・サウンドをMy Bloody Valentineみたく壁にしたかったんだよなぁ(笑)。僕、さっき勘違いって言いましたけど、そういう誤差が生まれる感じが好きなんですよ。だから、俺が「これ、My Bloody Valentineだと思ってるんだよ」って言うと、「違うでしょ!」って。そういう風に言われるのが好きなんですよ。
──でも、そういう誤差こそが日本人らしいと思うんですよ。
亀田うん。日本人の特権というか。あとね、この曲のコーラス・パートをハーモナイザーっていう機械で組み立ててくれっていうアイディアは林檎本人から出たアイディアですね。
──あ、そのハーモナイザーを林檎ちゃんはカラオケのハモリ機能って言ってました(笑)。
亀田(笑)だからね、ホントにやりたいことは必ず、彼女があらかじめ言い切ってくれるんです。あ、それでね、俺、この曲は歌入れの時、何を勘違いしたのか、2人を向き合わせて唄わせたんです(笑)。で、ナオちゃんの方が「恥ずかしい」って言ってました。多分ね、2人とも「あんなことしなければ、もう1時間早く歌入れが終わったのに」って思ってるはずです(笑)。
──あと、この曲って原曲では太田裕美さんがつるっと一人で歌ってますが、ここではそれを歌う2人の声質が近いっていうところがポイントだと思うんです。
亀田近からず遠からずっていう感じで、あとはエコーとかそういう音処理で変化を付けてるんですけど、もとの声はいいバランスだったんだよな。これね、声質があんまりにも違う人間が2人で歌ったら、結構寒い感じになってたと思うんです。で、それを見抜ける林檎はやっぱりすごいと思います。
──で、最後はビートルズの「yer blues」なんですけど、これは村石さんがドラム・スティックを飛ばしちゃうほどの熱演ぶりだったとか。
亀田そうそう。後半の方はスティック1本で叩いてるんです。あのね、これはテイク1でオッケーが出た、つまり、1回しかやってない曲なんですよ。もちろん、リハーサルは前もってやってあったんですけど、録音したのは1回だけ。これはね、自分たちでも感動しましたね。カッコイイと思った。
──大体、レコーディングでスティック飛ばすようなことってないじゃないですか?
亀田しかも、誰も気づいてない、みたいな(笑)。でも、この曲は録った後、聴いたら、すごい良かったので、このまま行かせてもらったという。あと、この曲は間奏の“安楽死”部分、俺らは“ピヨピヨ”って呼んでるんですけど、あそこだけは皆川が後からシンセを何本か重ねて、それ以外は1回ですね。
──林檎ちゃんは、この曲の譜面を最初に見た時、“安楽死”って書いてあったのを見て、ビックリしたって言ってましたよ。
亀田(笑)この曲もね、コピーをやったら、僕らでは太刀打ち出来ないと思って、自分たちの解釈にしよう、と。
──でも、メチャクチャかけ離れてるわけでもないですよね。
亀田リフは生かしましたよね。それを、でも、ギターでやらずに、ベースでやったり。だから、そうですね、大事なのは、ビートルズのこういうフレーズがカッコイイとかこういうビートがカッコイイとか、そういうことじゃなくて、この曲におけるジョンの狂気たるやものすごいものがあると思うんですけど、そこでジョンはどうだったんだろうって思いながら臨むことだと思うんです。まぁ、でも、そうは言いながらも、ブックレットでは「WAR IS OVER」っていうTシャツを着てる写真が載ってると思うんですけど、単にファンだったりして(笑)。
──だから、そういう精神的な在り方が大事というか。
亀田しかも、ジョンはどうだったんだろうって考える感じじゃなく、そういうことはミュージシャンやアーティストが日常生活のなかで人間として、どれだけ戦ったり、吸収したり、泣いたり笑ったりするか、その蓄積量だと思うんです。そこで僕たちはクリエイターなんだから、それを音で出す、もしくはアイディアで出すっていう、そういうところでぶつかっていけば、洋楽だろうが、邦楽だろうが、ジャンルは関係なしに質の高い音楽が出来るんじゃないか、と。そのことは林檎ちゃんも気づいていて、この話ではよく盛り上がりますね。
──だから、このアルバムの核になってるのはそういう部分でもあるんじゃないか、と。
亀田そういう意味では選曲の勝利というか。ノスタルジーとか楽曲指向で選ばれてるわけではないというか。
──というところで、亀田さんが手掛けた8曲を語って頂いたわけですが、このアルバムのテーマに関して言えば、「自己実現を図る」っていうことがあると思うんですけど、彼女は「このアルバムは亀田さんのお仕事集でもある」っていうことを言っていて。
亀田(笑)そんなことを言ってたんですか?あれ、俺が聞いたのとはちょっと違ってて、この後に僕の自己実現を図るための『裏方冥利』っていうアルバムを作らせてもらうことになってるはずなんですけど(笑)。
──(笑)ちなみにご自分で手掛けた作品を通して聴かれて、どう思われました?
亀田僕ね、すっごい気に入ってますよ。単純に椎名林檎の歴史のなかでも次のステージが幕開きつつあることは絶対言えてると思うし、あと、これは音楽の大原則なんですが、林檎のエッセンスや僕とかバンドのエッセンス、あるいはハートの籠もった演奏や、ともかく音を聴いてもらいたいっていうことはありますよね。で、敢えて挙げるなら、僕は「more」と「yer blues」が好きです。僕がリスナーだったとしたら、この曲がラジオなんかでかかったら、のたうち回ると思う(笑)。
──(笑)でも、かなり密度が濃い作品になってますよね。
亀田そう思いますか。いや、嬉しいな。でも、ホントにねぇ、同じことばかりやってられないというか、今の自分たちに出来ることは全部やったっていう気がする。
──ヴォーカリストとしての林檎ちゃんについてはどう思われますか?
亀田素晴らしいアーティストは、一聴してその人だと分かる声を持ってると、僕は思ってて。それはコンビニとか居酒屋の有線で流れてても、「あ、あの人の歌だ」って分かる強さを持ってるものだと思っていて、椎名さんはそういう唯一無二の声を持ったアーティストで、それが彼女の大特権になってると思うんですよね。林檎はね、瞬間瞬間でその時、自分に出来る最大限のことをやってるっていう、それが彼女の歌に表れていて、そこがスゴイかな。
──なるほど。
亀田それでいて、今回のレコーディングで収穫だったのは、英語の語尾でものすごく可愛らしく、女の子らしい部分を見せることが出来るんだなっていうこと。彼女の声は低い成分もすごくカッコイイし、高い成分のせめぎあって、割れちゃうような感じも昔からすごい好きなんだけど、その英語の語尾の可愛らしさには新しい魅力を確認しましたね。
──でも、レコーディング中に取材をした時に、彼女は「復帰第一作目だし、何が出来るのか確かめたい」っていうことを言ってたんですけど、レコーディングが終わって、その音源を聴かせてもらったら、小手調べっていう枠組みを遙かに越えて、ガーッとやっちゃってるんですよね。
亀田ブランクとか出産とか、そういうことは肉体的な部分に何かしら影響を及ぼしてるのかもしれないけど、このアルバムはそういう瞬間や人生を経た、今の椎名林檎の真実の部分だと思うんですよ。そこで彼女は絶対に全力で出来ることをやってくるので、その部分を上手く抽出出来れば、もう、それだけでいいんじゃないか、と。そういうリアル・ミュージック感をリスナーにも聴いてもらいたいし、リアル・ミュージックを常に表現できるアーティストとして、椎名さんには活動してもらいたいな、と。
──この『唄ひ手冥利』も“其の壱”って付けられているわけで。
亀田ねぇ(笑)。でもさ、今回のアルバムって森くんは多彩だから色んなこと出来るんだけど、俺の場合、ベースしかなくて、林檎が「可哀想だから、クレジットに“雰囲気作り”って入れてあげる」って(笑)。これ、俺らしいオチだよね(笑)。