【亀pact disc】

01.灰色の瞳

──この曲はスピッツの草野マサムネさんとのデュエットですけど、そもそも、この原曲は個人的に聴いていた曲なの?
林檎そう。いろんな方が歌っているわけではないんだけど、加藤登紀子さんと長谷川きよしさんのお二方が歌ってるいろんなヴァージョンがあって、学生運動とかそういう時代背景が出てる感じの、言葉が重く響く歌のヴァージョンもあるんですよ。もともとは家にあったレコードなんですけど、このお二方は大好きなので、私がそのうちに買って聴くようになって。其の都度のアレンジはほとんど変わってないんだけど、錆びない曲だなって思って。
──今回の作品全体に言えることなんだけど、普通、林檎ちゃんの年齢だったら、知らないだろうっていう曲がピック・アップされてて、びっくりさせられたんだけど、元々はご両親が聴かれてた音楽でもあるんだよね?
林檎そうそう。最近分かったことなんだけど、私の世代ってそんな感じみたいなんですよ。60年代、70年代のものがすごく濃くあって、でも、親が育児で忙しくなって、その後が抜けてる。だから、同じ世代の人と会って音楽の話になると、抜けてる時代の音楽が一緒なんですよ。
──草野さんに関しては、以前もスピッツのライヴに行って~っていう話をしてたよね?
林檎そうですね。前から草野さんの声がすごい好きで、元の曲で歌ってる長谷川きよしさんの声も好きなんだけど、お二人の声ってすごいタイプが違うんですよね。でも、草野さんがキーを上げてお歌いになれば、この曲って絶対お似合いになるだろうなって思って。でも、スピッツってあんまりカヴァー曲を為さる印象がないので、今回、駄目もとで一緒に歌わせて頂きたいっていうお願いが第一にあって。これはもう絶対にハズせないと思って、最初に私の中では決まってたんです。
──原曲の長谷川きよしさんって声がソウルっぽいけど、それを透明な声っていう印象のある草野さんが歌ってるのが面白いね。
林檎そうなんですよね。でもね、スピッツの『ハヤブサ』が出た後のライヴにうかがったら、声がずいぶん太くて、ガサガサしたノイジーな感じがすごい素敵なんですよ。で、そのライヴを見たら、きっと、この曲が合うだろうなって思って。
──しかも、アレンジは冒頭から亀田さんが大爆発してて、2人のヴォーカルもそれに負けじと実に力強いよね。
林檎(笑)良かったでしょ。音の方は、すごく良かったです。原曲からアレンジを変えるにあたっては、いつもの「虐待グリコゲン!」らしくなってるじゃないですか?みんな我慢出来ない人たちなんで、いくら「しっとりやろうよ」って言っても、つい汗がほとばしっちゃう(笑)。だから、アレンジに歌が左右されちゃうんですよね。この曲で、私は感極まるような歌い方になりましたけど、草野さんも歌った後で「つられちゃったよ」っておっしゃっていて、そういう感じが本当に素晴らしかった。だから、私、この曲の草野さんのパートだけ抜き出したテープをもらっちゃった(笑)。
──レコーディング自体はいかがでした?
林檎レコーディングの合い間にお話させて頂いた限りでは、いろんな音楽を聴かれる自由な方という印象で、この自由さがああいうスピッツの音楽を作っているんだな、と。でも、終始緊張しました(笑)。レコーディング開始時間よりかなり前にスタジオに行っちゃったし(笑)。


02.more

──この曲は選曲自体、かなり驚いたというか、すごく意外な曲を選んでるよね。
林檎これはね、歌が入ってるヴァージョンは知らなかったんです。この曲をカヴァーするにあたって探して頂いて、歌入りのヴァージョンを聞いたという。だから、聴いてびっくりしましたね。もともとはね、「魅惑のラブ・バラード」とかっていう、口紅とか真珠が無造作に落ちてるバブリーな写真が表紙のスコア・ブックに入ってたんですよ。で、その本にはほかに「コンドルは飛んでゆく」とか「ゴッドファーザー 愛のテーマ」とか、そういう曲が入ってるんですけど、それを1曲1曲、「こういう曲なんだ!」って思いながら、歌ってたんですけど、この曲はすごいきれいなメロディで、好きだったんですよ。
──その本も実家にあったもの?
林檎赤茶けた状態であったんですよ(笑)。家には昔からすごく変な楽譜が沢山あって、それを勝手に見るのが好きだったんです。
──じゃあ、この曲がヤコペッティの「世界残酷物語」っていう映画の曲だっていうことは知らなかった?
林檎そう、それも聞いてびっくりした。でも、ヤコペッティっていう名前は、素敵な響きの名前ですよね(笑)
──今回の選曲は、だから、子供の頃に聴いてた曲とか子供時代にまつわる曲が多い気がするね。
林檎そうですね。今回はそういう曲を選んでますからね。でも、実際、自分で初めて歌ってみて、こういう風になるとは思わなかったというか、想像が付かないものが多いですね。
──この曲はハウス的なアプローチって言えると思うんだけど?
林檎ああ、そうですね。私としてはもっとトリッキーなアレンジになっちゃってもいいかなと思ってたんだけど、亀ちゃんがプリ・プロダクションの段階で私に問うことなく、「もっと素直にやった方がいいと思って、こんな感じにしちゃった」って。だから、私が当初考えてた感じとは違ってたんですけど、亀ちゃんのアレンジが凄くいいなと思って。でもね、ああいうアレンジだと歌いにくいし、真心を問われるじゃないですか。だから、この曲の歌入れは初めて何度もやり直させて頂きました。
──普段、生バンドで歌ってる人が打ち込みのトラックで歌うのは意外と苦労するみたいね。
林檎そうそう。音楽的にもそうだろうし、気持ち的にも「これはちゃんと歌わないと」って思って。
──でも、打ち込みアレンジなだけに、メロディの良さは際立ってるし、こうやってメロディの展開を聴いてみると、「君の瞳に恋してる」にも近いなぁ、と。
林檎私、どこの国の音楽が好きっていうのはないけど、基本的にこういうアメリカのヒット・チャートっていう感じのメロディ展開は好きなんですよ。


03.小さな木の実

──この曲ってNHKの「みんなのうた」で流れてたよね?
林檎「みんなのうた」でかかってたんですか?音楽の教科書とか学校で買わされる歌本に載ってませんでした?
──じゃあ、小学生の時に歌ってた?
林檎でも、私は口パクで、テストの時しか歌わない、みたいな(笑)。この曲って、でも、割と世界観が遠くないというか、私が唄っていそうな感じじゃないですか?大好きな曲なんですけど、「やらなきゃ」っていう感じじゃなくて、「いずれやろう」と思って居り、今回ようやく。
──僕は知らなかったんだけど、この曲って日本人が書いた曲じゃなくて、オペラの「カルメン」を書いた人の曲なんだってね。
林檎「セーヌ川」みたいな感じがしません?ヨーロッパっぽいというか。
──今あ、そうかも。それでいて、この曲は虐待グリコゲンによるバンド・サウンドで原曲に忠実なアレンジだね。
林檎原曲?あ、そうか。テレビでやってたんですもんね。でも、私は耳で知ってるんじゃなくて、譜面とか先生のピアノ伴奏でしか知らないです。
──だから、アコギがメインで来てるの?
林檎それは私のアイディアじゃないんです。私は弥吉のエレキでガツンっていうのと、歌一本でもいいかなって思ってたんだけど、リハーサルの時、亀ちゃんが「アコギがいい」って仰って、試しに弾いて聴かせて下さったの。そうしたら、弥吉も「それがいい」っていうことで、こういうアレンジになったんです。あとね、途中で入る手拍子がいいでしょ?
──ちょっとスパニッシュな感じのね。
林檎そうそう。あれは録った曲を聴いてる時にディレクターの山口さんが叩いた手拍子がすごく良くて、それをみんなで入れようってことになったんです。最初はドラムとか他の楽器を入れるつもりはなかったんですけど、みんなで試してみた時にすごく良かったので、「じゃあ」っていうことになって。
──アレンジ的にはドラムは後ろで鳴ってる感じだよね。
林檎そう、其のリハーサルの時の感じをそのままやってくださいっていうことで。あと、ピアニカもたまたま私の車に積んであって、皆ちんに「弾いて」ってお願いして。
──普通、車にピアニカって積んでないでしょ(笑)。
林檎私、ピアニカの音色がすごく好きで、いろんなレンジのものを6台くらい持ってるんです。
──アコギと一緒に歌ってる林檎ちゃんって珍しい気がするんだけど?
林檎私、声がエレキ声というか、コンプ声というか、マイク乗りが変な意味でいいんですよね。だから、ライヴを観た方に「CDのヴォーカルって加工(エフェクト)した声じゃなかったんだ」って言われることが多くて。あと、これまでは恥ずかしいってこともあって、声と近いエレキの音で埋めちゃってたというか、埋めちゃうのが気持ちいいっていう感じでやってただけで特に意図はなかったんですが、今回、こういうアレンジでやってみると、それなりに悪くはないな、と。
──そういう意味でこのアルバムは歌えるアレンジの幅を広げる作品でもあるな、と。
林檎そうですね。きっとやってもいいんだろうなとはずっと思ってはいたんだけど、これまでの感じの方が喜ばれるんだろうなって何となく感じていたり……でも、今なら出来るんじゃないかなと思って。
──林檎ちゃんはサービス精神旺盛だから。
林檎聴き手ありき派ですからね。


04.I wanna be loved by you

──この曲は林檎ちゃんがやった誕生日ライヴでも歌ってたよね?
林檎そうです。この曲は……あんまり考えてなくて、すごくやりたいっていう曲でもなく、小休止って感じで。前にライヴでやらせて頂いた時に、「こういうアレンジでやるのも面白いから、今度CDに入れよう。」と思ってたんですよ。なんか、唄メロが楽器みたいで可愛いじゃないですか! 歌が上手に歌える人ならあえて歌わなくてもいい曲というか。いろんな映画の曲を集めたサントラ集みたいなレコードってありますよね。それに入ってたんですよ。マリリン・モンロー自体に関しては……よく知らないです(笑)。
──(笑)
林檎この曲に関しては、あんまり言うことがないというか、ホント、パッと録っちゃったんで。私としては「もう一回くらい歌えないかな」とも思ったんですけど、「別にいいじゃん」って言われて、「ま、いいか」と。まぁ、これまでもそうやってレコーディングしてきたし、そういうところも今回は残したかったんです。
──この曲は勢いがありつつ、抜いた感じというか、笑えるアレンジが林檎ちゃん的ではあるな、と。
林檎そうですね。ちょっと発育ステータス的というか。
──途中で入るビヨーンっていう音はテルミンなの?
林檎や、あれはテルミンじゃないんですよ。アナログ・シンセのつまみをいじると、ああいう音が出るんですけど、、皆ちんがやって下さったの。
──ああいう音が入るとガツンと歌うのって難しいもんね。
林檎そうですね(笑)。でも、きっと、虐待でやったら、いいんだろうなって思ってたし、ライヴでもやった曲だし、やりっ放しではもったいないなと思って、CDに入れました。


05.白い小鳩

──この曲はそれこそ家にあったレコードだよね?
林檎そうですね。でも、家でよくかかってたのは、ヒットしてた「北国行きで」とかで。この曲自体は自分で探したんだと思う。朱里さんの歌ってすごく上手くて、ヒットした「北国行きで」以外の歌を歌ってるときもまた表情が違って、それも素晴らしいんですよ。だから、この曲のオリジナルとかは、今、ラジオで流れて欲しいなと思っていて、このカヴァー・アルバムの制作動機に関しても、原曲をラジオでかけて欲しいからっていうこともあります。朱里さんは当時、すごい人気があった方だったって聞きますけど、誰もカヴァーしないんですよね。あれかな、元が上手いからなかなかカヴァーしづらいのかな? 歌い上げてるし、どういじってよいのやらっていう感じなんだろうな、きっと。私は仕方ないからそのまんま歌いましたけどね。
──このアレンジってメロディの感じは原曲そのままなんだけど、迫力っていう点では原曲を10倍くらい濃くしたような
林檎朱里さんのこの曲に関して言えば、原曲が知られていないかもっていうことを考慮した感じで、そんなに作り込んではいないんだけど、この曲はみんなで集まって作り込んだんです。最高でしょ?
──うん。「アイデンティティ」のビデオ・クリップで弥吉さんがハード・ロック野郎に扮して星条旗をバックにギターを弾いてるじゃない?あれを思い出した(笑)。
林檎(笑)そうそうそう、弥吉のギターがね。意味分からないアレンジにしたくて。亀ちゃんは「どうだろう?」って仰ってたんだけど、私はやっぱりそっちの方に行って欲しくて。今の年代育ちの私たちがこの曲をカヴァーしたら、こういうアレンジしかないっていう。だから、弥吉にはずっと恥ずかしいことをし続けて欲しかったんですけど、本人は「本気と思われたらどうしよう?」って頭を抱えてて(笑)。
──でも、ここまでバキバキにハード・ロッキンだと気持ちいいよね。
林檎そうですね(笑)。
──こういう時の林檎ちゃんって、その場の雰囲気もあって、ガーッと盛り上がる感じ?
林檎そうですね。うん、でも、「みんな恥ずかしいこと、ちゃんとやってくれてる?」みたいな感じで、一番冷静でもあるんですけど(笑)。
──でも、これだけのアレンジが許されるのは原曲の濃さがあってのことだな、と。
林檎そうなんですよ。この曲は、朱里エイコさんが大好きなんですよって言うために1枚目の真ん中に持ってきたつもりなんですよ。今、聴いてもカッコイイと思うし、当時、聴いた人もスゴイって思ったんじゃないでしょうか。
──だって、60年代にラスベガスに渡って、向こうで歌ってたっていうんだから。それはスゴイよね。
林檎そうそう、小野田さんの解説を拝読して、もうびっくりで。朱里さん以降、日本にあんなパワーのある歌い手さんはいないんじゃないですか。詞世界もちょっと不良な感じで、私も何気に影響を受けてるんだなって思うし。
──昔の歌謡界って、女性シンガーは今以上にアイドルアイドルしてたはずだから、それを考えると、生き様からして破天荒というか。
林檎そう、ロックですよね。当時、すごいオルタナティヴな存在だったんじゃないかなって思って。


06.love is blind

──で、次がジャニス・イアンの「LOVE IS BLIND」。
林檎また、この曲なんですけど。この曲は下剋上エクスタシーのビデオにも入ってるんだけど、実際のツアーでは後半、急にやることになって、何カ所かでしかやらなかったんですよ。で、あの時は退廃的な気分だったから、すごい低いキーでやったんですよ。で、まあ、あのアレンジはあのアレンジでいいと思うんだけど、ちゃんと構築して丁寧にカヴァーしたいなって思って、今回はストリングスのアレンジを加えた形でね。
──林檎ちゃんから見たこの曲の良さって?
林檎演歌を思わせるコード進行がいいんですよ。日本人がやると、どうしても演歌調になっちゃうし、弥吉のギター・ソロなんか、そっち行くの?そっち行くの?っていうくらい、すごい演歌っぽくて。だから、それを日本人がやるのはいいんじゃないのっていう。
──この曲は本気も本気で歌ってるけど?
林檎そうですね。この曲はあまり面白がる感じではないですよね。ここではやっぱり「ジャニス・イアンが好きです。」っていうことで、きちんと敬意を払いたいって思って。だから、このアルバムにお名前を連ねて頂かないと困るし、この曲は外せなかったです。
──このアルバムに入ってる曲は全て、リスペクトの念があるけど、その表現の仕方にもいろいろあって……。
林檎朱里エイコさんの曲も敬意の塊なんだけど、この曲はああいう風には面白がれない曲ですよね。
──そういう曲もあれば、こういう曲もあるっていうことで。
林檎そうですね。
──ちなみにこの曲って70年代に日本のテレビ・ドラマに使われて、当時、大ヒットしてるんだよね。
林檎えっ、この曲?それって「Will You Dance?」じゃないの?
──オープニングとエンディングで「LOVE IS BLIND」と「Will You Dance」の2曲が使われてたんだって。
林檎そうなんだ?じゃあ、知らないうちに聴いて、潜在意識下にあった可能性大ですね(笑)。


07.木綿のハンカチーフ

──まずこの曲を選んだ理由は?
林檎そうですね。私の家には、私が生まれる前のヒット曲を編集したテープがいっぱいあって、両親は子供に聴かせまいとしたんだけど、こっそり聴いていたんです。で、この曲は歌詞等理解らないし、幼心に高音が良かったんじゃないですか(笑)?すごい好きな曲です。
──で、この曲は作詞が松本隆さんで作曲が筒美京平さんっていう70年代歌謡曲のゴールデン・コンビじゃないですか? この2人の作品はよく聴いてるの?
林檎実はあまり知らないんですよね。あとから知って、「あの曲もそうなんだ」って思うくらいで。どんな曲を書いてらっしゃるんでしたっけ?
──斉藤由貴の「卒業」とかマッチ(近藤真彦)の「スニーカーぶる~す」とか。
林檎(笑)マッチ! その呼び方だけでグッと来ちゃう。80年代のスターって、私から下の世代にとっては服装とか名前の呼び方から何から面白くてしょうがなかったんですよ。その時はまだ手を引かれる子供でしたから、ホントにいいと思えたのはその前か後の時代なんじゃないですかね。だって、私の一個上だと聖子ちゃんカットにしてた子がいましたけど、私はやってないですからね。
──そして、この曲では松崎ナオちゃんとデュエットしてますが、彼女とは一緒にライヴをやったこともあるんだよね?
林檎そうです。彼女の声が好きなのですよ。だから、今回のカヴァーに限らず、私が書いた曲を一緒に歌って欲しいというか、別にどんな曲でもいいなって思っていて。あと、もちろん、彼女のアルバム自体もすごい好きで、詞と曲が合ってるなって思うし、彼女がカヴァーした「 大きな古時計」も、あの声で歌われると、すごいですよね。
──オリジナルは男性の視点から書かれた詞と女性の視点から書かれた詞が1曲にまとめられていて、それを太田裕美さんが一人で歌っていますが、林檎ちゃんが都会に出て、すれていっちゃう男性のパートを歌ってるのが興味深いよね(笑)。
林檎(笑)どうしてもそういう風にしたくて、前からナオちゃんにやってもらおうと思っていたんです。で、私がどんどんすれていく男の人の役、ナオちゃんが女性役で美味しいところを全部持っていっちゃう形になっていて(笑)。アレンジは露骨に、亀ちゃん節というか、師匠ご自身も気合いを入れて一番最初にデモ・テープを持ってこられた曲です。
──この曲で聴くと2人の声質って割と近いじゃない?そもそも、原曲は一人で歌ってるわけだから、声質が近いってことも重要な要素だな、と。
林檎うん、遠くないですよね。もともとの喋り声のキーが近いっていうことが分かってたので。でも、やっぱり女性役をナオちゃんに歌ってもらって良かった。ホントは今、此の曲をやる面白みをもっと見出せる曲かなって思ってたんだけど、意外とシリアスに聞こえて、ナオちゃんが歌うとホントに切なくなるんですよね。
──アレンジはシンセが入ってたり、80年代的ポップス的な解釈だよね。
林檎亀ちゃんって、その辺の時代の音楽が多分ど真ん中なんでしょう。だから、シングルの方の「幸福論」もすごい80'Sっぽいと感じたし、その辺は世代もあるんじゃないでしょうか。
──80年代的ポップスって遊びの要素が入ってるじゃない?それと林檎ちゃんのユーモアを交えた音楽の取り組み方がシンクロしてるというか。
林檎そうですね。あと、案外、時間がかかったのが「恋人よ~」っていうハモりで。カラオケに行くと、自動ハモ機能が付いてるじゃないですか?で、レコーディングの時にあれをやってくださいってお願いしたら、案外、難しいみたいで(笑)。エンジニアの方にはご苦労をお掛けしました。
──レコーディングはいかがでした?
林檎お友達なんだけど、久しぶりにあって。でも、すごい遅刻の女王だと聞いてたので、スタッフがレコーディングが始まる1時間前の時間を伝えたんだけど、彼女は定刻より早く来ちゃったらしくて。私はそのことを後から知ったんだけど、酷いですよね!


08.yer blues

──ブルーズを歌う林檎ちゃんってホント素晴らしいよね。
林檎ありがとうございます。この曲は、「最近、何を聴いてるの?」って訊かれると挙げてた曲なんです。私、いつもそうなんですけど、好きな曲は毎日そればっかり聴くみたいな感じで、この曲もそれぐらい好きです。
──この曲はハードじゃないですか?
林檎ビートルズにしては、そうですね。こんなことを歌ってたとは、カヴァーするまで知らなかったんだけど、その歌詞の内容で選んだわけではないです。この曲って途中で何度も拍が変わるじゃないですか?それが気持ちいいんですよね。あと、ギターのリフが好きなので、それだけは残してカヴァーしたかったんです。でも、カヴァーする時には中々選べない、カヴァーしにくい曲ですよね(笑)。
──それを、ここでは前半がオリジナルに忠実で、後半がアンビエントっぽい展開になるアレンジでやってるけど、林檎ちゃんらしい遊びがあるよね。
林檎(笑)いいでしょう? あの後半は亀ちゃんが「安楽死部分」って呼んでいらっしゃるところで、「こういうのを入れたいんだけど・・・」って、持ってこられたんだけど、そこには歌がなかったから、この曲のテーマの「死にたい」っていう言葉を乗せて、メロディをつけたら、すごくふんわりした感じになって(笑)。だから、これでいこう、と。でも、前半部分も、忠実なようでいて、ギターやオルガンがキリキリしていたりドラムが随分強かったり。だから、その辺も含めて聴いて頂ければと。
──ポールよりジョンの方が好きなの?
林檎ポールより?顔が?(笑)そうですよね? あの歌い方も含めて、たぶん、ジョンの方が好きなんでしょうね。
──この曲って、でも、シリアスなようでいて、当時、ブルース・ロックが嫌いだったジョンが作ったブルース・ロックのパロディなんだって。
林檎そうなんだ。じゃあ、安楽死してもいいんだ。この曲は録り終わってからエピソードを色々聴いたんだけど、その時、ジョンは薬中で、トリップ気味なアルバムだって聞いてたから、こういうアレンジでいいんだろうなって思ってはいたんですけど。
──でも、このふんわりしたアレンジって林檎ちゃんのことをよく分かっていらっしゃる亀田さんならではだよね。
林檎そうですね。最初、亀ちゃんが書かれた譜面を読んだら、大きな文字で安楽死って書いてあって、「これ、何?」っていう話になって。コードも急にメジャーになってたから、「大丈夫?」と(笑)。だから、最初はびっくりしましたよ。
──レコーディングはいかがでした?
林檎ドラムの村ちんがね……見てくれの割に一番女々しいことを仰るんですよ(笑)。この曲って最後、村ちんがスティックを飛ばしちゃって、片手で叩いてるんですよ。だから、もう一回、録りたいっておっしゃって……でも、その飛ばしちゃったまんま叩く村ちんが好き、みたいなトコ御座いますもんねー。結果論ではあるけど、片手で叩くのもカッコイイし、このチームでしか、そういうテイクを残すことはあり得ないだろうし、この曲のレコーディングは楽しかったです。


09.野薔薇

──この曲を歌おうと思ったのは?
林檎この曲は発育ジャポンのライヴで登場S.E.に使ってたんだけど、ルーツもルーツの曲だから、ここでやっておかないとって思ったんです。やっぱり、カヴァー集となると、ルーツを探る感があるじゃないですか?
──シューベルトはやっぱり林檎ちゃんのルーツなんだ?
林檎シューベルトは、やっぱりそうですね。あと、この曲の詞はゲーテだし(笑)。
──常々、林檎ちゃんって「ロックの病んだところが嫌い」って言ってるわけだけど、こういう曲がルーツにあれば、そりゃそうだなって思うというか。
林檎(笑)そうそう。森さんともラベルを例に出して、そう言う話をしていて、昔の作曲家って、作曲家然として、写真を見ると格式高い表情で写ってるじゃないですか? 私にとって音楽ってやっぱりそうあるべきだと思うんですよ。昔だったら、例えば、建築と音楽って同等なものがあったと思うんですけど、今、私たちは誰が定めているわけでもないのに、時間や場所が定められているなかで、間借りして音楽をやってる感じがあるじゃないですか。だから、そこでロックが病んで見えてるのも、音楽の地位が下になっちゃっているからなんだろうし、発表する時くらいは病まなくてもいいのにって、最近、特に思うんですよ。
──とはいえ、この曲のアレンジって笑っちゃうよね。
林檎(笑)そうなんですよ。笑っちゃって、この曲は歌入れが大変でしたもん。
──脱力したトラックとドイツ語のパキパキした響きがコントラストになってて。
林檎より拍車をかけてる感じですよね(笑)。この曲の歌詞は対訳を読む程度で、意味はちゃんと分かってなかっただけに、もう、ドイツ語の響きが可笑しくて。
──この曲は一人で全部作っちゃった曲なんだよね?
林檎そうです。これは車に積んでたリズム・ボックスを急に思い立って使ったんですけど、リズム・ボックスって言っても、打ち込みをして記憶出来るものじゃなく、その場でコードが書かれたボタンを押して変えないといけないんですよ。
──すごい原始的なリズム・ボックスなんだ?じゃあ、その場でリアル・タイムに変えながら録ったんだ?
林檎そうなんですよ。すごい手作業。しかも、ライン・アウトが付いてたのに、エンジニアさんがマイクを立ててくださって。
──だから、ちょっと遠い感じに聞こえるんだ。じゃあ、ロウファイもロウファイだね?
林檎そうそう。もともとは古いアンプを持っていって、トレモロ・ギターでしっとりやるつもりだったんだけど、トレモロが利かなかったから、「いいやこれで」って思って、リズム・ボックスを使ったんです。まぁ、ボーナス・トラックだし楽しい方がいいやって感じで。