[椎名林檎 (生)林檎博’15 -垂涎三尺-]公演日:2015年8月16日(日) 会場:台北南港展覧館 (Nangang Exhibition Hall)

Photo Garally

OFFICIAL REPORT
- 椎名林檎と彼奴等の居る 真空地帯AIRPOCKET -

 まさしく彼女の歌詞から拝借すれば、椎名林檎の新たな音楽が届く度に、彼女の実演ライブを観る度に〈大人になってまで胸を焦がして〉いる。取り分けデビュー20周年を迎え「椎名林檎のひょっとしてレコ発2018」と銘打たれた今回のツアーは、冒頭から高鳴りが止まらなかった。本稿では5月17日に行われた東京・NHKホール公演を振り返ってみたい。
 スクリーンに映し出されたカウントダウンの数字がその時を告げてスペースシャトルが発射されると、彼奴等(=スペシャルバンド“MANGARAMA”)を従えた椎名が「人生は思い通り」を歌い始める。彼女の青いシフォンプリーツのドレスは、所々が甲冑で武装されている。ほどなくして宇宙を泳ぐシャトルが放出したのは、昨年末にリリースされた最新セルフカバーアルバム『逆輸入 〜航空局〜』だった。
 意表を突く映像と弾むような歌声に酔いしれている客席へ椎名がこう呼び掛ける。「いらっしゃいませ。“ひょっとしてレコード発射2018”へようこそ」。なるほど、人類を宇宙へと届けるプロセスに、パッケージをリスナーへと届ける(=“レコード発売”)それを重ね合わせた映像は、彼女らしいユーモアによる所信表明“演説”もとい“演出”ということか。無論、その所信とは音楽への飽くなき情熱と弛まぬ挑戦であり、パッケージへの手間暇を惜しまぬ真摯な姿勢である。そのまま椎名は続けざまに「おいしい季節」、「色恋沙汰」、「ギブス」、「意識」、「真理の人nature boy」(※ナット・キング・コール。1948年)を歌い、観客を魅了していく。
 しかし「JL005便で」の途中、突如スクリーンに「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯AIRPOCKET」の文字が。そう、今回の真のツアータイトルだ。つまり“レコ発”さえもがトラップで、これまでの時間はあまりに壮大で贅沢なアバンタイトルだったのだ。
 では“真空地帯”とは? 椎名はここから更なる攻勢でそれを示していく。「少女ロボット」、「弁解ドビュッシー」、「浴室」、「薄ら氷心中」、「暗夜の心中立て」からモノローグのような「枯葉」(※シャンソンのスタンダードナンバー)を経て「眩暈」へ。その流れは、一人の女の蒼い季節の物語のようだ。ここで特筆すべきは、「浴室」から「暗夜の心中立て」の間に繰り広げられた妖艶なパフォーマンスだろう。椎名は打ち掛けをゆらりと脱ぎ捨てるとランジェリー姿となり、髪を振り乱し、倒れ寝転び、身体をくねらせる。見てはいけない女の情念が曝け出されたかの如き愁嘆場は、固唾を呑むほどの迫力だった。
 今回のツアーにおける椎名は、言わば“何処にでもいる女の半生”といった自作プロットの自演に徹していた。女性なら誰しも憶えのある過去の苦い経験。蓋をしたくなるような劣情。椎名はそれらを観客 ― 特に女性 ― 一人一人の記憶に成り代わり、演じるように歌い上げていた。鎖を巻いて、鍵をかけて、心の奥底にひっそり眠らせておいたパンドラの匣。それがこじ開けられた時、人は息をすることさえままならなくなる。それが椎名と彼奴等による“真空地帯”の正体である。
 もっと言えば、初期の楽曲群と『逆輸入 〜航空局〜』のそれらが交互に披露されるセットリストには、前述の甲冑をはじめ、林檎を微塵切る仕草や斬髪の映像など、過去のライブやメディア露出の際に使われた演出やビジュアルの断片が、リミックスのように散りばめられていた。熱心な椎名林檎愛好家のなかには、記憶の時間軸が捻じ曲がるような感覚に囚われた向きもいただろう。
 やがて本編が終盤に差し掛かると“真空地帯”は様相を変え始める。「おとなの掟」で我が意を得た女は「重金属製の女」となって毒を撒き散らし、「静かなる逆襲」、「華麗なる逆襲」で反撃に転じ、「孤独のあかつき」、「自由へ道連れ」で遂に解き放たれる。それに呼応して、呆然と立ち尽くしていた多くの観客も、いつしか呼吸することを思い出したかのように手旗を振り、歓喜の声援を上げていた。
 最後に歌われたのは「人生は夢だらけ」。宣誓にも似た椎名の熱唱は、眩しいまでに瑞々しい生命力で満ちていた。今を生きている。その確かな実感を観客に与えると、彼女は悠然とステージを去っていった。
 そしてアンコール。羽織姿でステージへと戻ってきた椎名と彼奴等が、「丸ノ内サディスティック」、「NIPPON」、「野性の同盟」を披露すると実演ライブはその幕を閉じた。
 思えば、音楽と絶妙なランデブーを果たした映像とウイットに富んだネオンサインこそあったものの、椎名が使った小道具は扇子と番傘のみ。あれほど緻密な構成が、照明と衣装と、徹底的にミニマルなアレンジからスリリングなグルーヴを生み出すバンドの演奏のみで表現されていたのだ。
 だからこそ、椎名の“歌”がより強く記憶に残った。今回、彼女が“剥き出し”のシンガーとしてこのツアーに臨んだ背景には、もしかすると『逆輸入 〜航空局〜』の収録曲からようやく手応えを感じ始めた、音楽家/作家としての矜持が作用していたのかもしれない。
 なお、この日の模様はWOWOWにて、7月29日(日)に放送が予定されている。トリビュートアルバムの発売。サブスクリプション配信サービスの解禁。そして今秋の「椎名林檎 林檎博'18 -不惑の余裕-」の開催決定。胸焦がれる椎名林檎のデビュー20周年イヤーは、ここからが本番である。

(内田正樹)

SET LIST

  • 1 人生は思い通り
  • 2 おいしい季節
  • 3 色恋沙汰
  • 4 ギブス
  • 5 意識
  • 6 真理の人nature boy
  • 7 JL005便で
  • 8 少女ロボット
  • 9 弁解ドビュッシー
  • 10 浴室
  • 11 薄ら氷心中
  • 12 暗夜の心中立て
  • 13 枯葉
  • 14 眩暈
  • 15 おとなの掟
  • 16 重金属製の女
  • 17 静かなる逆襲
  • 18 華麗なる逆襲
  • 19 孤独のあかつき
  • 20 自由へ道連れ
  • 21 人生は夢だらけ
  • E1 丸ノ内サディスティック
  • E2 NIPPON
  • E3 野性の同盟
  • starring 椎名林檎
  • MANGARAMA
  • drums みどりん
  • bass 鳥越啓介
  • key & vox ヒイズミマサユ機
  • guitar 名越由貴夫
  • trombone 村田陽一
  • trumpet 西村浩二
  • sax & flute 山本拓夫
  • 「椎名林檎と彼奴等の居る 真空地帯AIRPOCKET」 TOUR SCEDULE
  • 3月2日(金)  川口総合文化センター リリア
  • 3月7日(水)  カルッツかわさき
  • 3月8日(木)  カルッツかわさき
  • 3月15日(木) 仙台サンプラザホール
  • 3月16日(金) 宇都宮市民文化会館
  • 3月23日(金) 静岡市民文化会館
  • 3月30日(金) 神戸国際会館 こくさいホール
  • 3月31日(土) 神戸国際会館 こくさいホール
  • 4月6日(金)  富山オーバード・ホール
  • 4月8日(日)  新潟県民会館
  • 4月13日(金) ニトリ文化ホール
  • 4月16日(月) フェスティバルホール
  • 4月17日(火) フェスティバルホール
  • 4月20日(金) 東京国際フォーラム ホールA
  • 4月26日(木) 福岡サンパレスホテル&ホール
  • 4月27日(金) 福岡サンパレスホテル&ホール
  • 5月9日(水)  大宮ソニックシティ
  • 5月11日(金) 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 5月12日(土) 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 5月16日(水) NHKホール
  • 5月17日(木) NHKホール
  • 5月25日(金) 広島上野学園ホール
  • 5月27日(日) 鹿児島市民文化ホール第一
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