“無条件の愛”を求めながらも、決して消し去ることのできない独占欲や嫉妬心。盛者必衰だとはわかっていても、求めずにはいられない“永遠の愛”。椎名林檎の三発目マキシシングル『ここでキスして。』は、自分自身の恋愛体験を嘘も飾りもなく描いた自己告発の詞を、切ないほどに美しい歌声とパンクロックのダイナミズムが彩った“本物のラブソング”である。


●今回の『ここでキスして。」は、前作の『歌舞伎町の女王』から比べるとガラリと印象が変わりましたね。           
椎名林檎:私は『幸福論』と『歌舞伎町の女王』は全然違うと思っていたんだけど、意外に同じように受け取られているってわかったんで、それを裏切りたくて。『歌舞伎町の女王』のリアクションが返ってきた時に「次はまるっきり俗に落としてやろう」と。本当は、私はこの曲を絶対に出したくなかったんです。17歳の時に作った曲だし、凄く露骨で、凄くブキッチョな感じで恥ずかしいから。でも、それをあえて出すことによって、みなさんを裏切ることになるんじゃないかな?

●今までになくリアルな詞にちょっと驚きましたね。等身大の林檎ちゃんの姿が感じられて。
林檎:それまでは好きな人とかに固執して自分が変わってしまう人とかって信じられないし「女として、だらしなくて嫌だわ」って思っていて。でも、実際にそういう凄く魅力的な相手に出会って、しかも自分が魅せられているということが相手に伝わっていて“その人の彼女”とかっていう肩書きをもった時に、やっぱり私も普通の女の子だということがわかって。それまでは、そうやって露骨に自分自身のことを書いたことなんてなかったんだけど、初めてこういう曲を外に出したということで、私にとっては凄く記念的な曲なんですけど。

●じゃあ、この詞に出てくる男の子が実際にいたということ?
林檎:うん。地元の友達が聴けば「ああ、あの人か」っていう感じで。その時もコンテストとかライブとかで歌ってたんだけど、友達から「凄い露骨だね」って言われたし(笑)。

●(笑)。ストレートなラブソングだしタイトルも甘い感じなのに、サウンド的にはパンクっぽいハードさがありますよね。
林檎:そのへんは何も考えずに、楽しくやろうで。「この音は入れる。この音はうるさいからいらない」って感じで。レコーディングに関しては本当に潔いですよ。

●詞を見ていて思ったんですけど、林檎ちゃんて自分自身に対して凄くコンプレックスがあるんじゃないんですか?
林檎:うん、何から何まで凄くあると思う。この仕事をするというのは、全部それを正当化する為のことだったんですよ。私は、まわりばっかりを見ているから、好きなものとかに凄く近づきたかったりして、だから白昼夢を見たりするんだと思うんですけど…。それがあまりにも自分からかけ離れてしまったから、早く職を見つけて「私は社会の中でちゃんと自分を活かしている」という確信が欲しかったんだと思うんですよ。

●『ここでキスして。』の詞に出てくるシド・ヴィシャスは、林檎ちゃんにとってはどういう存在なんですか?
林檎:それまで私は優等生的な音楽をやっていたんですけど、廉価版のセックス・ピストルズのビデオを観てもの凄く憧れて。でも、シド・ヴィシャスがビデオの中で自分を傷つけちゃったり、後から死んじゃったって知って凄く悲しかったんですね。私多いんですよ、そうやって物語の登場人物とか実際に接触していない人に対して、ある一部分だけしか見えてなくても凄く好きって思ってしまったり、それを偶像化してしまったりすることが。もう、色々わかっていくうちに欠落した部分があってもいいんですよ、何でも正当化して好きになっちゃうから。だから『ここでキスして。』に出てくる男の子というのは、本当は凄い普通な子なんだけど…。

●その子はシド・ヴィシャスに似てたの?
林檎:う〜ん、似てると思った瞬間を通じて見てたのかもしれない。凄く偶像化してたから。だから、凄い嫌なこともいっぱい言っちゃったし。シド・ヴィシャスって人の目を気にしていないイメージがして、でもその男の子は凄く人の目を気にする子で、そういうのが凄く嫌で「違う、あなたは違うはず!」とか言っちゃって、凄く嫌な付き合いだったな(笑)。

●シド・ヴィシャスって早死にしちゃったけど、そういうところに憧れをもったりはしなかった?
林檎:死というのは清算だと思っているから、早死にということに単純に憧れたりはしないですけど…。逆に今は、死んだ人が妙に正当化されてたりするのが凄くしゃくで。そういうのが嫌だから、私は凄く合理的に生きた人って言われたいんです。死ぬまでに、私はこうやって日記みたいな曲を発表することによって、色々な多面体である人間の全貌を最終的に明らかにしたくて。「人間なんてそんなもので、愚かなものなんだ」と、私が死ぬまでに完全に納得してくれる人がいるといいなと思っていて。私の作品のリリースの順番にしても、わざと全く違うものをもってくることによって「何でもあり」ということを言いたがってるんですよ。
〈TEXT:ツダケン/unga! 編集部〉