今年の北海道の夏は暑かった。北国だということを忘れさせるような連日の真夏日。その暑さに一役買ったのが、北海道・石狩湾新港樽川埠頭野外特設ステージで行われた『RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999 in EZO』。通称“エゾ・ロック”ではないだろうか?
 BLANKEY JET CITY、ミッシェル・ガン・エレファント、UA、Dragon Ash等々、夏の祭典とはいえ、あまりに豪華すぎるアーティスト達が一同に会したエゾ・ロック。しかし話題の的は何といっても我らが林檎ちゃん。全国ツアー『先攻エクスタシー』以来数ヶ月ぶりの本格的なライブ。しかも野外イベント初出演ということで、林檎ファンならずとも林檎ちゃんのステージ登場に否応なく期待と視線が集中する。
 エキサイティングなUAのライブの興奮が覚めやまぬステージに、グランドピアノが運び込まれる。時間は夜9時。心地よい風が吹き、空には月が浮かぶ。絶好のロケーションだ。
 SEが途切れ一瞬の沈黙の後、フード付きのコートに身を包んだ林檎ちゃんが登場すると一気に歓声が上がった。オーディエンスには一瞥もくべずピアノの前に座り、その歓声をかき消すかのように『アンコンディショナルラブ』を弾き語りで歌い出すと、更に大きな歓声が上がる。約3万人の大歓声である。
 『アンコンディショナルラブ』を1フレーズだけ歌い、水を一口飲む林檎ちゃん。その間、歓声は止まることを知らない。
 今回唯一のサポートミュージシャンであるヴァイオリニスト(ナゼか医者の格好)とアイコンタクトを交わし、未発表曲『時が暴走する』へ。メラコリックなピアノに、エキセントリックなヴァイオリンが有機的に絡み合う。メロウな楽曲ながら、感情を押し殺すことができないと言わんばかりのエモーショナルなヴォーカルが響くと、一瞬にして会場の空気、色が変わったのを感じた。闇に浮かび上がる林檎ちゃんの姿と歌声は、あまりに浮き世離れしているのだ。
 夢から覚めたように沸き上がる歓声に、立ち上がって軽い会釈で応え『シドと白昼夢』へ。この楽曲は切なさと激しさというアンビヴァレンスな心情が交差する曲だが、アコースティックなアレンジということで切なさが強調され、楽曲本来のメロディの良さをたっぷりと堪能することができた。
 そして間髪入れずに『警告』。林檎ちゃんの楽曲の中でもハードな部類に入るであろう『警告』を、ジャズ・テイストのピアノで歌い上げるあたりに、林檎ちゃんの幅広い音楽性を感じさせられた。クラシカルなヴァイオリンの音色との相性も抜群だ。
 「どうもありがとうございます」
 今ライブ最初の林檎ちゃんの話し声に、沢山の掛け声が上がる。コートを脱ぎ、身軽なTシャツ姿になった林檎ちゃんは、淡々とピアノ・ソロを弾いたかと思うと、『茜さす帰路照らされど…』を熱唱。詞の内容通り、会場全体がノスタルジックなムードに染まる。
 「今日はこんな所で、こんな人たちと一緒に、こういうことができて嬉しかったです。最後の曲です、お聴き下さい。」
 突然の林檎ちゃんのMCにオーディエンスから「え〜っ!」の声。だが『歌舞伎町の女王』の前奏が流れると、ブーイングは歓声に変わり手拍子が起きた。北の夜空に、歌舞伎町の女王の悲しげな口笛が強く鳴り響く…。
 30分弱というあまりに短いライブに、物足りないと言わんばかりの一際大きな歓声が上がる中、脱ぎ捨てたコートを引きずりながら静かにステージを去る林檎ちゃん。後には夢の続きのような余韻だけが残った。

 一体、誰がこんなライブを予想していただろうか?ロック・イベント、しかも野外でのイベントで、掟破りとも言えるピアノとヴァイオリンだけのアコースティクなステージ。ライブ中にも、歓声がどよめきに変わるのを何度か感じた。しかし、既成概念を打ち壊すことがロックならば、これほどロックな姿勢もないだろう。林檎ちゃんは、スタイルでなく真の意味でのロックを体現したのである。
 大自然の中に現れたロック・フェスティバルという異空間。林檎ちゃんはその異空間の中に更に別の異空間を構築することに成功した。

追伸
その後登場したBLANKEY JET CITYのライブで、林檎ちゃんがアッサリ昇天していたことを付け加えておきます(笑)。



〈TEXT:ツダケン/unga! 編集部〉