照明が消え、低いどよめきが起きた会場に突然鳴り響いたのは、な、何と東海大学の校歌(しかもフルコーラス)!
 椎名林檎の学園祭ツアー「学舎エクスタシー」の初日でもある11月2日の東海大学湘南校舎ライブは、誰も予想だにしていなかったトンデモないスタートを切った。 最初は爆笑が起きたものの、校歌に合わせて手拍子をする観客達。 それはまるで、これから始まるライブへのカウントダウンのようである。
 校歌が終わるとともに、天井にまで届きそうな巨大な檻に囲まれたステージに照明がつき、赤のジャージに皮パン姿の林檎ちゃんが姿を見せると大歓声が巻き起こる。 その歓声をかき消すようにヘヴィーなギターが乱入。本日の1曲目は…、な、何とピンクレディーの大ヒット曲『UFO』!またまた会場内に爆笑が起きる。 だが、一度林檎ちゃんが歌い出すと笑いが歓声に変わった。 そこには原曲のチープなスペイシー感は無く、とても歌謡曲とは思えないヘヴィーでパンキッシュなナンバーに生まれ変わったネオ・パンク・UFOがあった。 特にサビの部分でのハーモニーのグルーヴ感は素晴らしく、ゾクゾクと鳥肌が立つほど。 林檎ちゃんが唄うと「地球の男に飽きたところよ♪」という歌詞も何となく意味深げ(笑)。
 「オス! 東海大エクスタシ〜! こんばんわ、天才プレパラートと申します…」
 ジャージを脱ぎ捨てTシャツ姿になった林檎ちゃんが、お揃いのTシャツを着たバンドメンバーを紹介する。 今回の学園祭ツアーのバンド“天才プレパラート”は、ギター、ベース、ドラムというシンプルな構成。 林檎ちゃんは、ライブ前にこんなことを語っていた…。
 「学園祭のメンバーは今までと全然違うんですよ。 賭みたいな気持ちでド素人の友達とかを連れて来ちゃったんですけど、リハーサルしてみたら、天才。 事務所の社長とかもビックリしていて(笑)。ドラムの子とかは特にアマチュアなのに、もうね、“あんた、何でアマチュアなの?”というレベルを越えていて、本当に凄くカッコイイの。 自分で曲も書いたりする人だから、歌心のあるドラムなんだろうな。 凄い押せ押せで。もう、リズム・キープどころのドラムじゃないって感じ…。今回学園祭用にメンバーを変えたは、“学祭だったら荒々しい、若さだけの感じでもいいかな?”って思って。 今までツアーとかライブをやってくれたメンバーというのは、プロ中のプロで何でも出来ちゃう人達だから、逆にやりたい事が分散しちゃうんですよね。 それで学祭では一つに絞ってみようと…」
 林檎ちゃんが今回一つに絞りたかったものとは、“若さ故の暴走”ではないだろうか? 初っぱなから強烈なカウンターパンチをかました後は、『丸ノ内サディスティク』、ライブではお馴染みの『アイデンティティー』と続くが、どの曲もハードさを前面に出したアレンジで猛スピードで展開されていく。 全国ツアー「先攻エクスタシー」のメンバーが究極のプロ集団だったのと比べると荒削りで勢い任せの演奏ではあるのだが、その分林檎ちゃんが曲を作った時に起きたであろう抑えきれない衝動がストレートに表現されているのだ。
 「次の曲は、私が所属している事務所の“ソリッドボンド”の社長がポール・ウェラーのファンということでついたという曲で…」
 というMCの後、新曲『乳頭デストロイヤー』を披露。 が、これが「全然ポール・ウェラーと関係ないじゃん!」と突っ込みを入れたくなるようなスクラッチ音が鳴り響くラップ調の曲(しかしこれが超カッコイイ!)。 次の『あおぞら』では、林檎ちゃんの曲の中でも最も牧歌的な雰囲気の曲であるはずなのに、マイクを拡声器に持ち替えてパンクアレンジでがなり立て、『輪廻ハイライト』ではジャズフレーバーを色濃く残しつつもノイジーなアレンジで観客の度肝を抜く。 だが、サウンドがハードになる反面、楽曲本来のもつメロディーの良さが際だっていたのは流石の一言。
 ここまでくると「いつものライブと違うぞ…」と、戸惑いの表情を見せる観客もチラホラ見えはじめるが、林檎ちゃんの暴走は止まることを知らない。 未発表の新曲とカバー曲をごちゃ混ぜに、カルト楽器“テルミン”も飛び出しながら、やりたい放題のラウドな演奏で突っ走っていく。
 『積木遊び』では檻から出てステージ狭しと動きまわり、「先攻エクスタシー」で話題になった振り付けを披露。 そして、ザ・ピーナッツの『東京の女』と、レディオヘッドの『クリープ』を立て続けにカバー。 このいろんな意味で両極端ともいえる楽曲を、力ずくでねじ伏せて見事に椎名林檎サウンドにまで昇華させたところに今回のライブが象徴されているように感じた。 ジャンルなどお構いなく、ストイックなまでに貫いたスタイルで走り抜ける。そこに生まれたカオス状態こそが、今の林檎ちゃんの心境なのであろう。
 『幸福論』と『歌舞伎町の女王』で急上昇で盛り上げるだけ盛り上げておいて、『シドと白昼夢』の演奏の途中でステージから林檎ちゃんが無言で去り、夢から覚めたようにライブは突然終了。 後には、いつまでも鳴り止まない約2,000人によるアンコールだけが木霊した…。
 これまで、“学祭の女王”と呼ばれたアーティストは数多くいた。だが、ここまで暴君ぶりを発揮しながらもここまでファンに愛される女王は椎名林檎ただ一人ではないだろうか?





〈TEXT:ツダケン/unga! 編集部〉