瑞々しい響きのガット・ギターに導かれ、流麗なストリングスとハープのゆったりしたフェイド・インで幕を開ける椎名林檎の新曲「りんごのうた」。パーカッションが叩くルンバのリズムに異国風情を感じたならば、あなたは既に彼女の描く世界を見渡すことが出来る場所にいる。登場するのは、やってきては去ってゆく季節のなかで花から果実へと成長してゆく木々と名前が思い出せない“わたし”。そして、悲しみに暮れる間もなく、全てがひらがなで書かれた歌詞といつになく分かりやすく歌いやすいメロディはストーリーを綴ってゆく。果たして、“わたし”とは誰なのか? 本作はリスナーに問いかける。

 しかし、この問いは今に始まった話ではない。今年1月にリリースされたDVD短篇キネマ『百色眼鏡』しかり、過去3枚のアルバムしかり、思い返せば、椎名林檎は曖昧なイメージや既成概念に隠された物事の本質を常に問いかけ続けてきたのだ。その意味でこの作品はこれまでの流れを汲んだシングルであることは間違いないようだが、この作品は彼女にとって節目となる作品であり、問いかけているのが、椎名林檎の存在そのものであるという点で他の作品とは大きく異なっている。彼女が伝えたいこととは一体何なのか? 注意深く作品に耳を澄ますと、“5月に花を付け、冬に実を結ぶ果実”や“泣いたり笑ったり出来る人間への憧れ”といったヒントが作中には散りばめられている。

 しかし、この曲のヒントはあくまでヒントのままだ。それは何も彼女が勿体ぶっているからではなく、リスナーがこの曲を頭の中で転がしながら考えることによって成立する内容だからであろう。それ故に口ずさめるメロディと誰もが手に取るように分かる歌詞がここにはある。よく味わって、聴いてみて欲しい。ただし、アダムとイブの物語がそうであるように、この曲が禁断の果実であることをお忘れなく。