【森pact disc】

01.君を愛す

──この曲は何で選んだの?
林檎この曲はよく聴いていて、家でもよくかかってたんです。で、この曲っていろんな人が歌ってるなっていうことに、この前、気付いて。で、オーケストラ・バージョンとかピアノ伴奏バージョンとか色々あるんだけど、今回、既に決まっていた曲を突如変更して、やらせてもらったんです。
──なるほど。
林檎で、最初は森ディスクも日本語の曲をいっぱい入れる予定だったんですけど、いつの間にか全部なくなっちゃって。ホントは来生たかおさんの曲もやらせて戴きたかったんですけど、何回かライブでやってるし、それで今回はやめました。
──この曲はアンビエントというか、広がりのあるスペーシーなアレンジになってるね。
林檎やっぱり、父の世代の方が聴いて、納得いくものを作ってちゃ駄目でしょっていう。要するに素材は素材なんだけど、平面的に素晴らしいなって思ってもらえるようなカヴァーというか、若い人に聴いて頂けるようじゃないといけないし、この曲は選んだ時点で1曲目って決めてて。多分、自分に対しても、聴いて頂く方に対しても、より自由な感じに解放したかったというか。そういう意図がありつつ、他の曲はこういうアクセントが来て、こういう楽器が入っててっていうことしか言わなくても、それに対して150%で返してくださるんですけど、この曲はヴィジョンが強くあったので、細かい注文をさせていただいたほうです。
──それからこの曲ではドイツ好きとして知られている林檎ちゃんが、ドイツ語曲に挑戦しているっていうトピックがありますが。
林檎(笑)ドイツ車が好きとか、ただそういう感じなだけですけどね。
──ドイツ語で歌うのはいかがでした?
林檎日本人の言語感覚からすると、ドイツ語ってちょっと面白いと思います。だから、ニュアンスが伝わればいいなと思って、あんまりシビアにはお勉強していないんですけど、滑稽に聞こえないようにはしようとは思って。
──その点に関して言えば、‘君を愛す’を意味する「イッヒ・リーベ・ディッヒ」って言葉がコーラスですごく綺麗に響くアレンジになってるし、林檎ちゃんが言いたかったのはこの一言だったりするでしょ?
林檎今回、舶来もののカヴァーをやるにあたって、知らない単語がいっぱい出てくる様な曲はやりたいとは思わなかったんですね。例えば、前にカヴァーした「君の瞳に恋してる」もサビで「I LOVE YOU BABY」って出てきますけど、それを聴いた時に“あ、この歌詞(せりふ)知ってる!”って思うし、意味が分かる曲じゃないと私自身が歌う時にグッと来ないんです。だから、全世界共通のセリフが出てくる曲を選んでるつもりだし、その曲でリンクさせたい意味は多分、一言くらいで、あとは戯言でしかないと思っているので。そこを分かって頂けて、すごく嬉しいです。


02.jazz a go go

──フランス・ギャルの「JAZZ A GO GO」は前から好きだって言ってたよね。
林檎うん。多分、小野田さんのインタビューを初めて受けた時に、好きな曲紹介で挙げたと思うんです。このアルバムで取り上げた曲ってその時に出てきたものばっかりじゃないですか?
──そうだね。
林檎フランス・ギャルは大好きで、あの棒な歌い方が(笑)。
──アイドルだからね。
林檎面白いですよね。オケがすごくカッコイイ上に、あの声ですから。何処か音楽的に聞こえない感じが好きです。
──この曲も家にあったレコードだよね?
林檎そうです。うちの両親の世代って、海外から日本に入ってくる音楽がワールド・ミュージックっぽかったって聞いていて。八神純子さんとか長谷川きよしさんの曲も妙にサンバ調だったりするじゃないですか?あれも海外から自然にブラジル音楽が入ってきたかららしいし、今ほど日本の文化がアメリカンな感じじゃなく、色々な国の音楽があったみたいで。だから、うちにもフランス・ギャルがあって、私も家で聴いてたんです。
──オルガンの音って結構好きでしょ?
林檎好きですねえ。特に森さんのオルガンは絶品だと思うです。だから、オルガンのソロがいっぱい設けられるアレンジにして頂いたんです。森さんからすれば、もっと遊びたい感じだったと思うんですけど、オルガンのイメージを残したかったので、アレンジのうえではかなり制約されたんじゃないか、と。でも、めちゃめちゃカッコイイし、レコーディングは楽しかったです。
──この曲は打ち込みとエディットがあって、ノイジーな音処理が施されているけど、アレンジは森さんにお任せしたの?
林檎私が歌いたいとかそういうことより、森さんが暴れてくださる曲がいいと思って(笑)。だから、歌が主役じゃないというか、私が歌ってはいるけれどアシスト側っていう感じです。
──原曲はジャズ的なアレンジだけど、この曲は微妙にジャズど真ん中を避けてるよね。
林檎森さんのレコーディングって、録るものを録って、後で「どうする?」って場合が多くて、この曲ではいかにもジャズ的なアレンジは避けたいと思って。面子が面子だし、私も今の年代の人間で、ジャズばかりを聴いてきたわけではないけど、こういう曲をやろうとすると、そっちに寄りすぎちゃうので、エンジニアの方の「オイタ」もあって、こういうアレンジになったんです。
──汚すアレンジ?
林檎私っぽいというか。私は割と本来カメレオン型なので、オケに左右されちゃうんですよ。だから、エンジニアの方が黙っていたずらして下さって。「こういう風にしないと、あなたは恥ずかしいでしょ?」って仰ってましたが、私も「その通りです」と。


03.枯葉

──この「枯葉」なんだけど、これももしかすると「魅惑の……
林檎そう、「魅惑のラブ・バラード」とかっていう本に載ってたんです(笑)。だから、いま思うと可笑しいんですけど、この歌の一番最初の部分は「あれは遠い思い出~」ってなっていて、譜面だと「#ファソラファソラファソラシ、シレドシレドシレドラ」なんです。で、ホントの歌ではフランス語の語りになっていて、リズムもかっちり決まってないじゃないですか。だから、初めてレガートになっている歌を聴いた時、びっくりしちゃって(笑)。でも、その冒頭の部分が素敵だから、フランス語は大変だけど、どうしてもやりたいってことで、お願いしたんです。
──林檎ちゃん、エディット・ピアフが好きって言ってたじゃない?
林檎でも、ピアフのバージョンは聴いたことがなくて、今回歌うにあたって、初めて聞かせてもらったんです。でも、ピアフの「枯葉」って残念なことに「枯葉」のサビのパートを英語とフランス語を交代で歌っているだけで、語りの部分を歌ってるヴァージョンは聴いたことがないんです。
──しかし、このアレンジはすごいよね。このアルバムの趣旨である「自己実現」っていう側面を一番的確に現してる曲だよね。ここでは何種類の鍵盤を使ってるの?
林檎ああ、そうですね。ピアノにシンセもいっぱい入れてるし、オルガンも何種類も。あと鍵盤ハーモニカ……。最初は森先生が「林檎ちゃんが弾けばいいじゃない?フレーズはもう決めてあるから。」って仰ったんだけど、それじゃ、意味ないじゃないですか。だから、全部、森先生にやって頂いて(笑)。でも、この曲のアレンジに関して言えば、最近、私、リズム・ボックスを持ち歩いているんですけど、それに森先生が感化されて「ああいうリズム・ボックスを使った」って仰ってました。
──森さんのお仕事カタログというか、「こういうことも出来ますよ」っていう曲だよね。
林檎(笑)そうですね。それでいて、「愛妻家の朝食」にも通じるというか。
──あと、冒頭で林檎ちゃんが語りを入れてるでしょ。あれを聴いて、シャンソンって男性的というか、女性が男性的に歌う音楽かもしれないなって思ったんだけど。
林檎なるほどね。なんというか、フランスのロリータの歴史があるとして、ゲンズブールみたいな人がいて。アイドルでい続けることが出来ない女性がだんだん年を取りますよね。そうすると、男性に媚びずに生きて行かないといけなくなるじゃないですか。シャンソンはそこからの音楽っていう風にも聞こえますね。だから、ロリータ・アイコンでいられなくなった女性が達観している感じというか。
──そこってある意味で女性の一番怖い部分って気がするね。
林檎そうですよ。みんなね、きっと分かって、可愛らしさを演出してますからね(笑)。
──で、この曲では途中で英語詞に変わるとはいえ、滑らかなフランス語の歌を披露されていますが。
林檎これはね、車の中でも練習したし、いろんな人の「枯葉」を聴いたし、フランス語の先生にも来て頂いたし……でも、歌いたかったの!好きなの!(笑)なんかね、「そこまでして……」っていう感があるでしょ。もう、頑張っちゃいましたよ。フランス語ってリズムが悪いというか、アクセントがはっきりしてないじゃないですか。そういう部分で言えば、私は日本人なので、日本語はもちろん、英語とかドイツ語みたいにはっきりした発音の言葉が好きで。だから、グルーブ重視ってことで英語も入れてみました。


04.i won't last a day without you

──この曲は宇多田ヒカルちゃんとのデュエットだけど、以前、東芝EMIガールズとしてライヴで一緒に歌った曲でもあるよね。
林檎カーペンターズでは、昔からこの曲が一番好きで、以前、イベントで宇多田ヒカルちゃんとデュエットをさせて頂く時に「この曲がいい」って言ったら、ヒカルちゃんも「いいよ」って言ってくれて。で、今回、ヒカルちゃんとのデュエットを考えた時、彼女も忙しいだろうから、以前やった曲だったら、歌ってくれるかな、と。あと、ヒカルちゃんのデビューの時に森先生がお仕事をなさってるっていうことを「愛妻家の朝食」のレコーディングで聞いたので、「ヒカルちゃんと農園っていうユニットで話があるから、その時は森先生に手伝って頂かないと」っていう話になって。
──えっ、農園?
林檎ヒカルちゃんのお母様がね、「林檎ちゃんかぁ、ホントはヒカルのことも苺って付けたかったの。だったら、苺と林檎で一緒に歌っても良かったのにね」っておっしゃったらしくて(笑)、ヒカルちゃんも「苺じゃなくて、良かった」って(笑)。だから、その流れで農園っていうことなんだと思うんですけど(笑)。
──林檎ちゃんが考えるヒカルちゃんの魅力ってどんなもの?
林檎ヒカルちゃん、全部好きですね。お顔も、可愛いですよね。すごく素敵な方で、お人柄がチャーミングなところも好きだし、ビデオ・クリップのパフォーマンスもスター然としてて、カッコイイ。詞もね、よくよく読むと独特のハマりが面白いんだけど、歌として聴いた時、ドキッとするんですよね。
──実際のレコーディングはいかがでした?
林檎ヒカルちゃんの歌って、コンビニとかでぱっとかかってるのを聴くだけでも、感極まってるように聞こえるんですけど、レコーディングの時は詞的な部分より音楽的な部分で「こっちに行ったらいいの?」「あっちに行ったらいいの?」っていうことをサバサバ言ってて、情念はどこかに置いてきてる感じがするんです。でも、声はしっとりと、すごく素晴らしくて、目を閉じて聴くと、感極まって歌ってるように聞こえるっていう。あれにはすごいビックリしました。
──音楽的な部分で客観的に歌ってる感じ?
林檎そうそう。で、レコーディングの行程としては私が先に歌ったものを、ヒカルちゃんのところに持っていって、それに合わせて歌って頂いたんです。私の要望としては一本で、グッと大人っぽく、鼻歌みたいな感じで歌って欲しくて。というのも、ヒカルちゃんのCDでは同時に鳴ってるヒカルちゃんの声がいっぱいあって、何人ものヒカルちゃんがいる感じでしょ? だから、今回、この曲ではそうせずに、ああいうスカスカな感じにしたかったんです。でも、ヒカルちゃんに歌ってもらったら、想像以上に大人っぽくなったので、私も年齢を10歳位上げて、もっと達観した女性ぽく歌いたくなって(笑)、次の日に歌い直させてもらったんです。
──この曲って2人の名前が並んだだけで華があるなぁって感じだけど、アレンジ自体はドラマチックな方向には向かってないよね?
林檎この曲は声を張らない感じにしたかったんですよ。ヒカルちゃんって、別にR&Bっていう盾がなくても、十分にいいと思うし、ただ歌ってるだけの声をすっと入れられたらなってずっと思ってたんです。森先生も同じお考えでいらした様で、アレンジの面でもレコードのスクラッチ・ノイズをアクセントに、申し訳程度のリズムの温度にして下さったんです。
──あと、この曲のアウトロで街の雑踏を思わせるS.E.が入っているけど、そこで思い描いてたストーリーってどういうものなの?
林檎私の意図としては、まず、ヒカルちゃんと私がJ-POPシーンでシングルを出し、アルバムを出しっていう活動で売っているっていうのとはまるっきりかけ離れたところでさり気なく歌っているっていう感じにしたかったんです。それから、このアルバムっていろんな国の言語が飛び交っているじゃないですか?だけど、日本でさり気なくやってますっていう感じにもしたくて、そういう意図を東京の雑踏の音で表現したんです。で、最初は駅のアナウンスにしようかとも考えたんですけど、最終的には新宿東口近辺の音を録ったんです。そこで私が入れたかったのは、街に流れるお店の宣伝の間に入る「歩行中のタバコはお止め下さい」っていうアナウンスなんですけど、それをそのまま入れるのは法律上無理らしくて、色々なパターンの音を3時間もかけて録ったんです。
──(笑)そういうところはあいかわらずの凝り性だね。
林檎(笑)やってるうちにだんだん凝り出しちゃって、多分、目撃された方もいらっしゃるんじゃないかと思うんですけど、そういう怪しい行動を(笑)。例えば、自転車が通ると“いいな!”って思って近付いたり、あの辺って鳩がいるんですけど、鳩の飛び立つ音を録るために、バッと脅したり。
──携帯電話の着信音が入るじゃない?あれを聞くと東京に引き戻されるし、東京を携帯電話の音ひとつで現すって表現としては素晴らしいよね。
林檎そうなんですよ。東京に引き戻したかったし、東京と言えばやっぱり携帯電話ですよね。


05.黒いオルフェ

──この曲も家にあった……
林檎「魅惑のラブ・バラード」からですね(笑)。この曲は最後の最後にやりたくなったんですけど、1枚目の「白い小鳩」に対して、「黒いオルフェ」っていう感じにしたかったんです。
──(笑)相変わらず、そういうこだわりは変わってないんだね。
林檎(笑)ちゃんとやってますよ。曲の並びもね、美しいですよ。
──(笑)これ、オリジナルはボサノヴァですけど、当然、そうせずにここでは森さんの得意な打ち込みファンクになってるね。
林檎ボサノヴァのアレンジでやるのは恥ずかしいなっていうことで、前に森さんにお伝えして。やっぱり、森さんに水を得た魚になって頂きたかったので、ファンキーな、かっこいいアレンジになってると思います。
──この曲の詞はポルトガル語とフランス語があるじゃないですか?
林檎それ、知らなかったんですよ。でも、やっぱりね、「黒いオルフェ」って言ったら、ポルトガル語じゃないと。フレンチ・ヴァージョンもいいんだけど、このアレンジで歌ったら、お洒落すぎちゃうな、と。
──で、ポルトガル語で歌うのはいかがでした?
林檎ポルトガル語の意味が分からない者として魅力はのぺっとしたところなんですけど、言葉のイメージ的には暑い国っていう感じだから、オケをひんやりさせることでコントラストを付けたかったというか。そこでああいうオケは森さんの得意なところだし、タカ(沼澤尚)さんがドラムだし、イメージ通りにオケを戴けることは分かっていたので、あとは私が暑い国をイメージして歌えばっていう。
──で、しかも、その暑い国っていうイメージはあくまで日本にいながらにして想像したものっていう前提があるよね?
林檎そうそう、全曲そうなんだけど、思い浮かべる感じ。例えば、ピーター・グリーナウェイが撮った(映画)『枕草子』みたいに、勝手に思い浮かべる感じでいいなって思ったんですよ。でも、ポルトガル語の歌はその割に頑張っちゃいましたけどね。
──この曲って、森さんが得意とする、生ドラムのサンプリングをループさせたグルーヴじゃない?そういうトラックで歌うのはいかがでした?
林檎もともと、このやり方自体、オケの温度を冷ましたくて、そうしているんですけど、この曲のグルーヴは気持ちいいですね。元々ドラムを叩いて下さっているのがタカさんだし、森さんは気持ちいいところを心得ていらっしゃるし、否応なしに気持ちいいし、楽しかったです。


06.mr.wonderful

──この曲ってサミー・デイヴィスJR.のミュージカルのために書かれた曲っていうことなんだけど、どういう理由で選んだの?
林檎それは知らなかったんですけど、すごい綺麗な曲ですよね。ペギー・リーのヴァージョンも魅惑的な、ふわっとした感じで素敵なんですよ。今回の選曲をする時、 いっぱい曲を出して、収拾がつかなくなっちゃってたんですけど、父が孫を抱きながら、「“MR. WONDERFUL”はどう?」って言うので、かけてもらったら、どうやら、この曲は家でよくかかってたみたいで、聴いた記憶があったので、こういう潜在的な ものを選んだ方がいいかな、と。
──この曲は英語曲なのにアレンジはフレンチだよね。
林檎そうですね。モボとかモガとか、いわゆる大正時代に手袋をした女性が着飾って、銀座を歩いてるみたいな、そういうイメージですね。
──日本人が西洋文化をお洒落なものとしてみる感じ?
林檎そう、ありがたがるみたいな感じ。キーワードとしては「オートクチュール」 とかコーヒーを漢字で「珈琲」と書いたり、オシャレっていうのもシャレが漢字で 「洒落」みたいな。森さんって、私のなかではそういうイメージの方なのですが、それが爆発したな、と。ていうか、森さんって、みんな、ファンク、ファンクって言うけど、すごいヨーロッパ感がある方だし、それはつまり東京っぽくもありますよね。東 京ってアメリカナイズされてるといっても、いろんな国の影響があるし、例えば、ド イツの影響とかも強いじゃないですか。私から拝見していて、そういうイメージなんですよね、森さんって。
──確かに森さんてファンクのイメージが強いかも。
林檎でも、森さんとお会いしてお話してみると、幅広い方だけど、ヨーロッパ寄りだって、ご自分でもおっしゃっていて。「愛妻家の朝食」も日本から見たフランスみたいなイメージが強かったし。だから、森さんとのレコーディングではこの曲を一番 最初に録りました。ちなみにこの曲を録った時、タカさんって英語が達者な方なので、歌詞の意味をおっしゃって、その影響からすごく詞を大事に歌ったかもしれない。


07.玉葱のハッピーソング

──この曲はマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの最後のシングルなんだよね。
林檎そうそう。この曲が入ってるアルバムは私が自分で初めて買ったCDです。で、ライナー・ノーツを読むと、マーヴィンはレコーディングの時に彼女の死を感じていたらしく、なんとも言えない雰囲気だった、みたいな話が書いてありました。
──そういうエピソードもありつつ、この曲はアップテンポで楽しい曲になってますけど、兄弟でスタジオに入るってどんな感じ?
林檎(笑)なんかね、照れ臭いんですよ。でもね、うちって兄弟が仲良しなのに、兄がどこからか巡り巡って来たのか、不仲説を聞かされたらしくて(笑)。でも、仲いいからしょうがないんですよ(笑)。だから、普通にやらせて頂きました。
──で、一般的な話として林檎ちゃんってブラック・ミュージックが好きなのはあんまり知られていないと思うんだけど、確か、マーヴィン・ゲイは中学生の時に自分で買ったんだよね?
林檎そうそう。両親におこずかいを値上げしてもらって、初めて、CDを買える額に達したので、近くの本屋さんのCDコーナーで初めて買ったCDのうちの1枚ですね。
──で、それ以前はお兄ちゃんがモータウンもののCDを持ってたんだけど、聴かせてもらおうとすると怒られるから、こっそり聴いてたんだよね?
林檎そうそう!だから、その反動で、今まで生きてきたなかで一番聴いたのって、多分、マーヴィン・ゲイだと思いますよ。だって、私、アルバムをすり切れるまで聴くっていうアナログ世代じゃないのに、駄目だ駄目だって言われるから、買った時の喜びがすごくて。つい。
──(笑)で、マーヴィン・ゲイとタミー・テレルって恋人ではなかったけど、恋人だと思われるくらい迫真の歌を聞かせるデュエットだったわけだけど、それをやるとなると、兄弟で歌うしかないよね。
林檎そうでしょ?なかなかね、他の誰かと歌うってわけにはいかないですよね。やっぱりね、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの曲を歌うのは、ダイアナ・ロス&マーヴィン・ゲイの曲を歌うのとは違うと思うんですよ。あと、取り敢えず、兄がマーヴィン・ゲイの曲を歌ってるのを、もっと沢山残して欲しいとも思ったし………マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの曲ではもう一曲候補になってた曲があったんだけど、今回はこっちにしました。
──お兄さんの音楽って聴くことはある?
林檎聴きますよ。私、EVIL VIBRATIONっていう兄のバンドが好きなんですけど、要するにあの人はバンドでライヴをする場が欲しいから、曲を書くっていう感じだと思うのね。だから、曲が立って欲しいとか私みたいにコンセプトありきの考え方をしてなくて、自分の居場所としてバンドがあるのではないでしょうか。兄のバンドは大好きですよ。でも、兄ってわざとらしいダイナミクスがある曲を歌うのが恥ずかしいらしくて、かたや私は恥ずかしいことも、キャラクターを仮定して楽しむ質だけど、兄はそれが厭みたい(笑)。だからこそ、こういう曲を一緒に歌って欲しかったんです。


08.starting over

──カメパクトDISCのビートルズに対して、モリパクトDISCはジョン・レノンの「STARTING OVER」だね。
林檎この曲は最近になって入れようと思った曲で、それまでは全く候補に挙がってなかったんですよ。「YER BLUES」にしてもそうだけど、ジョン・レノンって曲中でしゃべったりするから、カヴァーしづらいじゃないですか。でも、埼玉の「ジョン・レノン・ミュージアム」に行ったら、この「STARTING OVER」が遺作っていうことを知って、この曲は外せないや、と。だって、遺作で「STARTING OVER」ですよ!すごい、それって悲しいじゃないですか。
──皮肉というか。
林檎もともと好きな曲だったし、それにドラマの主題歌になったこともあるみたいだし、日本人には耳慣れた曲かなっていう理由もあり。
──でも、この曲にキーボード中心のアレンジって、ちょっとあり得ないよね。
林檎でしょ? ジョンの曲って全部そうなんですよね。けど、ギターを使っちゃ駄目って言って(笑)。
──それは難題だと思うよ。
林檎「えっ、この曲でギターなし?」っておっしゃってましたからね(笑)。
──でも、素晴らしいアレンジで仕上がったじゃないですか。
林檎もう、あのメロディだけでいいでしょっていうことでね。
──音の抜き差しを工夫して、メロディが浮かび上がる感じになってるもんね。
林檎そうですね。この曲はね、やっぱりつるっと歌いたかったので。
──そのつるっと歌いたかったのは、さっきも言ってたようにこの曲ってやっぱり悲しいエピソードがあるし、そのエピソードを知っちゃうと、そのことを切り離して聴いたり出来ないじゃない? だから、そういう事を考えると、林檎ちゃんがこんな風につるっと歌うことで悲しいエピソード抜きにこの曲を音楽として楽しめる気がするんだよね。
林檎そうそう。単純にこの曲っていい曲じゃないですか。そういう部分で、とにかく神話的なものを除外したところでやりたかったんです。それはニルヴァーナしかりなんだけど、果たして次の世代のリスナーがこの曲を聴くときに神話が必要なのかなって思うし、ジョンの意図を考えるなら「音楽」っていうことでいいんだと思うんですよ。だから、音楽としての魂があればいいなっていうことを思って歌いました。


09.子守歌

──これはもともと詞がない曲だよね。
林檎これは詞とか歌メロがなくて……だから、この曲は要するにサンプリングっていう考え方ですね。あの、ショパンのピアノ・ワルツのある部分を切り取って、それをループさせて、そこに私の付けた詞と歌メロを乗せてるんです。でも、この曲、実は既に発表してて、『性的ヒーリング ~其の弐~』で「くらしにやすらぎの明るさを~」っていう電球を交換するCMがあるでしょ?あそこで使われている曲をあらかじめ録っていて、その曲にまた新たに詞を付けた曲なんです。
──この曲はオリジナルといえばオリジナルですが。
林檎そうですね。サンプリングっていうことではラップみたいな、リスペクト!ショパン!みたいな感じで(笑)。
──この曲の頭でおもちゃのガラガラが鳴ってるじゃない?あれって、ヘッドフォンで聴くと気持ちいい音だね。
林檎あれは18くらいの時に学芸大の駅前のおもちゃ屋さんで見つけて、音が気に入ったので買って持ってたんですよ。で、それは『勝訴ストリップ』のレコーディングでパーカッションのASA-CHANGにどうしても欲しいって言われて、手ぬぐいと交換したんですよ。
──手ぬぐいかぁ。ASA-CHANGらしいよね(笑)。
林檎(笑)だから、同じものをすぐに買ったんですけど。あの音、いいですよね。
──久しぶりのオリジナルは作ってみていかがでした?
林檎まぁ、でも、この曲はボーナス・トラックなんで、そんな大袈裟なものでもないんですけど(笑)。
──この曲はお子さんに向けて(笑)?
林檎そうですね。あの詞ってすごい吟味したんですよ。限られたメロディだから何番も作る必要がないと思ったし、子守歌って全部さり気なかったりするでしょ。で、そこですごく考えたのが、子供が実際に生まれてから、親ってカメレオンみたいな在り方が理想だなって考えてて。「これがいいんだ」って押しつけるのは違うじゃないですか?だから、一言一言が怖いなって思ったんですよ。だって、初めは親しかしらないし、その言葉にすごく支配されるだろうし。だから、この曲はさり気なくても嘘は言いたくないし、それでいて泣きやんで欲しくもあるしって思って。例えば、デパートとかで「ほら、お店の人が怒ってるから、泣いてると、また怒られちゃうよ」って言うのは違うじゃないですか。何故、ここでうるさくしてたり、遊んでたりしちゃいけないのか、その本当の理由をどう言うかっていう場面があると思うんですけど、それと同じく子供を寝かせる時の言葉も難しいな、と。でも、あれこれ考えた挙げ句、何故寝ないといけないのかっていうことまで考えちゃって(笑)。
──(笑)
林檎でもね、うちの子は今のところはコテンと寝るからいいんだけど。とはいえ、CDに残っちゃうから、嘘を付かない親でありたいってことを私なりに考えてたら、結構考え込んじゃいました。
──それってつまり、子供と同じ目線に立つっていうことだよね?
林檎そうそう。だから、思い出して見ると、何でうちの親は朱里エイコのカセットテープを隠してたんだろうって(笑)。でも、私、こっそり聴いてて良かったな、と(笑)。