[4月10日 クラブクアトロ]

 暗闇のステージの両端で揺らめく二つの炎。ここがライブハウスだという事を忘れさせるような幻想的な雰囲気のステージに、赤いシースルーのコート、黒のキャミソール、黒のガーターベルト、黒の編みタイツという悩殺ファッションに身を包み、今やトレードマークとなったティアラを頭にのせた林檎ちゃんの姿が現れた瞬間、フラストレーションが一気に爆発したかのようなもの凄い歓声が巻き起こる…。
 4月10日渋谷クラブクアトロ。林檎ちゃんの記念すべき初のライブツアー「先攻エクスタシー」千秋楽。とは言っても、林檎ちゃんの体調不良の為に仙台でのライブが延期となり、正確には千秋楽一つ前のライブ。アルバム『無罪モラトリアム』の発売直後に体調を崩しライブのリハーサルもままならなかった上に、体調も万全とは言えない病み上がり状態でのライブということで、正直言って「中止になっちゃうんじゃないか?」とライブが始まる直前まで心配は尽きなかった。だが、そんな不安は林檎ちゃんの第一声を聴いた瞬間にどこかへ吹き飛んでしまった。
 林檎ちゃんがオープニングに選んだ曲は、大ヒットとなり椎名林檎の名を一気に知らしめた『ここでキスして。』。普段から林檎ちゃんは「私はアングラなことをやっているとは思っていない」と語っていたが、あえてアングラ演劇を思わせるような演出のステージで、林檎ちゃんの曲の中でもポップな部類に入るであろう『ここでキスして。』をぶつけてきたあたりに、世間からのイメージに対する林檎ちゃんの明確な意志表示を感じさせられる。それと同時に「人間は多面体であり、何でもありなんだ」という、楽曲を通して語られる林檎ちゃんのメッセージがダイレクトに伝わってきた。続いての『シドと白昼夢』では、林檎ちゃんお得意の巻き舌が炸裂。沸き上がる感情を抑えきれないかのようにシャウトする林檎ちゃんのヴォーカルには、CDでは収まりきらなかった人間くさい生々しさが満ち溢れていた。
 あまりに強烈な先制パンチに呆然としているところに『無罪モラトリアム』の最初の曲『正しい街』のイントロが流れると、「今の2曲は白昼夢で、これから本当のライブが始まるのではないか?」という錯覚に捕らわれてしまった。そほどまでに初っぱなからインパクトが強いライブで、ステージで歌う林檎ちゃんは美しく妖しいオーラを放っていたのだ。
 『正しい街』と『茜さす 帰路照らされど…』では高音部分で声が出なくなり、「やっぱり本調子じゃないんだな」と不安がぶり返して来たが、苦しそうな表情を浮かべながらも必死に歌う林檎ちゃんを、テクニシャン揃いのサポート・ミュージャン達が強力にバックアップ。特にパワフルなドラミングは圧巻だった。そして、本日最初のMCへ。
 「渋谷エクスタシー!あい~ん!」…。それまでのシリアスなライブの展開をぶち壊すようなMCが何とも林檎ちゃんらしくて思わず苦笑いしてしまった。血気盛んな男子からの「揉ませて~!」の声にも全く動じず「揉んで~!」と切り返すあたりは、林檎ちゃんの真骨頂。博多弁丸出しのMCで観客を煽るだけ煽っておいて、しっとりとしたジャジーなナンバー『すべりだい』へ。そして間髪入れずに、今回のライブでの目玉と言える新曲『罪と罰』を披露。病床に伏していた時に作ったという『罪と罰』は、オルガンの音色が印象的なズッシリと重たいバラード調の楽曲。息苦しほどの密室感を感じさせる歌い出しから、サビで開放されるキャッチーなメロディーへのドラマチックな曲展開には、背中が震えるほどのカタルシスを感じた。名曲である。もんの凄い名曲である。自己嫌悪の塊になっていたであろう病の縁から、林檎ちゃんはとんでもない名曲を引っさげて我々の元に帰って来てくれたのだ。
 「私としてはシングルの頭にしたいんだけど、会議とかでダメだって言われそうなので、みなさんの力で圧力をかけて下さい。to EMIに(笑)」と、『罪と罰』のシングル・リリースをアピールする林檎ちゃん。そんな圧力なんかかけなくとも、こんな名曲をほっとくわけがない!ね?EMIさん。←と、軽く圧力  『警告』『アイデンティティー』と、パンク色の強い曲2連発で会場は一気にヒートアップしていき、ライブではお馴染みの未発表曲『アイデンティティー』ではダイヴ続出。それを冷ますかのように、マドンナの『クレイジーフォーユー』をパンキッシュなアレンジでカヴァー。林檎ちゃんがマドンナをカヴァーするというのは少々意外な感じもしたのだが、そういえば今回の衣装はマドンナを連想させられるような。
 「アルバムを聴いてくれてありがとう。という気持ちを込めて…」とMCを挟んだ後は、『モルヒネ』『歌舞伎町の女王』『積木遊び』『幸福論(悦楽編)』『丸の内サディスティック』と、『無罪モラトリアム』収録曲のオンパレードでアクセル全開。『積木遊び』では、何とも形容しがたい謎の振り付け(あえて例えるなら蟷螂拳か?え、違う?)を繰り出し、『幸福論(悦楽編)』では“日本共産党”を書かれた拡声器でがなり立ててた上に「明日は都知事選や、忘れるなよ~!」のアジテーション付き。う~んパンクだ…。かと思えば、丸の内サディスティック』では、ソウルフルなビートに合わせてムチを振り回したりムチで縄跳びをしたりと、傍若無人ぶりを遺憾なく発揮するトランス状態の林檎ちゃん。そして遂にラストの曲へ。
 「16歳の時の曲なんだけど、懐かしき思いを込めて歌います」の言葉通り、次回シングル曲最有力候補の『ギブス』を思い入れたっぷりに歌い上げて、心地よい余韻を残しながらライブは無事終了した。  だがもちろん、これぐらいでは観客の興奮は収まるわけもなく、当然会場内はアンコールの嵐。アンコールの「もう一回!」の声に紛れて「もう一発!」の掛け声も飛び交う中、「渋谷エクスタシー!もう一発!」と林檎ちゃん再登場。
 「最後に、私がアルバムの中で一番好きな曲を聴いて下さい」と、赤いオモチャのピアノの弾き語りで『同じ夜』を力強く熱唱。オモチャのピアノの儚げな音色が、楽曲の持つ切なさを倍増していた。いつしか会場内は大合唱となっていた。
 「どうもありがとう今日は。気持ち良かったです…」と照れくさそうに笑って、林檎ちゃんはステージを後にした。その後ろ姿が、次の大きなステージに向かっていることを確信しているかのように、いつまでも鳴り止まない拍手の音だけがこだましていた。

●「先攻エクスタシー」4月10日渋谷クラブクアトロ/曲順
 01. ここでキスして。
 02. シドと白昼夢
 03. 正しい街
 04. 茜さす 帰路照らされど…
   MC
 05. すべりだい
 06. 罪と罰(新曲/未発表曲)
   MC
 07. 警告(未発表曲)
 08. アイデンティティー
 09. クレイジーフォーユー(カヴァー曲)
   MC
 10. モルヒネ
 11. 歌舞伎町の女王
 12. 積木遊び
 13. 幸福論〈悦楽編〉
 14. 丸の内サディスティック
   MC
 15. ギブス(未発表曲)
 EC 同じ夜




〈TEXT:ツダケン/unga! 編集部〉