『椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常』オフィシャル・ライブレポート
「椎名林檎、2018年の『椎名林檎(生)林檎博 '18 -不惑の余裕-』以来となる5年ぶりの全国ツアー『椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常』」と書き出してみて、まずはため息をついてしまう。「椎名林檎」が結果的にこれほど長期間にわたってステージから遠ざかるのは2008年(『椎名林檎(生)林檎博 '08 ~10周年記念祭~』)から2013年(『椎名林檎十五周年党大会 平成二十五年神山町大会』)にかけて以来のこと。もっとも、ちょうど10年前となる当時のインターバルは「東京事変」が最も精力的にライブ活動をしていた時期だった。今回のインターバルには「東京事変」としても2020年に中断したツアーがあったのみ。2018年の時に中学1年生だった子どもたちは、今ではもう高校3年生である。
とりわけ2020年からの3年間は、椎名林檎がこれまで数々の曲で歌ってきた「自由」の意味に、改めて気付かされずにはいられなかった。いや、「改めて」なんて知ったかぶるのはよそう。これまで彼女が執拗かつ丁寧に言葉にしてきた「自由」の尊さを思い知ることばかりだったこの期間、椎名林檎の表現への信頼は無限に増していくばかりだった。ツアータイトルにある「諸行無常」は、般若心経で始まる現時点での最新アルバム『三毒史』のオープニングトラック「鶏と蛇と豚」を受けてのものでもあるのだろうが、ありとあらゆるパフォーマンス芸術が「不要不急」との謗りを甘んじて受けてきたこの3年間を経て、「彼奴等と知る諸行無常」とするその腹が据わった気概こそが、今回のツアーの本懐であったに違いない。
バンドのメンバーは林正樹(Piano, Key)、鳥越啓介(B)、名越由貴夫(G)、佐藤芳明(Accordion)に加えて、椎名林檎のツアーは今回が初参加となる石若駿(Dr)。セットの主軸となったのは『三毒史』の収録曲や、近年の他アーティストへの提供曲。つまり、アニバーサリーライブ(今年はデビュー25周年)でも久々の顔見世的ライブでもない、アクセル全開フルスロットルの「最新の椎名林檎」ライブだ。さらに、昨年末にリリースされたばかりの『百薬の長』がリミックス・アルバムという位置付けにとどまらない「最新の椎名林檎作品」であったことを示す、いくつかのリアレンジ曲が鮮烈なインパクトを刻みつけていく。砂原良徳リミックス「JL005便で」のマシナリービートに石若が狙い澄まして生ドラムを重ねていく瞬間や、大沢伸一リミックス「意識」でのビジョンを通したバーチャルなものであることを忘れてしまうようなDaokoとの有機的な共演は、間違いなく前半のクライマックスだった。
ツアーの過程でセットリストにはいくつか変更があったが、ツアーファイナルとなった5月10日東京国際フォーラム公演では、 高畑充希に提供した2022年の楽曲「青春の続き」、椎名林檎自身によるピアノ弾き語りでの「同じ夜」、そしてアンコールの最後には「ありあまる富」が披露された。いずれも永遠に目に焼き付けていたくなるような名演だったが、かつて栗山千明に提供した「青春の瞬き」、そして最新シングル『私は猫の目』のカップリング曲「さらば純情」にも連なる、椎名林檎による三人称的青春シリーズの頂きと称したくなるマスターピース「青春の続き」には、その慈愛に満ちたリリックも相まって、演奏中ほとんど息ができなくなるほど食らってしまった。
もう1曲特記しておきたいのは、「長く短い祭」「緑酒」「NIPPON」と会場全体が天井知らずに盛り上がっていく終盤パートに入る直前、林正樹のピアノをバックにさりげなく、でもしっかり重点を置いて披露された、同じく2022年の楽曲「いとをかし」だ。Cメロの印象的なライン《仕様がないとは決して考えないし/不要不急と言う概念もない/万事便利なだけじゃ勿体ないし/風情を重んじたい許して給も》の前半がこの「3年間」への椎名林檎からの一つのアンサーであるだけでなく、その後半に込められた現代社会批評には今回のツアー、ひいては椎名林檎の表現のエッセンスが詰まっているのではないか。言い換えるなら、人々から「贅沢」や「浪費」と呼ばれる生活や人生の余剰にあるものにこそ、本物の価値や美徳が宿っているのだということ。二つのコートを一つに縫い合わせたモッズコート、そのインナーの手編みのモヘアセーターとオートクチュールランジェリー、パッチワークテキスタイルを用いて仕立てた百徳の羽織、チャンピオンマント、パジャマ、ランジェリーを解体し再構築したドレス、そしてアンコールでのジャージと、今回初めてアーティストのツアーで衣裳を手がけたデザイナーの神田恵介によるコスチュームも、そんな「思想」を雄弁に体現していた。
アンコール最終曲「ありあまる富」を歌い終えると、椎名林檎はまるで「お楽しみはこれから」とオーディエンスに伝言を残すかのように、手をひらひらさせながら下手の舞台袖へと踊るようにはけていった。終演のビジョンに映し出されたのは、この日、拳を突き上げて高々と歌い上げられた「人生は夢だらけ」のリリックからの引用でもある「うばわれるもんか」「わたしはじゆう...」という文字。今回のツアーで初披露された新曲「私は猫の目」。その仏語タイトルは「Je Suis Libre」(私は自由)だ。
(宇野維正)
SET LIST
- 01. あの世の門
- 02. 我れは梔子
- 03. どん底まで
- 04. カリソメ乙女
- 05. 走れゎナンバー
- 06. JL005便で
- 07. 青春の続き
- 08. 酒と下戸
- 09. 意識
- 10. 神様、仏様
- 11. TOKYO
- 12. 天国へようこそ
- 13. 鶏と蛇と豚
- 14. 同じ夜
- 15. 人生は夢だらけ
- 16. 仏だけ徒歩
- 17. 私は猫の目
- 18. 公然の秘密
- 19. 女の子は誰でも
- 20. 胸いっぱいの愛
- 21. いろはにほへと
- 22. 命の息吹き
- 23. いとをかし
- 24. 長く短い祭
- 25. 緑酒
- 26. NIPPON
- EN 母国情緒
- EN ありあまる富
starring 椎名林檎
key 林正樹
bass 鳥越啓介
drums 石若駿
guitar 名越由貴夫
accordion 佐藤芳明