椎名林檎ツアー
『生林檎博'24-景気の回復-』オフィシャル・ライブレポート
「地球の皆さん、ごきげんよう」。6年ぶり4度目の「(生)林檎博」にして、「(生)林檎博」としては過去最多の全国10公演が開催された今回の「(生)林檎博'24-景気の回復-」。オープニングを飾った「鶏と蛇と豚」の演奏中、UFOから出て来たタラップに乗り、地上へ文字通り「降臨」した椎名林檎は、そう一言だけ挨拶すると、そこから約2時間のショーを通してアリーナを圧倒し続けた。
バンドメンバーは昨年のツアー「椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常」から引き続き名越由貴夫(G)と鳥越啓介(B)と石若駿(Dr, Perc)、そこに伊澤一葉(Key, G)が加わり、まるで巨大なクレーターのようにステージの中心に設けられたオーケストラピットには「(生)林檎博」ではお馴染み、斎藤ネコ(Cond)率いる銀河帝国軍楽団がズラリと並ぶという鉄壁の布陣だ。
2008年の「10周年記念祭」、2014年の「年女の逆襲」、2018年の「不惑の余裕」。思えば、これまでの「(生)林檎博」は椎名林檎を一人称とするアニバーサリー的サブタイトルが掲げられてきた。翻って、今回の「(生)林檎博'24」では「景気の回復」と、あたかもこの国、あるいは様々な危機に瀕しているこの惑星に奉仕するかのようなスローガンが掲げられている。東京の夜景をバックにそのタイトルがスクリーンに大きく映し出され、いよいよその核心へと突入していくのが4曲目の「静かなる逆襲」。SISの2人を従え、ジェームス・ブラウンのソウルレビューよろしくマントを脱ぎ去って、「地球外生命体」として現れた椎名林檎は、ここで浮き世に着地する。
序盤のクライマックスとなったのが、そこからの「秘密」「浴室」「命の帳」「TOKYO」の流れだ。SISともどもミウッチャ・プラダやアレッサンドロ・ミケーレのアイコニックなコレクションを身に纏って踊り明かす「秘密」と、ダンスビートが強調された「浴室」のいかがわしさを経て、ステージの真ん中で仰向けに寝そべったまま歌い上げられた「命の帳」。そして、荘厳なオーケストラサウンドをバックに絶唱したのち奈落へと落ちていった「TOKYO」。そこでようやく思い至った。「景気の回復」の「景気」とは、必ずしも経済活動としての「景気」のことを表しているだけでなく、一人の女、ひいては一人の人間としての生きる力のことなのだと。
貝の中に横たわる人魚として、再び人あらざる者としてステージに出現した椎名林檎。前世を回想するかのような「さらば純情」、弦カルテット&日本語詞というDoughnuts Holeによるオリジナルを想起させるバージョンで再現された「おとなの掟」に続いて、「(生)林檎博」ではお馴染みとなった実子(今回は「新若旦那」こと次男)によるナレーションコーナー。そこで家庭内の微笑ましい情景が明かされたのちに演奏された、レベッカによる1988年のヒット曲「MOON」のカバーと、その続編として書かれたという「ありきたりな女」のあまりに生々しいエモーションたるや。ちなみに、「MOON」のオリジナル版において当時バイオリン・ソロを務めていたのは、今回のステージでタクトを振る斎藤ネコその人だった。
「MOON」と「ありきたりな女」から母と娘というテーマを引き継ぎつつ、勇ましいブラスセクションと共に母であることの業を生の讃歌として響かせた「生者の行進」。11月24日のさいたまスーパーアリーナ公演ではクイーンの風格を纏ったAIもステージに召喚、大地を照りつける太陽をバックにレオパード柄の衣装で仁王立ちした二人が並ぶ、圧巻のパフォーマンスでアリーナを完全制圧してみせた。やがて、巨大スクリーンの太陽は月に覆い隠されて日食に。伊澤一葉のピアノトリオ・あっぱ名義の曲をリアレンジして新たなリリックがのせられた「芒に月」は、今回の「(生)林檎博'24-景気の回復-」が初披露。SISの2人と一列になって華麗にチャールストンのステップまで踏む椎名林檎。ここでショーは折り返し地点を迎えて、続く「人間として」から本格的に『放生会』における最新モードが展開していった。
『放生会』への参加に続いて「(生)林檎博'24-景気の回復-」の全公演に帯同したのは中嶋イッキュウ、Daoko、もも。3人のミューズたちは『放生会』におけるそれぞれの客演曲だけでなく、中嶋イッキュウは拡声器を手にパンキッシュな「自由へ道連れ」、Daokoは岩崎良美「タッチ」のキュートなカバー、そして全員勢揃いしての本編ラストの大団円「私は猫の目」と、客演というよりも完全なるクルーの一員として、むしろ椎名林檎をリードするようにステージ上で火花を散らしていく。
巨大LEDスクリーンのフル活用した映像演出(「ドラ1独走」「タッチ」「青春の瞬き」の舞台となった球場ではスクリーンの中に電光掲示板まで登場。そこにはちゃっかりスポンサー広告まで)、次から次へと繰り出されるリアル客演と映像内のバーチャル客演、「ほぼ水の泡」の終盤に満を持して登場した『放生会』のアートワークそのままの巨大な招き猫、そして「私は猫の目」でその招き猫の目から放たれるレーザービーム(中嶋イッキュウとDaokoのやりとりでは「景気回復ビーム」と名付けられていた)。完全にお祭り状態となっていくステージ上の狂騒を呆然と眺めながら、「(生)林檎博」が「(生)林檎博」である所以、その真髄に、全身を委ねてあやかるしかなかった。
アンコールの「初KO勝ち」と「ちちんぷいぷい」は、ここまであまりの完成度の高さと驚愕するしかない演出の連続ゆえに封印されていた、椎名林檎とオーディエンスのコール&レスポンス・タイム。スクリーンの中ののっちにダウンを食らった椎名林檎に、「立ち上がれ!」と奮起を促すコールを煽るのはSISの役割だ。そして、「初KO勝ち」での勝利宣言に続く「ちちんぷいぷい」では、オーディエンスから万感を込めた“RINGO” コールが巻き起こった。
エンドロールで流れた「2◯45」のディストピアSFのような映像とそのリリックは、冒頭の宇宙船演出の伏線回収と言っていいだろう。今から約20年が経過して、もし地球上からすべての「人間らしさ」が消え失せてしまったとしても、誰かの肌や心に触れた時の実感、そしてその大切な記憶が、そこから回復する手がかりとなる。きっと20年後も、「(生)林檎博'24 -景気の回復-」の記憶は我々を回復へと導いてくれるに違いない。
(宇野維正)
SET LIST
「生林檎博'24 -景気の回復-」2024年11月24日 さいたまスーパーアリーナ
- 01. 鶏と蛇と豚
- 02. 宇宙の記憶
- 03. 永遠の不在証明
- 04. 静かなる逆襲
- 05. 秘密
- 06. 浴室
- 07. 命の帳
- 08. TOKYO
- 09. さらば純情
- 10. おとなの掟
- 11. ご挨拶~MOON
- 12. ありきたりな女
- 13. 生者の行進
- 14. 芒に月
- 15. 人間として
- 16. 望遠鏡の外の景色
- 17. 茫然も自失
- 18. ちりぬるを
- 19. ドラ1独走
- 20. タッチ
- 21. 青春の瞬き
- 22. 自由へ道連れ
- 23. 余裕の凱旋
- 24. ほぼ水の泡
- 25. 私は猫の目
- =アンコール=
- 26. 初KO勝ち
- 27. ちちんぷいぷい