「実は昨年から、次のアルバムは『SURF & SNOW VOLUME TWO』にしようと準備を進めていました。『SURF & SNOW』(1980年)の40年振りの続編として、バーチャル・リアリティによる近未来型の“脳内リゾート”をテーマに、部屋に居ながらにしてチルアウト気分やリゾート感覚を味わってもらおうと。でも、そんなムードも新型コロナによって吹き飛んでしまいました」
「4月、5月は家から一歩も出なかった。アーティストとしては全く機能していなかったし、何よりも人と自由に会えないことが本当に辛かった」
「4月、5月は家から一歩も出なかった。アーティストとしては全く機能していなかったし、何よりも人と自由に会えないことが本当に辛かった」
「色彩が様変わりしてしまった世界を見て、後の世界史に刻まれるであろう、この未曾有の年の思いを、しっかり記録しておくべきだと思い直しました。何より、このまま音楽を作らないと私自身の心身がおかしくなってしまうと気付いた。創作は自分を見つめる作業。たとえ苦しくても、自分を見つめないと、未来も見えてこない。たとえ発狂のリスクがあるとしても、自分の奥底に深く潜って、何かを掴み取りにかからなければ。誰よりもまず私自身のために」
「製作中、時々、突き上げられるような不安から泣きそうになる場面もありました。それでも、このアルバムを通じて、私は私自身を立て直したのだと思います。きっと時を経ても思い出すレコーディングとなりました」
「私の母が今年100歳を迎えまして。調べてみると、100年前の1920年(※大正9年)とその前後の頃に、スペイン風邪、恐慌、アントワープ・オリンピックなど、2020年との共通項が幾つも見つかって。そこからイメージが広がっていきました。2曲目の「ノートルダム」には、昨年のノートルダム大聖堂の火災、そしてコロナ禍が強く作用しています」
「STAY HOME中、あらためて「方丈記」、「枕草子」、「徒然草」といった古典に触れました。今に通じる言葉、学生時代から知っている言葉。その沈澱が反映されたのでしょうか。どの曲の歌詞にも、強く伝えたい行が必ずあります」
「昔から私のソングライティングのスタイルはメロディ先行型ですが、今回の「What to do ? waa woo」と「REBOON 〜太陽よ止まって」のメロディは、松任谷(正隆)が打ち込んだシーケンシャルのトラックを聴いてから書き始めました。ある意味、今時の作り方と言えるし、コライトっぽくもありますね。演奏には、「70~80sのジャジーなポップロックを表現してほしい」という松任谷のリクエストから、私たち二人が最も信頼を寄せている最高峰の布陣に参加してもらいました。私たちも彼らも常に最新の音楽を聴いているので、懐かしいアプローチも今日的な新鮮味で曲に落とし込める自信があります」
「2020年の記録ですが、決してネガティブではない。そこにポジティブな思いと、尚も音楽的な成長を求める私たちの姿勢を感じ取っていただきたい」
「結果として、“会えない”前提で互いの関係性を俯瞰で見ている曲が増えました。そもそも昔から私の音楽は「一緒に暮らしている物語」をあまり求めていないのかもしれませんが、やはりこの世相で“メメント・モリ”がより強まりました」
「私は荒井由実名義の時代から、私のために、私の物語を書いてきました。そして、光栄にも、その多くは皆さんの“私の物語”にもしていただけました。自分自身が本気で感動する音楽を作れば、きっと多くの方々にも響くはずだという思いで作りました。いまアルバムを出すという行為そのものに、これまで音楽をやってきた自分なりの姿勢を反映させたつもりです。だから今年中のリリースにこだわりました。明確なメッセージこそ歌ってはいませんが、もし、このアルバムの曲から様々な死生について考えていただけたら、そこから前を向いて元気になってもらえたらうれしいですね」
「この時代、いつどうなるか分からない。だから、たとえ最後のアルバムになっても胸を張れるようなクオリティを目指しました。きっと私たち人間には愛しか残らない。そして私には音楽しか残らない。願わくは100年後を生きる人々がこのアルバムを聴いて「かつて日本のシンガーソングライターが、コロナ禍の当時、こんな音楽の記録を残していたのか」と感じてもらえたら」
『深海の街』。激動の2020年を確かに生きた松任谷由実の、そして私たちの証として。
(インタビュー&テキスト:内田正樹)