そして、彼女はレコーディング技術を駆使したエポック・メイキングな大作にして一大傑作であるアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』を完成。悪魔のクロスロードに立っていた彼女が、現在へと続く道を選び、未来へ向けて、確かな足取りで進んでいることは皆さんよくご存じだろう。
シングル・カップリング曲を集めた2枚組アルバム『私と放電』とシングル・ベスト的な内容であるビデオ・クリップ集『私の発電』では、そんな彼女の歴史を音と言葉、そして映像から感じ取ることが出来る。『私と放電』に収録された全22曲は一人のアーティストによる楽曲としてはあり得ないほどにカラフルで、古今東西の様々な音楽が横並んだ世代ならではのオルタナティヴな感性が極めて高い完成度で結実している。そうした楽曲からは、くるりやナンバーガール、あるいはスーパーカーといったバンドと同じ'98年にデビューを果たした彼女が図らずしてまとっていた時代感を読み取ることも可能だ。
「当時の色んな現象を一つ一つ見ていくと、“どんな原因で今の音楽産業が低迷しているの?”っていうことよりも、“私たちがデビューさせて頂いた当時、何であんなに音楽シーンが栄えていたの?”ってことを思うんです。デビュー当時はシーンというか、作品そのものが活き活きしていたと思うんです。あんなに沢山のエポック・メイキングな作品がリリースされていた状況こそ奇跡だったんだなって今となっては思いますね」
一方のシングル・ビデオ・クリップ集『私の発電』は、椎名林檎とプロデューサーの亀田誠治、そして、日本を代表する一流ミュージシャンが生み出した楽曲のエヴァーグリーンな魅力を再認識させると同時に、椎名林檎ブランディング・チームの斬新な発想とユーモアが美しい映像美に結実していることを眼前に映し出してみせる。
「ただ、この10年を振り返ると、そんなに長く仕事をしていた気がしないんです。それに私は継続していることが尊いとはあまり思わないです。限られた生命を全うするなか、いいものが1作でもあれば、その誕生こそが素晴らしいと思うんです。だから、もし、誰かにこの10年の作品で“この曲がいい”って感じて頂けるものが書けていたのだとしたら、もう充分に幸せです。自分で“すごい曲と出会っちゃった”って思える曲が死ぬまでに1曲でも書けたらいいなと切望するこの気迫で毎日精進していきたいと思っておりますので、もし、そんな1曲があったら、褒めてやってください」
椎名林檎の10年。それはこの原稿ではとても語り尽くすことが出来ない美しい一大叙事詩のようなものである。そのストーリーの行方を想像しながら、音と言葉、そして映像にじっくりゆっくり浸って頂きたい。 |