ふわりと繭がかかったエルクの角、もしくは雲の上に伸びた樹木の枝を思わせる自然界にあるものをモチーフに据えたヘッド・ドレスとモスグリーンのロング・ドレスを合わせた衣装で登場した彼女。歌と時にギターやキーボードを交えたパフォーマンスを通じて、10年の成長を披露しながら、無駄なものを脱ぎ捨てて、オーディエンスとの距離を縮めていった。志は高く、間口はどこまでも広く大きく。そして、表現の濃度を薄めることなく、大会場を満たした彼女の音楽は、歓声や拍手を忘れてしまうほどにオーディンエンスをつかみ、離すことはなかった。
美しく抑制の利いたステージ・デザインとキャリアを総括した映像。そのナレーションに7歳の愛息を起用したのは、これまで仕事とプライベートをはっきり分けてきた彼女が、私人の立場からリスナーに伝えたかった感謝の念からだろう。さらにはダンス・カンパニーのイデビアン・クルーから招聘した女性ダンサー４人、実兄の椎名純平を招き、彼女なりのメッセージを込めながらデュエットで歌われた「この世の限り」とマーヴィン・ゲイ＆タミー・テレルのコピー「玉葱のハッピーソング」、そして、東京事変「御祭騒ぎ」をラテン・リズムに乗せて総勢80名による阿波おどり。そうした素晴らしい演出の数々は主軸にある音楽と見事に調和しながら、音楽制作を始めた10代、その世界を壮大に広げた20代を経て、去る11月25日に30歳の誕生日を迎えた彼女のキャリアを美しく彩っていった。
しかし、7歳の時に作った処女作「みかんの皮」と新曲「余興（仮）」で過去と現在をつなぎながら、彼女は歌う。音楽は高尚なアートではなく、余興なんだと。いつまでも終わることのない最高の余興。そこに身を投じ、燃やす彼女の途方もない情熱がジャンルを超え、年齢や性別を超えて伝わっていくのだろうし、その高い熱はこのDVDからも感じ取ることが出来るはずだ。ようやく10年、まだまだ10年。椎名林檎は頭の中で鳴り続ける最良の音楽を追い求め、その歩みは'09年も真っ直ぐに続いてゆく。
小野田雄
|
