「僕の身体から心を少しずつ剥がして 君に渡して その全部をあげるから」
ヨルシカの「左右盲」の歌詞には、そんなフレーズがある。アコースティックギターの優しい響きと共にはじまるミドルバラードのこの曲。ゆったりとした美しいメロディに乗せて、suisの透明感あふれる歌声が「剣の柄からルビーを この瞳からサファイアを 鉛の心臓はただ傍に置いて」と歌う。
昨年から続く文学オマージュ作品の一貫として作られたこの曲。モチーフにしているのはオスカー・ワイルドの「幸福な王子」だ。物語に登場するのは、宝石と金箔で飾られた銅像の王子と、エジプトに向かう旅の途中の一羽のツバメ。像の足元で身体を休めたことをきっかけに王子に出会い、街中の貧しい人たちのために剣の柄のルビー、両瞳のサファイア、身体に貼られた金箔を配るよう懇願されたツバメは、街を飛び回りその願いの一つ一つを叶えてゆく。そのうちに凍える冬になり、最後にツバメは灰色のみずぼらしい姿になった王子の唇にキスをして息絶える。
Text:柴那典/音楽ジャーナリスト
王子が像の身体に貼られた純金を一枚一枚と失っていくように、この曲の主人公の“僕”も、大切なものを少しずつ失っていく。“君”のことを上手く思い出せなくなっていく。n-bunaは「相手の顔や仕草を少しずつ忘れていくことを左右盲になぞらえて書いた楽曲です」とコメントしている。右と左の判別がとっさにできなくなってしまうように、昨日までは当たり前だったことが、記憶から消え去っていく。その切ない情景が曲の一つの柱になっている。曲中でsuisが「あれ、それって左手だっけ」と歌う瞬間にハッと時が止まるような感触がある。
そして、サビでは「一つでいい」と何度も繰り返し歌われる。「散らぬ牡丹の一つでいい」「夜の日差しの一つでいい」。でも、散らない牡丹も、夜の日差しも、この世の中には存在しない。決して手に入らないものを乞い願う言葉に続けて、“僕”は一人残された“君”へと思いを伝えようとする。そんな痛切な心の動きが曲のもう一つの柱になっている。
幸福とは何だろうか――。多層的な読み方のできる「幸福な王子」の中で、オスカー・ワイルドは、そんなテーマに向き合っている。ヨルシカはそれを受け取り、今の時代に、音楽の形でその問いを投げかけている。
ヨルシカ「左右盲」
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