椎名林檎『逆輸入 ~港湾局~』

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LINER NOTES

 ——時に“逆輸入"されたプロダクトにはレアなものが見受けられる。これは対輸出国や生産現地の市場環境や法律に則した生産を行うため、国内規格とは異なる仕様や性能となるからだ。そのため自動車やオートバイ、アパレルや腕時計、家電等に於いて、最大出力が異なるものや、稀少なフォルムやカラーリングのものが生まれる。そう、つまり好事家にとって“たまらない掘り出し物"との遭遇が、しばしば起こるのである ——
 デビュー15周年を迎えた椎名林檎の記念パッケージは、その波乱の歴史とは裏腹に極めて整然としている。昨年リリースされた『浮き名』、『蜜月抄』といい、今年3月にリリースされた『党大会平成二十五年神山町大会』といい、いずれも彼女の音楽性を総括しつつ、新たな魅力の発見に繋がる優れた機能美さえ備えていた。
 だが彼女には待望する多くの声を耳にしながら、これまで着手してこなかった或るテーマがあった。それは自身が他のアーティストへ提供してきた楽曲を歌う“セルフカバー・アルバム"だった。
「そもそも提供曲とは、あくまで先様からのオーダーにお応えして、精一杯の支度を揃えてお渡しした、唯一のものです。でも本当にお客様からのご要望が多かったので、ライブのアンコールに、人気の高い曲を演奏するような、そんな感覚で、15周年リリースの締め括りにご用意させていただきました」(椎名)
『逆輸入~港湾局~』。それは満を持して放たれる待望の一枚である。コンセプトは、錚々たるアーティストへ提供した 11曲のアレンジを、やはり錚々たる 11人のマエストロが手掛けるというものだ。
 どの曲を選び、誰に託すのか。そこには彼女にとっての“J-POP"という同時代的音楽体験であり、作家としてのマナーであり、延いては今なお進化を続ける現役選手としての生理が反映されている。
「一度は自分の手を離れた曲を歌うのですから、やはり私自身がドキドキするような、新しい要素が欲しいと思いました。そこで言わば私が J-POPを教わった方々や、近年ご活躍の皆様のお力をお借りしたという次第です。私の場合、通常必ず大方の楽器をデモ演奏/録音して、シミュレーションを行った上で、本番の録音に挑みます。要するに或る程度の編曲までを含め“作曲"と認識しています。つまり今回のアレンジャーの方々は、或る部分に於いては、同業者とも言えるのです。だからこそ、自分の手では絶対に得られない、その方の肉体や頭脳や人生でなければ生まれ得ないサウンドのみを戴きたい。そんな期待を以て皆様にオファーいたしました」(椎名)
 彼女の期待通り、全ての曲はアレンジャー各々の采配に則った演奏形態により、ジャズやロック、R&B、エレクトロとあらゆる音楽のフレーバーを内包し、曲によってはJ-POPのエッセンスを散りばめられ、唯一無二の姿に生まれ変わった。その上、提供先でのパフォーマンスとの明確な差別化だって忘れてはいない。
「例えば男性アーティストに提供した曲を英語詞にしたのは、多少男言葉が過ぎる上に、それを女の声で歌ってしまうと、先様のファンが楽曲を御愛顧いただいた際のイメージを崩しかねないと思ったからです。むしろ別物として聴いていただけた方がいいのかなと」(椎名)
 1998年から 2012年までに書かれた曲の全てが、さながら 2014年のオルタナティブなサウンドとして成立している点は、デビュー当初より“作家・椎名林檎"が描いてきた楽曲各々が秘めた、高いポテンシャルの証に他ならない。またそれは“ボーカリスト・椎名林檎"としての破格な器についてもやはり同様である。
「とんでもないことです。作詞と歌唱については相変わらず片手間でお恥ずかしい限りです。仕掛け側としてのコネクションが欲しくて、オリジナル作品でもデビューしてしまったものの、まあ何かと逃げ腰でしたし、まさかここまで続けてこられるなんて、想像もしていませんでした。こんな自分の扱い辛い声で歌を入れた時、曲にどう命が宿るのか、我ながらレシピが分かっているようで分かっていないのでしょうし、未だにそこを見極められないからこそやめられないのかもしれませんね。ただ、子供の頃に思い描いていたような無色透明な曲や、男性が目を背けたくなるような“女による女のための曲"が書けるようになってきたのかな、という手応えは、僅かながらですが感じ始めています」(椎名)
 作家業というスタンスに於ける提供(=輸出)というミッションがあってこそ生まれ、“逆輸入"というアップデートをかけられた 11曲は何もかもがレアで新しい。華美で、キャッチーで、目くるめく感動が矢継ぎ早に襲ってくるこの『逆輸入~港湾局~』には、ポップアルバムとしての理想的且つ究極的な悦楽が満ち溢れている。
 最後に。椎名の提供曲は本作の収録分で全部ではない。しかもタイトルに添えられた“港湾局"には、どこか“たまらない掘り出し物"の続きを期待させる響きがある。だがそこを訊ねても、彼女は悪戯っぽい笑みを返すだけ。「だからこそやめられない」とは、リスナーが椎名林檎に抱いてきた 15年分の感想でもあるのだ。

(内田正樹)

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