いぶくろ聖志 × 神永大輔 × 蜷川べに 『ボカロ三昧2』Official Interviews

いぶくろ聖志 × 神永大輔 × 蜷川べに Official Interviews

――『ボカロ三昧』を出した頃と今の和楽器バンドを3つのワードで説明するとしたらなんだと思いますか? いぶくろ聖志 最初の『ボカロ三昧』は、<冒険><主張><夢>。 ――その心は? いぶくろ 和楽器バンドって初めての形態のチームじゃないですか。なので、音をどういうふうに重ねるのかとか、リハで自分の音が聞こえない、みたいなところからスタートしたんですね。自分の音が聞こえないっていうことは相手にもその音が届いてないということなので、実はレコーディングが終わるまで完成形がわかってなかったんですよ。それが<冒険>。ボカロという人間が演奏する前提でつくられていないものを生演奏でやるというのも<冒険>ですよね。 ――<主張>はどうですか? いぶくろ <主張>というのは、和楽器バンドにはいろんな楽器がいるので、レコーディングでどれだけ自分の楽器と演奏者としてのアイデンティティを詰め込めるかということ。言ってしまえば、和楽器バンドはいつ終わるかわからないような企画としてスタートしていたので、それぞれの楽器が埋もれてはいけないという<主張>がありました。 ――あとは<夢>ですね。 いぶくろ メンバーそれぞれミュージシャンとして10年ぐらい活動をしてきたなかで、自分がずっと走らせてきた列車がやっとレールに乗った感じがするというか。「あ、この先に何かものすごく大きなものがあるかも」って思えるような<夢>があったんです。たとえば、尺八と箏でできることってよくも悪くも推測ができる。だけど、このチームだとどんな形になっていくか想像がつかなかったという意味では<夢>が広がりましたね。

神永大輔 そこにもうひとつ加えるとするなら、『ボカロ三昧』のときは<新しい和を作る>という意識があったのかなと思います。当時のボカロ曲は和を取り入れたものが多くて、そういうムーヴメントに対して和楽器を取り入れた生演奏のバンドで何ができるか、どういう新しい日本の音楽をつくれるのか、という意識があったんじゃないかと思います。
――そこから8年を経て、今の和楽器バンドを象徴するワードはなんでしょう。 いぶくろ <調和><精密><広がり>、かなあ。<調和>っていうのは音もそうだし、舞台もそうなんですけど、8年活動してきた中でメンバーそれぞれがそれぞれの楽器の長所と短所を理解してきて、レコーディングでは町屋さんが誰の音がどこにいるべきかっていうのをある程度ディレクションしている。『ボカロ三昧』のときはみんな遊軍だったんですよ。自分で考えて、好きなところに降りて敵を撃つ、みたいな。 ――あはは! いぶくろ でも今はある程度作戦がある。尺八でお客さんの興味を惹いてる間に思いもしないところから箏が来る、みたいなことだったり。で、そういう全体の<調和>をつくるために<精密>さを大事にしている。『ボカロ三昧2』に至っては、フレーズが細かすぎて個人レベルでの演奏の<精密>さもすごく要求されるようになっています。尺八もピッチとるの大変だよね?

神永 うん。もうこれ以上大変なことはないと思ってたんですけど、『ボカロ三昧2』ではまたそれぞれ限界に挑戦していて、8年前は8年前で限界には挑戦してたんですけど、またここで挑戦させてもらってるなと感じています。
――サイヤ人で終わるかと終わったら超サイヤ人になった、みたいな。 神永 そんな感じですね(笑)。超サイヤ人でいることをいかに当たり前にできるのか、みたいな。

いぶくろ <広がり>は、今回のタイミングでインタビューをしてくださったライターさんが家で『ボカロ三昧2』を聴いてたら、子供さんが「この曲、知ってる!」って言いながら部屋に入ってきたことがあったそうで、そうやって子供が聴いてくれたり、逆に箏とか尺八の音が入ってることで上の世代の方々が反応してくれたりしていて。僕らの曲は幅広い層の方が聴いてくれるのが特徴なんですけど、今ってボカロがマイノリティからメジャーになる変換点じゃないですか。それは、世界規模でマイノリティ文化を受け入れる体勢ができてきたり、違う価値観を受け止める個人の素養ができてきている時代の変化なのかなとも思っていて。そういう時代にこの作品を出せるというのは、8年という時を経たからこそ意味があるのかなと思います。尺八というマイノリティ代表の神永さんはどうですか?

神永 そうですねぇ(笑)、和楽器バンドってそもそもボーダレスな存在だと思うんですけど、最初はそれぞれのルーツであるロックと和をどうやって融合させるかという大変さがあったんです。でも8年の活動の間に和楽器バンドはいろんな音楽に挑戦してきましたし、今のボカロも様々な音楽を内包するようになってジャンルレスな音楽になってきたことで我々もよりボーダレスになっているというか。『ボカロ三昧2』はボーダレスな存在として和楽器バンドが本領発揮できた作品なんじゃないかと思います。

いぶくろ 今回、尺八はギターのフィードバックの再現とかさせられてますからね(笑)。
――ええ!? 神永 あはは!

いぶくろ そういった意味でも、普通にこの作品を聴いていたら尺八だと気づかない場面もたくさんあると思うんですよね。

神永 箏もノイズ的な奏法を取り入れてたり、本来の音域外の音を出しているし。

いぶくろ そうそう。普通に聴いてるだけじゃ気づかないそれぞれの楽器の広がりや遊びを詰め込んでいるから、個人の技法としても<広げた>よね。

神永 そうですね(笑)。
――それにしても、このタイミングで『ボカロ三昧2』とは、まさかの続編でしたよ。 いぶくろ 本当ですか? まあ、でも周りから見てるとそうかもしれないですね。ボカロじゃない方向に舵を切ってる時期のほうが長いので。 ――そうそう。『ボカロ三昧』はあくまでもスタートで、それから先はずっとオリジナル曲を出していくものだと当たり前のように考えていました。 いぶくろ 楽屋話のレベルだと、「『ボカロ三昧2』はいつか出そう」みたいな話はしていたんですよ。

神永 そういう話は常々していて、それがどのタイミングなのかまでは決めていたわけではないんですけど、メンバー8人のバンドが結成8周年という節目を迎えたり、ここ2、3年でボーカロイドが盛り上がっていたり、いろいろな状況を見て「このタイミングでまたボカロやりたいね」という話になりました。
――いつ頃から本格的に動きはじめたんですか? いぶくろ びっくりするぐらい最近ですよ。今年の4月とか3月とか。 ――ええ~!? 神永 4月がデビュー8周年だったので、その前後で何かやれないかっていうことはもともと話していて。

いぶくろ 対面イベントも考えていたんですけど、コロナのこともあって会議の途中で急激に道筋が変わって『ボカロ三昧2』に切り替わったので、2、3か月でつくったって感じですよ、このアルバム。
――すごいなあ! いぶくろ 超ハードでしたよ。いま、自分で言っててもびっくりしました(笑)。選曲会議したのは4月だったし。

神永 この数か月の変化はすごかったですね(笑)。
――音楽に限らず、続編ってハードルが上がるじゃないですか。そして、よくあることですけど、いい結果に終わることがとても少ない。 いぶくろ 「やらなければよかったのに」みたいなことはありますよね。 ――そういう不安はなかったんですか? いぶくろ そういう不安は……考えてる暇がなかった(笑)。 ――あはは! 神永 でも、和楽器バンドのメンバーはみんな思い切りがよくて、「やるならここでしょ!」って気持ちで一致してました。

いぶくろ 「やるならやろうよ!」って感じでしたね。あと、ボカロっていうものがマジョリティになったのもいいタイミングだったと思うんですよね。
――そうですよね。ボカロP出身のアーティストとか、ボカロPの方がJ-POPのアーティストに楽曲提供をすることも普通になってますよね。 いぶくろ 普通だし、それが売れ線になってますもんね。

神永 逆に言うと、このタイミングでボカロをカバーすることができるのは、過去にボカロカバーをやっていた我々ぐらいしかいないのかなって。

いぶくろ そうだね。生演奏でボカロカバーのフルアルバムをつくれるというのは僕たちの強みでもあるので。
――続編って「またやるのか」って思われがちですけど、『ボカロ三昧2』は絶対面白い内容になるはずだと僕は聴く前から思ってました。というのも、『ボカロ三昧』に続く『ボカロ三昧2』ではなくて、あれから8年を経た上での『ボカロ三昧2』だから。この8年の間につくってきたオリジナルアルバムにしても、作品を重ねていく中でサウンド構築の仕方やアプローチがどんどん洗練されて進化していったじゃないですか。そんな人たちが今つくる新しい『ボカロ三昧』がつまらないわけがないって思ったんですよね。で、実際に聴いたら本当に素晴らしかった。 いぶくろ 「トップガン マーヴェリック」みたいなものですね。 ――ああ、まさにそうですね!(ここから蜷川べにが参加) いぶくろ 時間を経て、時代も変わっているからこそ面白さが追加されているっていう。

神永 ずっと応援してきてくださった方は変化がわかるから『ボカロ三昧2』が違うものになるだろうって期待していただけるけど、初めて聴いた方には別の印象があるでしょうね。

蜷川べに それに、8年前に比べてボカロのトレンドもだいぶ変わりましたよね。当時はロックな楽曲が盛り上がっていて、和楽器バンドでアレンジしたらかっこいいものになるでしょうねっていう部分もあったと思うんですけど、今回はデジタルミュージックだったり、ダンスミュージックだったり、「これって和楽器バンドでやれるのかな?」っていう曲が多い。そういうこれまでにないジャンルに挑戦していることもあって、『ボカロ三昧』とはまた違ったものが聴けるんじゃないかと思います。

いぶくろ ボカロの原曲を知ってて和楽器バンドを知らなかったっていう人が聴いても好きになってもらえると思うし、ボカロを知らないで和楽器バンドの続編だからっていうことで聴いてくれた人はボカロを好きになってくれる気がするんですよね。
――作品が出来上がってみて手応えはいかがですか? 蜷川 テクニカル的な部分で私は無理しましたけど、ほかのメンバーもけっこう技術の限界を駆使した作品になったと思います。ボカロはテンポが速くて転調も平気で何度もしてくるんですけど、転調って和楽器勢にとってはしんどいことが多くてそこでけっこう苦労しました。自分のことに関して言うと、普段のライブでは曲によって調弦の違う三味線を6丁持ち替えてるんですけど、今回のツアーに関しては6丁では足らないということで、新たに1丁仕立てて7丁のエレキ三味線で回していこうと思ってます。

いぶくろ 13曲しかないのに7丁も使うんだね(笑)。

蜷川 そう、曲中で持ち替えたりして、コスパは悪すぎるんですけど(笑)。

神永 我々はアルバムを通して聴いてもまだ「うわ、ここでこんなことやってる! ライブでできるかな?」みたいに、自分たちの演奏のほうに気持ちが持っていかれがちなんですけど、これだけいろんな作曲家による人気楽曲が集まった作品なので、やっぱり曲の力の強さは感じますね。

蜷川 曲がいいんだからよくなるに決まってるもんね(笑)。

神永 そうそう。

いぶくろ あと、原曲とは違う音がそれぞれの曲に入ってるんですけど、特に「アイデンティティ」とか「ド屑」は原曲にない要素をたくさん足していて、それは今作で上手くいってるところのひとつだと思います。
――とはいえ、原曲を尊重しているのはすごく伝わってきますよ。 蜷川 すごく細かい音まで原曲に忠実に拾って、それにプラスして私たちの自由演技が入っているんですけど、原曲リスペクトな部分はかなりあります。

神永 『ボカロ三昧』の頃は和のロックが多かったということで、それぞれがもともと持っていた引き出しからそのままぶつけていけた感じはあるんですけど、今回に関してはいまのボカロを好きな人たちがこの曲のどこが好きで、何を大事にしているのかというところまでちゃんと汲み取って、そこにハマるように自分たちができることを詰め込みました。どこなら和風な音を乗せても邪魔じゃないか、どうやったら原曲に対して面白くプラスアルファできるのか、みたいなことを考えながらレコーディングしました。

いぶくろ 今回、町屋さんが原曲のパートの振り分けを考えてくれたんですけど、「いーあるふぁんくらぶ」で尺八に割り振ってるのは冒頭のシンセサイザーのキュイーンっていうところなんです。「そこは尺八っぽくじゃなくて、シンセっぽく再現してほしい」って。あと、「天ノ弱」で町屋さんが指定したのがギターのディストーションだったり、これまで8年付き合ってきた中で「尺八には楽器としてこれができるだろう」と町屋さんが判断して引っ張り出しているところはけっこうあります。箏は高速フレーズばっかり割り振られてるし(笑)

蜷川 そうね。ほかのパートができない細々としたことを割り振られてる。

いぶくろ そんなに引っ張り出さなくても大丈夫ですって感じなんですけど(笑)。

蜷川 でも、曲の中ではすごく大事だよね。
――町屋さんはこれまでは全体をまとめるというのが大きな役割のひとつだったと思うんですけど、今はそういう無茶な注文もするようになってきたんですね。 いぶくろ まあ,たぶん彼の中でそれぞれの楽器に対するイメージが広がりやすくなってきたんでしょうね。「紅一葉」でもバラードとしては珍しくべにが合いの手を入れていて。あれはすごく珍しくて、大変そうだなと思ってるんですけど。

蜷川 大変ですね(笑)。和楽器奏者にもその人がよく使う手というのがあって、それをメンバー同士で把握し合ってるので、「この楽曲に対して大さん(神永)ならこういうアプローチでくるだろうな」とか、「きよぴー(いぶくろ)ならこういう感じだな」って頭の中で組み立てている部分はあるんですけど、「紅一葉」ではいったん原曲どおりのフレーズを三味線で再現するっていうことをやっていて。

いぶくろ そこを取られちゃうと箏ができることが変わってくるので、そういう状態から出てきた面白みというのもある気はしますね。
――アレンジするだけでも大変なのに、そこに自由演技が入ってくるって相当無茶ですね。 蜷川 「ド屑」は自由演技がほとんどです。原曲自体はすごく短いんですけど、中間で和楽器の自由演技の場所をつくってますね。

神永 箏は原曲の細かいフレーズを担うことが多いんですけど、尺八は原曲に役割が見つからないことが多くて。とはいえ、バンドでライブをやるし、1フレーズ2フレーズだけ吹いて終わりでは自分も耐えられないので(笑)、曲にしっかりコミットして、尺八で曲の世界を広げるためにどうアプローチしていくべきか考えました。原曲は音が埋まっていてコーラスも多いのでチャレンジではあったんですけど、これはほかの楽器も同じだと思います。
――今回の作品ってそれぞれの音がうまく溶け合っているから、技術的な難しさがいい意味で伝わりづらいのかなと思いました。 いぶくろ ああ~、そう思います。ナチュラルなんですよね。 ――そう、だからこそ曲のよさがストレートに伝わってくるんですよ。なので、「実はここ、めちゃめちゃ大変なんだよ」というところがあれば教えていただきたいんですが。 いぶくろ べには今回何が大変なの?

蜷川 全部大変だよ(笑)。
――あはは! 蜷川 聴きやすいと言われている盤にライブでどこまで近づけられるかというのが勝負だとは思います。

神永 あとはやっぱり、細かいフレーズなんじゃないかな。細かいフレーズが多いからライブで縦を揃えて正確に演奏しようと思うと大変だろうなと思いますね。

蜷川 結局、全体のアンサンブルが上手く混じり合わないと楽曲として成り立たないものがほとんどだから。

いぶくろ あと、コードの使い方がオシャレな曲が多くて、通常和楽器の演奏ではしないような音の飛び方とか音の使い方をするんですよ。三味線だったら普段しないような運指をしたり、壺の押さえ方をしたり、箏でも押し手がいっぱい入ってきたり。箏に関して確実に言えるのは、「キメラ」のイントロの3回し目だけジャカジャカジャンって16分が入るところがあって、それが人間としてのマックススピード!(笑)
――あはは! 蜷川 そんなこと言ったら「フォニイ」も大変じゃん。

いぶくろ 「フォニイ」はテンポがあと3ぐらい上がってもいけるんだけど、「キメラ」は3上がったら無理。

蜷川 そうなんだ。とにかくテンポが速いから、リズムをキープするのが大変ですね。

神永 テンポが速くて、リズムもタイトで、わりとキメもあったりするから。

いぶくろ しかも、そういうのがわかりにくいところばっかりなんだよねえ!

神永 そうですねえ。

蜷川 あと、ミスを引きずると気づいたら曲が終わってる(笑)。

神永 あとはほとんど聞こえない音なんですけど、「ド屑」の原曲に入ってる電子音でポポポポポポポポっていうのがあって、それを尺八で8小節の間に息をつなげながら演奏しています。そこはもう、無になるしかないです。CDでは絶対に伝わらないところだと思います。

蜷川 あと、「マーシャル・マキシマイザー」とか「いーあるふぁんくらぶ」みたいにみんなが知ってるリフというのがあって、そういうのをしっかり弾き切らないといけないのはプレッシャーですね。

神永 原曲にあるフレーズは特に意識するよね。

蜷川 「吉原ラメント」も最初はそうだったんですけどね。一音でも叩けなかったらどうしよう……って。

いぶくろ 今回はより速いフレーズだから嫌だよね。

蜷川 そう。より高度な上に、誰もがわかるフレーズだからしっかりやらなきゃっていう責任感はあります。

神永 「紅一葉」で尺八はヴァイオリンのフレーズをそのままコピーしているんですけど、かなり本気のヴァイオリンなのでけっこうなチャレンジです。

蜷川 譜面がすごいことになってたよね。

神永 そう(笑)。11連符とか(笑)、5拍子の中でのソロとか(笑)、伝わりにくいけど頑張っているところではあります。
――今作の収録曲って8年前の自分たちに弾けると思いますか? いぶくろ ああ、無理無理! 1曲も弾けない気がする。

神永 無理ですねえ。

蜷川 今までの引き出しあってこそっていうのはすごくあります。

神永 ああ、そうですね。技術的な問題だけではなく、アレンジのアイデアも出てこないだろうし、楽曲をカバーする上でアイデアが出てこないということもたくさんあるんじゃないかと思います。これは8年間いろいろな音楽にチャレンジしてきたなかで培ったものなので。

いぶくろ 8年前だと、「これは実演できないんじゃないですかね」って話になりそう。

蜷川 メンバー内でもカバーする上でのコミュニケーションが上手くとれなかっただろうし、パートの割り振りもできなかったと思う。

いぶくろ チームとしても実現できないし、個人としても「こんなテンポじゃ無理でしょう(笑)」みたいな。それをどうにか工夫していまはできるけど、8年前ならその経験値も足りなかったと思います。
――8年前にこのアルバムを違うチームの作品として聴かされたらどう思います? いぶくろ え~? ひとまず、ほかの仕事を探すんじゃないですか?

神永 あはははは!

いぶくろ だって、追いつける気がしないよね。8年前にこれを聴いたら憧れるかもしれないけど……。

蜷川 人生の選択は変わるね(笑)。


いぶくろ ね!(笑)「この道じゃなかった!」ってなると思う。8年前の時点で10年以上活動してる演奏者ではあったので、そこでこの作品を同世代が出してたらキッツいなと思いますね。「勝てない!」って。むしろ、「本当に弾いた?」って思うよね(笑)。
――「打ち込んだんじゃないの?」っていう。でも、それぐらいの作品ですよね。 蜷川 あと、1作目に比べてずいぶん音がよくなっていて、誰がどのフレーズを弾いているのか集中して聴くと「え、こんなこともやってたんだ!」って楽しめるので、何回聴いても飽きない作品になってると思います。

いぶくろ 音の分離がよくなったよね。

神永 アルバムを通しての感想としてはそれもありますね。「ミックス、めっちゃいいな」って。今回はミックスの力も大きいと思います。それも8年間で培ってきたものですね。

いぶくろ 本当に信じられないぐらい音が詰まってるもんね。コーラスだけで17トラック使ってる曲もあるらしいですよ。
――それはすごい! いぶくろ ギターは重ね録りしてるし、打ち込みの音源もあるし。

蜷川 あとは逆再生とか何かの物音とか。

神永 さり気なくコード感を補強するために鍵盤が入ってて、曲全体に効いてるわけではないんだけど、それがあるかないかで聴感上なんとなく違ったり。

いぶくろ それをちゃんとミックスして、作品としてきれいに調和しているということで強さが発揮されてるんじゃないかと思いますね。町屋さんの経験値も相当上がってるしね。
――町屋さんの進化のすさまじさをそばで見ていてどうですか? いぶくろ 体に気をつけてほしいなって。

蜷川 それだけよね。

いぶくろ 彼は自分を追い込むのが好きだからいいと思うんだけど、今回はスケジュールがタイトだったので、コンディションも整ってないと実現しなかった作品だと思ってるんですよ。だから、体に気をつけてほしいなって。大さん、ほかの面ではどうですか?

神永 今回は本当に集大成だと思っていて、町屋さんも「今の自分を出し切った感がある」と言ってました。で、「またインプットしなきゃ!」って。勉強熱心だから(笑)。

いぶくろ アルバム出すたびに言ってる気がするけど、今回は8年間の引き出しを全部出し切った気がするよね。

蜷川 それはみんなそうだね。町屋さんはいまのペースでがんばっていただければと思ってます。

いぶくろ あはは! 冷たい!

神永 ムチ打ちますね!(笑)

蜷川 いやいやいや! だって、みんなが「無理しないで!」って言っても、やるのは町屋さんだから、自分のペースでやっていただければ。でも、チームなので体だけ気をつけていただいて、って感じですね。
――町屋さんからのアイデアもあると思うんですけど、各自でアレンジする上でロックとかほかの音楽からアイデアを拝借するようなことってあるんですか? 神永 僕の場合は、特定の音楽というよりは電子音とかいろいろな音の引き出しから音を出してみるということが多いです。もともと原曲にないパートを付け足すときの、「じゃあ、ブラスアレンジっぽく入れてみようかな」とか、「ストリングスっぽく入れてみようかな」みたいなアイデアはこれまでにいろんな曲を聴いてきたなかで拾ってきたものなのかなと思っていて。今回は13曲の中だけでも初めて聴く音や使い方がいっぱいあったので、それだけでもすごく勉強になりました。

いぶくろ みんな音楽の好みがバラバラで、なかでも僕はわりと偏屈なほうで、実はJ-POPとか売れ筋の音楽を聴けない人なんですよ。インスト系の音楽とか、あまり売れてない海外のアーティストとか、ワールドミュージックが好き。そういう音楽を聴いてるなかで、他の楽器が「そんなことやってんの? おもしろいな」って思える奏法を使うのが好きですね。あと、僕はここ1、2年でオリジナルの箏、古曲の練習にシフトしてるので、箏の引き出しが深くなりました。「フォニイ」みたいにパキパキとした音を出しながらデジタルなものをイメージさせたり、「紅一葉」みたいに生楽器のよさを出すように練習した曲もあって。だから、「紅一葉」は8年前でも弾けたかもしれないけど、深みは全然違っただろうなと思います。
――通常のロックとかポップスだと「世界のトレンドがこういう感じだから取り入れてみようか」みたいなことがよくありますけど、そういうことって和楽器バンドの音楽には起こりづらいですよね。となると、みなさんの引き出しから出てくるものはなんなんだろうと思って今の質問をしました。 蜷川 時代のトレンドとか盛り上がってるシーンについて私は疎いほうだと思うんですけど、私は4歳の頃から民謡と三味線をやっていて、各国の民謡を聴くのもすごく好きで、ラテンミュージックはずっと聴いてきたし、両親が好きだったこともあって演歌を聴いたりしながら育ってきたので、それにロックを合わせて演奏するということに違和感はないですね。

いぶくろ 言っちゃえば、ロックもアメリカ民謡だもんね(笑)。

蜷川 そうそう、一緒かも。

いぶくろ でも、町屋さんはアルバムの制作に入るまで毎日TikTokにダンス動画を投稿してて、「『ボカロ三昧2』の曲は全部踊った」って言ってました(笑)。
――あはは! いぶくろ そういうふうに時代の流れに敏感な人がいるから、そういう意味ではすごくバランスが取れたチームなのかなって気はしますね。俺は絶対TikTokはインストールしないと思ってるけどね(笑)。

蜷川 なんか踊ってみればいいじゃん。

いぶくろ いやいや(笑)。でも、そういう振り幅があるからこそ出てくるサウンドなのかなって気はします。
――べにさんは最近、ギター、ドラム、ピアノにチャレンジしていますよね。 蜷川 そうなんですよ。突然、「三味線以外の楽器をやってみたことなかったな」と思って。 ――なるほど。 蜷川 コロナになる前は一人旅が好きで、海外のいろんなところへ一人旅に行ってたんですけど、その理由って自分がまだ見たことない景色を見たり、知らない知識を得たりするためだったんですよ。それで、コロナ禍になってずっと家にこもって「さあ、どうしよう」ってなったときに、「身近にいっぱい楽器があるんだから楽器やればいいや」と思ってやってみたら、知らないことがけっこう多くて楽しいなと思って、「あ、ミュージシャンってもしかしたら楽しいのかもしれない」って。

いぶくろ&神永 あははははは!

蜷川 それでいろんな楽器に触れてみたあとに楽曲の制作に戻ったら、「あ、三味線すごく楽しい」って。いろんな知識が入ったことで、「三味線でこのフレーズできるんじゃない?」って思いついたり、ずっと面白くないと思ってた自分のルーツが面白く思えてきて、いま一番三味線が楽しいなと思っています。
――では、ツアーについてお聞きします。今回はどんなツアーになるんでしょうか。 神永 「和楽器バンド ボカロ三昧2 大演奏会」ということで、『ボカロ三昧』のときのツアータイトルと合わせているんですけど、今回は『ボカロ三昧2』に収録されている曲をお届けしていきます。

いぶくろ ツアーでは毎回ライブ要素を強めにしていて、大きなスクリーンを使って見せるというよりは、ライブ感を楽しんでもらうものという意識でやっているので、整理された音源を生演奏で表現することがメインになってくると思います。

神永 たぶん、音源で聴くのとライブでの演奏を観るのとではまた印象が変わってくると思います。

いぶくろ 音源では気づかなかったような音が聞こえてくると思うんですよね。

蜷川 ああ、それはそう。

いぶくろ さっき、べにが三味線一丁増やして7丁にするって言ってましたけど、僕も今回は舞台上に箏を4つ置くので。
――小室哲哉状態じゃないですか! いぶくろ 同時には弾かないですけど(笑)、僕のコンセプトとしては、どんな曲もひとつの楽器で演奏できるようにレコーディングしてるんですよ。そうしないと意味がないと思ってるので。ただ、ライブだと2曲3曲と続けて演奏するじゃないですか。そうなると、どんなに減らしても4つが限界だったんですよね。それ以上減らすと実演ができないという。だから、ステージ上はこれまでになかったような見た目になるだろうし、今までにないような奏法を見ることができて面白いんじゃないかと思います。

蜷川 懸念してるのは、演奏に一生懸命になりすぎてメンバー全員棒立ちにならないかってことです(笑)。
――それぐらいのハードさってことですね。 蜷川 曲も短いので嵐のように終わります(笑)。 ――これは本当にライブで観たい作品ですよ。 いぶくろ お、そう思ってもらえるとうれしいですね。 ――いい意味でライブが想像できないです。 いぶくろ 僕らもまだできていません(笑)。 ――あはははは! ここで鳴っている音が本当にライブで演奏されるということを考えると本当にすごいと思います。プログレのライブを観に行く感覚に近いというか。 神永 ああ、最早その領域に近いかもしれないです(笑)。ステージパフォーマンスというより、演奏していること自体がパフォーマンスみたいな感じですよね。

蜷川 「私の演奏を聴きなさい!」っていう。
――この作品を経て、和楽器バンドはどこへ向かうんですかね。 蜷川 このツアーをちゃんと終えることができたら、みんなひと回り大きな人間になれる気がする(笑)。

いぶくろ この作品のツアーを終わらせることでやっと新しい選択肢がたくさん出てくるのかなと。自由度の高い動きがこの作品の次には待っているような気がします。