町屋 『ボカロ三昧2』Official Interviews

町屋 Official Interviews

――『ボカロ三昧』のリリース以降、8年間で和楽器バンドはどう進化したと思いますか? バンドになってきたというのが一番大きいと思います。もともと我々は出会ってから結成してデビューするまでの流れがすごく早かったので、それぞれのメンバーの人間性や関係値といったパーソナルな部分から音楽的な部分に至るまでお互いの理解度が非常に浅かったと思うんですけど、そういう状態から8年間かけてレコーディング、リリース、ツアー、プロモーションといった様々な場面で行動をともにするなかで、やっとバンドとしての体をなしてきた気がしますね。 ――バンドのまとまり方としてはけっこう珍しいタイプですよね。 そうですね。 ――以前、ゆう子さんが和楽器バンドのメンバーを選ぶ際に技術よりも華や人間性を大事にしていたという話をしていたんですけど、ゆう子さんの考え方は正解だったんでしょうね。 まあ、合う人、合わない人っていうのはきっといて、それが3人のバンドだとギスギスするけど、我々は8人なので、そのときどきで誰と誰が仲がいいとか誰と誰が仲悪いというのが当然あるんですけど、基本的に1人にならない環境なんですよね。人数の多さによって発生するデメリットはとっても多くて、アンサンブルとしてどうしても音数の多いものになってしまいがちだったり、もっとライトに仕上げたいときに頭を使ったり、単純にギャラが8等分になったりして。 ――あはは! そういうふうにデメリットはたくさんあるんですけど、人間の数が多いことによって一人になりにくい環境を作れるというのは、バンドを長期的に継続していく上ではすごく大事なことだと思います。 ――バンドを続けていくことって本当に大変なことですもんね。しかも、こういう特殊な音楽性ならなおさら。 それぞれがそれぞれの楽器に対して理解があって、一定のリスペクトもあった上で自分のアイデンティティをもってアンサンブルだったり話し合いだったりすべての局面に臨まないといけないので、大所帯っていうのはなかなか難しいですよね。たぶん、これ以上多くなると埋もれてくる楽器が発生してくるんですけど、今が全員の統率がとれるギリギリの人数感な気はしますね。 ――そんな中、これだけコンスタントに作品を重ねてこられたことはとても大きいですね。 コンスタントに作品を作り続けてリリースできる環境があったからこそ、今のアンサンブルとメンバーの関係性が生まれていると思うので、毎年アルバムリリースする環境にずっといられたということには感謝しています。 ――ただ、今回はかなり時間がない中での制作だったようで、話が始まったのが3月だとか。 そうですね。3月ぐらいからアルバムの企画会議が始まって、そこで選曲が難航したんですよね。アルバムの内容をどうするのか、選曲はどうするのか、みんなそれぞれの価値観があってあーでもないこーでもないと。僕はボカロカバーに関する選曲はどの層をターゲットにするかが一番大事だと思ってるんですけど、たとえ若年層に刺さる選曲をしたとしても、それが必ずしも我々のアンサンブルによっていいものになるとは限らなかったりして、そういった点で選曲が難航しました。 ――選曲が大変だったとおっしゃっていましたけど、和楽器バンド的な基準になるのはどういうところなんですか? 『ボカロ三昧』シリーズに関しては万人が知っているヒットソングメドレーみたいなところがあるので、再生回数が多かったり、再生回数には反映されてないけど知名度の高い曲というのが前提としてあります。その上で、和風な旋律が少しでも入ってるほうが我々のサウンドとしてはアウトプットしやすい。そこでうまくバランスをとっていくという感じですね。あと、自分たちのやりやすい曲ばかりやっても飽きられちゃうので、新しい血を入れられるような楽曲を選んだり、アレンジでも新しいことを試みたりしました。 ――この8年間でボカロのトレンドも大きく変わったこともあって、作品の雰囲気は前回とはだいぶ異なるものになりましたね。今は以前のように和物が流行っているわけでもなく、難易度が高かったんじゃないかと思うんですが。 難易度は過去最高レベルです。オリジナルアルバムを含めても高難易度です。全員が超絶技巧を駆使しています。普通の邦楽奏者ならここまでチャレンジするに至らないだろうし、我々の和楽器メンバーには古典を守りたい人じゃなくて、あくまでも新しいものを届けたいというタイプの人たちが集まっているので、このメンバーだからこそできた作品です。 ――それだけハードルの高い楽曲になってくると、どこまでチャレンジできるのか、どこからは無理なのかみたいな判断も必要になるのかなと思ったんですけどいかがですか? それに関しては工夫だと思っていて。これはこうだから無理って決めるのは発展の可能性を狭めてしまうと思うので、進化しようとしている我々の姿勢としてはミスマッチなんですよね。だから基本的には「どうやったらできるのか」「どうやったら再現できるのか」というところに重きを置いてます。 ――なるほど。 たとえば「フォニイ」だと、ど頭のAメロのメインになるフレーズ……これは原曲だとピアノなんですけど、我々の場合は右手の部分を箏が弾いて、左手の部分をギターが弾くという棲み分けをしているんです。で、1番のAメロの折り返しの<煩わしいわ>と<何時しか言の葉は>の間で、それまで箏がトップを取っていた旋律を1小節だけギターにスウィッチしているんですけど、その1小節は箏では出せない音域なんですよ。なので、そこだけは箏がピアノの左手をやって、ギターが右手をやっています。これも不可能を可能にする手段のひとつだったと思います。 ――「そんなの無理だよ」じゃなくて、どうやったらできるか、なんですね。 そうですね。これまでのオリジナル曲もそうですけど、それがベースにないと成立してこなかったと思います。 ――神永さんがギターのフィードバックを尺八で表現したと話していました。 「天ノ弱」ですかね。あれはすごく工夫していて。今回は全曲そうなんですけど、和楽器のサウンドを印象付けるためにギターのフレーズを和楽器に割り振ってるんですよ。「天ノ弱」でいうと、フィードバックのフレーズをギターと尺八でハモってます。基本的にメインのフレーズは箏と三味線に割り振ってるんですけど、箏と三味線は撥弦楽器なのでアタックが速くて音の減衰も速いんですね。でも、フィードバックってずっと伸びていくものじゃないですか。なので、そこに関しては箏がアタックを担って、ハモリのフィードバックとアタックを三味線が担って、サステインを尺八とギターが担うという作りにしています。こうやってそれぞれの楽器の特性の理解度を深めたのがこの8年間でしたね。 ――話を聞いてるだけで気が狂いそうです。 いやぁ、でも僕はそんなに苦労しないですね。 ――本当ですか! はい。「これ、どうしようかな」と思ったことはギターのレコーディング以外ではほとんどないです。 ――では、アレンジで特に苦労した曲はないですか。 神経質になるべき曲はあったんですが、基本的にはわりとスムーズに進みました。でも、ミックスで苦労したのは「Surges」ですね。 ――それはどういうところで? 「Surges」で一番印象的なのは、四つ打ちのEDMのリズムの上でシンセのブワブワというサイドチェインがバチバチにかかっているところなんですけど、サイドチェインは点ではなく線になるようなサステインのある楽器じゃないと成立しないのに、我々のバンドはメインが撥弦楽器だから、音が上がっていかずに点になりやすい。しかも、この曲で和楽器に割り振ってるのはヴァイオリンとかヴィオラのようなオケパートで、ヴァイオリンもヴィオラも擦弦楽器なので弓で擦るので、これも発音までにちょっとラグがあるんですよ。 ――うんうん。 それを撥弦楽器である和楽器で演奏するとアタックが速く減衰が速くなってしまうので、あとに残ってくるピッチの印象がどうしても弱くなっちゃうんですよね。そこで、まったく同じフレーズをうっすらユニゾンさせることでサステインを補強したり、細かい工夫をめちゃくちゃやりました。あと、今回は速い曲が中心なんですけど、速い曲の処理というのはテンションが一緒なんですよ。 ――それはどういうことですか? 僕はドラムと和太鼓のすべての音が音程にしか聞こえていなくて。 ――それは以前からおっしゃっていますよね。  今回はバンバン転調する曲ばかりなので、転調するとドラムと和太鼓の音がガッチャガチャになっちゃうんですね。なので、今回はそれをどうクリアしようか考えた結果、極力音程感が出ないチューニングにすることにしました。たとえば、スネアを叩いたときのコーンっていう響きが残っていると、ほかの楽器が入ってきたときに絶対に邪魔になるんです。なので、録りのときから短いサステインですべて集音するようにして、太鼓の胴鳴りする部分も全部カットしてしまって、「ドッパッドッパッ」っていう点と点の響きにしていくと隙間が生まれるので、そこに和楽器を差し込んでもドラムや和太鼓の余韻が邪魔をしない。そうすると音の分離がよく聞こえるんですよ。 ――なるほど! 今回は全部の楽器がすごく聞こえやすいと思うんですけど、その大きな要因になっているのはドラムと和太鼓のチューニングなんです。録り始める前から自分の中でそういう設計図を書いていたので、レコーディング自体はスムーズに進みましたね。 ――そういうことだったんですね。特に締太鼓が和太鼓の音に聞こえないというか、ミニマルテクノでよく使われるパーカッション系の音に聞こえるんですよね。 僕も聴いてて思い浮かぶのはそういう感じです。 ――これまでに聴いたことのないようなパーカッションを聴いている気分ですごく高揚感を煽られます。 生楽器で言うと、音色的にはラテンのスティールドラムが近いのかもしれないですけど、和太鼓ってラテンで使うパーカッションよりも発音が遅いんですよ。和太鼓はアタックよりもあとに伸びてくる成分が多い楽器なので、そこはサウンドとして新しく聞こえる部分ではありますよね。 ――先ほど、和楽器らしく聞こえる部分を意識しているとおっしゃっていましたけど、今作は和楽器が和楽器らしくなくて、あくまでも楽器のひとつとして捉えているようにも感じられます。これまでこのバンドの中で崩してきた和楽器の在り方が、今回完全に自由になったように感じました。 わりと技術革新的なことは取り入れているので、おっしゃっていただいたことに対しては「そうだよね」と思いますね。どの楽器も純邦楽らしい部分と、表現手段としてそこにあった楽器が箏や三味線だったという二面性をもって臨んでいるので、細かいフレーズを挙げだしたらきりがないんですけど、「紅一葉」に関しては邦楽器の鳴りを活かしたつくりにはなっていますね。バラードは一番神経質になるタイプの楽曲なので、この曲はドラムも和太鼓もサステインをしっかりとったチューニングでレコーディングしています。 ――この曲が一番前回の流れを組んでいますよね。 はい。ただ、この曲がこれまでと大きく違うのは、ギターの要素が少ないということで。これは最後の最後までギターを入れるかどうか悩んだ曲のひとつです。和楽器も歌も全部録り終わったあとにオーケストラを組んでいて、「紅一葉」で尺八に吹かせているのってオーケストラの1stヴァイオリンなんです。尺八を1stとして、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスっていう形でオーケストラを組んだので、その段階でけっこう仕上がっちゃったんですよね。そうやってある程度完成したものに対してギターが要るのかというのはめっちゃ悩みました。 ――なるほど。 この曲では響きとか空間を大事にしたかったので、エレキギターって基本的に音が歪んでいる楽器だしこの曲にこれ以上の硬さは必要ないと思っていたので、クラシックギターでなるべく音数を少なくして、かつほかの人が押さえていない和音の成分やテンションを補うことを主に意識しました。 ――「天ノ弱」の冒頭のギターもすごくカッコいいです。 「天ノ弱」は、冒頭の16小節のギターを録るのに6時間かかってます。 ――ええっ!? 何がそんなに時間をかけさせたんですか? 「天ノ弱」っていろんな方にカバーされていて、僕もいろんな人のバックでこの曲を弾いてきたのですごく馴染みがあるんです。たぶん164さんはギターのリフからこの曲を書いていて、あとからメロディをつけて歌詞を乗せたと思うんですけど、僕はギターのフレーズをつくる際に歌詞に寄り添ったものになるように心掛けているので、<僕がずっと前から思ってる事を話そうか>という冒頭の歌詞に対して、後ろで切り裂くようなディストーションの刻みが入ることにすごく違和感があったんですよ。僕は曲をより理解した上でアンサーを提案するのがアレンジだと思っているので、この曲のイントロに関しては、この曲を知ってる皆さんの中で強く残っているギターリフのイメージを覆せるぐらい印象的で、かつ歌詞に寄り添ったものにしたいなと。 ――そこまで考えていたとは。 あと、ここ5、6年、ギターインストの世界ではサウンドや奏法がかなり進化したんです。昔、僕が憧れて練習してきたような80~90年代のヘヴィメタル、ロック、プログレにはない技術……ピアノ的なアプローチや、クリーンとか歪みをタッピングを多用して弾くというスタイルがここ最近のギターインストバンドの主流になってきているので、そういうモダンなアプローチも全部折衷して「天ノ弱」のイントロをつくりました。弾くのももちろん難しかったんですけど、考えるのにすごく時間がかかりました。 ――「アイデンティティ」のギターソロも好きです。 「アイデンティティ」は、Kanariaさんがジャズに精通している方だったとしたらこれぐらいのアプローチを仕掛けてくるんじゃないかな、という想像のもと、最初からビバップにしようと決めてました。とはいえ、うちにはサックスがいないので、この曲のソロに関しては気持ちだけはチャーリー・パーカーなんですよ。 ――あはは! 気持ちはチャーリー・パーカーですごくレイドバックして弾いてるので、だいぶジャズのフィールに近くはしているんですよね。ただ、あまりにジャズに寄りすぎても原曲からかけ離れてしまうので、和楽器のフレーズは原曲にあるものを普通にとってもらって、ドラムはシャッフルを刻んでもらって、その上でギターは思いっきりレイドバックして、テンションを入れられるだけ入れてビバップのフィールを出すっていう、ポップスとビバップの折衷案をとってます。 ――すごく興味深いです。全曲にこういう話があるんでしょうね。 ありますね(笑)。 ――これだけの音が鳴っている中で、ちゃんと空間を感じさせるアレンジ、ミックスになっているのがとてもいいです。そこも意識したところなんですか? そうですね。僕らは人数が多いので、2ndアルバム以降はインタビューでもとにかく音の引き算についてお話していたと思うんですけど、実際には全然できていなかったんですよ。試みてはいたものの、実際に音を抜いたり減らすというのはすごく勇気のいることで。でも、今作では削ぎ落とせるものをなるべく削ぎ落とせたと思います。そうすることによって『ボカロ三昧』のときのように壁になるような音像はなくなりましたけど、その代わりに得られる隙間というのはすごくメリットが大きいと思っています。 ――名曲の集合体としても素晴らしいんですけど、何度も繰り返し聴きたくなるのは空間による部分も大きいのではないかと思いました。 ありがとうございます。空間が多いといろんな楽器の音が聞こえるし、聴くたびに新しい発見があると思うんですよね。それも作品を飽きさせない要因のひとつだと思います。 ――そういえば、コーラスだけで17本重ねている曲があると聞きました。 それは「エゴロック」ですね。この曲に限らず、今回コーラスは多いです。 ――それだけ重ねる理由は? そもそも原曲がけっこう重なっているんですよ。「エゴロック」の作詞作曲をしているすりぃさんは、動画を投稿したひと月後に自分で<歌ってみた>を投稿する方なので、原曲ファンの方は男性ボーカルの印象が強いと思うんです。たぶん、すりぃさんは自分が歌う前提でこの曲をつくっていると思うし、男性的な要素がないと聴く側のイメージから乖離するのかなと思ったので僕の声をけっこう重ねているんですね。たとえそれがうっすらとしたユニゾンでも、重ねることによって男性的なエッセンスを感じることができると思うので、そういう細々したコーラスはけっこう多いです。逆に、「アイデンティティ」とか「天ノ弱」は自分の心の葛藤を歌った曲だし、ゆう子(鈴華)の心の葛藤のお話に僕の声で横槍を入れるのはすごく違和感があって。なので、そういうものに関してはゆう子一人の声で完結するようにしています。 ――深いですね! そういうアイデアはすぐに浮かんでくるものなんですか? 自分のアレンジの手順がある程度決まっているし、今回は全部引き出しを使い切ったところはあるんですけど、僕は原曲をリスペクトするということ、歌詞から着想を得るということを重要視していて、さらに楽曲を聴き込んで理解度を深めたので、その3点をクリアさえすればアレンジはさほど難しいものではない気はしています。 ――難しいものではないと言われても、この複雑さを目の前にしたらさすがに「ああ、そうなんですね」とはなりませんよ(笑)。ところで、町屋さんはTikTokでも様々なボカロ曲を踊っていましたが、楽曲を理解する上で影響はありましたか? そうですね。『ボカロ三昧2』をつくるタイミングがそろそろ来るだろうということで、今どういうボカロが流行っているのか知るために散々聴いてきました。僕は来月で40歳になるので、TikTokをメインに活躍しているZ世代以下の人たちと同じ思想にはなれないんですけど、ある程度その世界に浸かることによって少なくともそこに寄り添うことはできると思っていて。だから、選曲に関しても自分がTikTokをやったことは非常にプラスになりましたし、アレンジにおいて楽曲の理解度を深める上でも「なんでこの曲のこの部分の切り抜きが流行っているのか」とか、TikTokをやっていないと考えなかったようなことについて考えることができたと思います。TikTokは今回のアルバム制作においてすごくプラスに働きましたね。 ――さて、このアルバムを引っ提げてのツアーが始まりますが、どういうものにしたいですか? ライブって、会場の鳴り、当日の楽器や演奏する人間のコンディション、客席の埋まり具合、お客さんのリアクションといった偶発性の連続で成り立ってると思うんですね。しかも、今回のアルバムは設計図をすごく緻密に作って、偶発性の要素を極力省いた状態で制作しているので、それを生で演奏することにはすごく意味があると思っています。たとえ同じセットリストで30公演回ったとしてもそこには毎回偶発性が生まれて、同じライブは一つもない。そういう偶発性によって生まれる音楽空間を我々演者とオーディエンスで共有できるのがライブの素晴らしいところだと思っているので、そういうところを押し出したものにしていきたいですね。 ――それにしても、和楽器バンドってほかのボカロPの人たちからどう見られてるんですかね。 どうなんでしょうね。普段直接Pさんと話す機会はないけど、今回はボカロカバーの2作目で、8年間かけてわりと整った環境でつくれたし、作曲者さん、原曲ファンの方、我々のファンの方、それぞれが聴いて納得できる落とし所を模索しながらアレンジして録音したので、そのリスペクトが伝わっているとうれしいですね。

Interview&Text:阿刀“DA”大志