井上麻矢 ×Ms.OOJA
私は生きることが
楽になりました
- Ms.OOJA
- 知人から井上麻矢さんのことを教えてもらって『夜中の電話――父・井上ひさし 最後の言葉』を読んだんです。その本にすごく感動して……療養中のお父様が麻矢さんへ宛てた言葉によって、私は生きることが楽になりました。だからこそ今回は一緒に曲を作りたくて、お声をかけさせていただきました。
- 井上
- あれは元々、本にするつもりで書いたわけじゃなくて。病院にいる父から、よく電話がかかってきていたんです。私は疲れていると話が右から左へ流れていくので、忘れないように書き留めておこうと思ったのが始まり。何となく紙に書いていたら意外と良いことを言ってるな、と。それで書くことがクセになったんです。だんだん(父の)容態が悪くなっていくにつれて、父の言葉を全部残しておきたいと思いました。今になると父は最期のつもりで「こうやって生きたら、人生が良くなるよ」と私に言葉を投げかけてくれていたんだと思います。
- Ms.OOJA
- 麻矢さんはお父様の劇団(『こまつ座』)を引き継いだばかりで。すごくお忙しいのにも関わらず、いつも朝まで電話をされていたそうですね。
- 井上
- 眠くなるんじゃない?と思うかもしれませんが、父と話していると全然眠くないんですね。今、振り返ると不思議な時間で、栄養ドリンクを飲んでいるような感覚でした。朝8時に電話が終わって今日は2時間くらい眠れるな、と思っても興奮して眠れないんです。父は命を懸けた励ましをずっとしてくれていたんだな、って。
- Ms.OOJA
- すごい時間ですね。親子でもそんな経験できている人は少ないと思います。
- 井上
- 話していると父・娘というよりも、男と男というか……。
- Ms.OOJA
- 師弟関係のような。
- 井上
- まさにそういう感じでした。人生の先輩から後輩へ、という体育会系のノリですね。普通の親子にも憧れるんですけど、うちはなりようがなかった。
- Ms.OOJA
- お父様のことはどのように見ていましたか?
- 井上
- とにかく厳しかったです。子供だからというのは一切許されなくて。言葉遣いにも厳しかったですし、よく言っていたのが「背中にも目を持ちなさい」と。
- Ms.OOJA
- 周りをよく見なさい、という。
- 井上
- そうです。あとは「勉強をしなさい」と言われたことはないんですけど「本を読みなさい」「綺麗な日本語を遣いなさい」「知っている人だけではなくて、すれ違う人すべてに気を遣いなさい」と。……ただ、その教えを全てやるとなったら疲れますよね。
- Ms.OOJA
- わぁ……子供には中々難しいアドバイスですよね。
- 井上
- だから鬱陶しいと思っていた時期もあります。大人になってから、父の教育をすごく感謝するようになりました。
大人になってようやく
父の苦労とか喜びを
知るようになりました
- Ms.OOJA
- 麻矢さんはどんなお子さんだったんですか?
- 井上
- 童話とスポーツが好きでした。
- Ms.OOJA
- スポーツですか? 意外な感じがしますね。
- 井上
- スポーツは昔から好きで、中でも野球が一番好きでした。その反面、童話はアンデルセンがお気に入りで、本が擦り切れるほど読みました。本にもいろんなジャンルがあるじゃないですか。小さい頃は読んだ童話をノートに書き写して、勝手にアレンジしていました。そういう1人遊びも好きでしたね。
- Ms.OOJA
- 表現をすることが昔から好きだったんですね。
- 井上
- 表現にまで達していないんですが、新美南吉の『ごん狐』の後半を1人で書いて父に見せてました。
- Ms.OOJA
- それは、物書きをされるお父様に影響を受けて?
- 井上
- そこは意識してなかったです。ただ、振り返ると同い年と比べて少し変わった子供でしたかね。
- Ms.OOJA
- 家庭はどのような感じでした?
- 井上
- 我が家では家族会議というのがあって、例えば社会問題が起きると「ゲリラというのがなぜ起こったのか」なんて議題にあがるんです。
- Ms.OOJA
- 麻矢さんが子供の頃ですか?
- 井上
- まだ幼稚園でした。
- Ms.OOJA
- そんな小さい頃に!? 難しくて何も言えないですよね。
- 井上
- だけど、何かしら言葉で伝えないと物凄く怒られちゃうんですよ。感じたことを伝える訓練は、知らず知らずのうちに経験させてもらっていたのかなって。ただ、日本の教育のおいて良いことではなくて。美しいと思っていたら、心の中で思うのが日本人の良さだと思うんですけど、私はそれを伝えないと気が済まない外国人みたいになってしまったわけです。
- Ms.OOJA
- アハハハハ、自分の意見を持つのは良いことなんですけどね。他にはどんなことが議題に上がったんですか?
- 井上
- 浅間山荘事件についてどう思うか? 家族でその経緯を語り合ったりしました。
- Ms.OOJA
- すごい……自ら調べて、自分なりの見解を話して。
- 井上
- そうですね。当時はインターネットがないので、情報を得るためには新聞しか方法がないんです。しかも我が家では新聞が溢れていて、47都道府県47紙。他には『しんぶん赤旗』から『聖教新聞』まで全部あって。子供なのでわからない言葉も多いんですけど、自分なりの意見を言わないと怒られてしまうので、一生懸命インプットして家族会議で発言をしてました。
- Ms.OOJA
- それが良い経験になっているんですかね。
- 井上
- 子供のころはその家庭環境が嫌だったので、スポーツに興味を持ったんです。キャッチボールをする相手が父にはいなかったので、そっちの方へ目を向けてほしくて。自分がリトルリーグに入れば、父が野球に関心をもって家族会議がなくなるんじゃないか、そういう期待もありましたね。逆にOOJAさんのご家庭はどうでしたか?
- Ms.OOJA
- 私が長女で弟1人、妹2人の兄弟姉妹で本当にうるさかったと思います。私はずっと奇声を発している子供で、車に乗るときは弟と2人で脚を後ろに向けるような(笑)。
- 井上
- 私は弟がいる感覚がわからないんですけど、どういう感じでした?
- Ms.OOJA
- 毎日が戦いでした(笑)。男子には負けたくない、勝気な女の子だった思います。
- 井上
- ご両親はどうですか?
- Ms.OOJA
- 照れ屋ですね。だから麻矢さんの本を読んで、私はお父さんとじっくり話したことないな、と思ったんです。
- 井上
- 私は父に対していろんな思いがあって。親が離婚していたのもあり、私が母親を守らなきゃと思っていたんです。だけど、ある人に父の話をしたら「お父さんはすごく照れ屋さんだったんですね」と言われたんです。「あの人が照れ屋?」って違和感があったんですけど、実は照れでああいう厳しい接し方しかできなかったのかな、と他界してから思いました。
- Ms.OOJA
- うちは両親とも照れ屋で。2人だけで出かけたりしないのは、仲が悪いわけではなくて照れなんだろうなって。大人になってから気づきました。そう思ったら可愛く見えてきたんです。
- 井上
- わかります、愛おしいなって思いますよね。亡くなったらそう感じないのかな、と思っていたら今になってわかることもたくさんあって。父の劇団を継いで、大人になってようやく父の苦労とか喜びを知るようになりましたね。
作品に触れた方たちが少しでも
明るくなれる余韻を残したい
- Ms.OOJA
- 劇団を継ぐ前は「シングルマザーとして、子育てをするために働いていた」と書かれてましたね。
- 井上
- まさか自分が劇団をやると思っていなかったです。よく「仕事は働き甲斐が大事」と言いますけど、私は娘2人を育てることに必死で。とにかく仕事はあれば良いし、稼げれば良い。次の仕事に興味があっても、お金が良ければ子供のためにもそっちを選んでました。子供を育てることが自分にしかできない使命だと思っていたので、仕事にやり甲斐を求めていなかったんですよね。初めて自分の適性に合った仕事が見つかって、「やっと自分の力だけで、子供を育てられるぞ。さあ、ここから!」という時に周りは「なんで劇団?」って。劇団は人と人の摩擦がエネルギーになって前へ進むんですよ。だからめんどくさいことこの上なくて。これが楽しいと思うかどうかで適性が別れちゃうんです。
- Ms.OOJA
- 麻矢さんはどうでした?
- 井上
- 私は幼少期の家族会議から始まっているので、意見を戦わせることが大丈夫なタイプだったんですね。そこで免疫がついていたおかげで意外にやれています。きっと親は「この子は大事なことは聞き逃さず、嫌なことを言われたら右から左へ抜けていくタイプだろう」って見抜いていたんですね。
- Ms.OOJA
- 劇団って、今まで経験されたお仕事と何が違いますか?
- 井上
- とにかく疲れますよね。エネルギーをストローで吸われる感じなので、自分に元気がないと大変です。いろんなタイプの方がいて、OOJAさんのように自らエネルギーを発電できる方と、自分でエネルギーを作れない方と2パターンいらっしゃる気がするんです。どうやら私は遅いけど、自家発電できるタイプかなと。
- Ms.OOJA
- なるほど。劇団は本当に特殊なお仕事なんですね。
- 井上
- いえいえ、むしろ音楽はすごいと思うんですよ。火力がありながら深いというか、言葉を言わなくてもスッと心に入っていく。私からすればお芝居は理屈っぽくて……できれば、もうちょっと頭で考えないようにしたいんですよね。「こっちの方が好きだな」「これがオシャレで良いな」とかそういう判断基準を大事にしたいんです。
- Ms.OOJA
- そうなんですよね。自分の直感ほど正しいものはないと私も思ってます。
- 井上
- 理屈が求めらやすい世界だからこそ、私は音楽のように直感で考えるように心がけてます。
- Ms.OOJA
- 麻矢さんが歌を作るなら、どんなことを届けたいですか?
- 井上
- クリエイティブなことじゃなくても、大事なことを繋いでいくのが私たちの仕事だと思うんです。それなのに今、周りを見渡せば新しいことを良しとされていて。……新しいことは大事だと思うけど、古いものも見つめ直さないと新しいものは生まれないと思うんです。その全てが繋がっていることをみんなが意識できたら、すごく良い世の中になるのに。だから“再生を感じられる”そんな表現を音楽で出来たら、と思います。
- Ms.OOJA
- 再生を感じる音楽……すごく良いテーマだと思います。
- 井上
- 今だと小説やドラマを含めて「え……こんな不幸で終わるの?」と救いのないまま終わっちゃうものが評価をされるじゃないですか。私はそれが分からないんです。人を殺してしまって物語が終わるとか、そういう作品が受け入れられる理由を見出せなくて。作品に触れた方たちが少しでも明るくなれる余韻を残していかないと、生きていくのがしんどくならないかしら?と思うんですよね。そこは意識して再生力を求めたいです。
- Ms.OOJA
- 好きな言葉ってありますか?
- 井上
- ジョン・レノンですけど「心を開いて『Yes』って言ってごらん」という言葉が好きです。常に心を開いて受け入れることが大事だな、と思うんですよ。本(『夜中の電話――父・井上ひさし 最後の言葉』)にも書いたんですけど、父から「コスモスのような女性になりなさい」と言われていて。その時は、なんでコスモスなのかわからなかったんです。だけど、先日コスモスを見つけたら見た目は弱々しいんですけど、根っこがすごくて。これが理想形なのかと思って。
- Ms.OOJA
- そのお話大好きなんです。私、女性は柔らかいのが一番強いと思ってて。どんな時でも肩肘を張りすぎたら、ポキっと折れちゃうじゃないですか。なよっとして見えるけど、実は芯がしっかりしている女性が一番強いと思うんです。コスモスの章を読んだ時に本当に素敵な表現だな、と感動しました。
- 井上
- 最初にお話しした通り、父の言葉って最初は理解できないことが多かったんですけど。今、読み返したら意外に良いことを言ってるな、と考えさせられるんです(笑)。昔、大切な人から言われた言葉を思い返すと「こういう意味だったんだ」と発見することが多々ありますね。
自分を待っている人がいる場所が
好きなのかもしれないです
- Ms.OOJA
- 思い出すことって大事ですよね。それこそ麻矢さんは原風景を聞くのがお好きだって。
- 井上
- そうですね。その人が持っている最初の記憶が原風景で、いつ頃なのかは人それぞれなんです。すごい幼い時の人もいれば、成長してからの人もいて。原風景の中には、その人が元々どんなことを大事にしているか、たまに垣間見えたりするんです。
- Ms.OOJA
- 麻矢さんの原風景はなんですか?
- 井上
- 小さい頃、森に囲まれた家に住んでまして。小川が流れている森の中でハーモニカを吹いていたんです。その時に嗅いだ緑の匂いが私にとっての原風景。今でも少し元気がなくなると、緑の匂いを嗅ぎたくなるのが未だに変わっていなくて。OOJAさんは?
- Ms.OOJA
- 私は建て替える前の実家が思い浮かびました。1階が物置になっていて、階段を上がったところに玄関がある変わった作りなんですけど。その家は広めの廊下で、そこで遊んでいた記憶があります。
- 井上
- 家族とかお家が好きなんですかね。
- Ms.OOJA
- あ! 私、家にいるのが好きなんです(笑)。小さい頃、学校帰りに道草して帰る子がいたじゃないですか。だけど、私は早く帰りたくて。多分、自分を待っている人がいる場所が好きなのかもしれないです。
- 井上
- それは家族もそうですけど、ステージでも同じことが言えますよね。
- Ms.OOJA
- ああ! そうかもしれないです。
- 井上
- そうやって自分で自分を掘り下げると、面白い発見があるんですよね。育った町のことや、家族のことを思い出したり、いろんな人がいるので。
- Ms.OOJA
- それこそ“再生”ですよね。
- 井上
- そうなんですよ。「私、こういうことを大事にしていたんだ」とか「こういうことに興味があったんだ」って意外にわかったりするんですよね。
- Ms.OOJA
- すごいなぁ……今日は麻矢さんのことを知れただけじゃなくて、自分のこともわかった気がします。なんか、すごい不思議な時間です。ぜひ、再生をテーマに曲を作らせてください。
- 井上
- ありがとうございます。どんな曲になるのかとっても楽しみです。