
山内マリコ 『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』のためのプレイリスト
全十章で構成した小説の、それぞれの章のシチュエーションに合うユーミン楽曲を選びました。
小説のサントラみたいに聴いていただければ!
① 八王子の由実ちゃん
選曲:『やさしさに包まれたなら』
ユーミンにインタビュー取材した際、いちばん小さいときの記憶はなんですかとたずねたら、「山形県の左沢でヤギのミルクを飲んだこと」と即答されました。呉服屋の仕事で忙しい実母ではなく、山形出身のお手伝いさん・秀(ひで)ちゃんに身の回りのお世話をされて育ったユーミンは、秀ちゃんの里帰りにもついて行って、ひと夏を山形で過ごしたそう。血縁ではない秀ちゃんの存在がユーミンの中で「もう一人の母」と呼べるほど大きいのは、とても素敵だなぁと思いました。秀ちゃんに手を引かれて、浅川の土手でレンゲを編んだり、歌謡曲を歌いながらお散歩した時間が、ユーミンの原風景にあるのを感じ、物語をここからはじめようと決めました。ユーミンの多彩なディスコグラフィーの中には、『守ってあげたい』などフォークロア調というのか、心優しい素朴な楽曲の系譜があり、こういった優しさの源泉にあるのが、秀ちゃんの存在。「小さい頃は神様がいて」のワンフレーズだけで、その人のいちばん深いところを甘く刺激するマジカルな名曲ですが、個人的にもジブリ映画『魔女の宅急便』に使われたこの曲がユーミンとの出会いなので、1曲目は絶対これ!
② ピアノ、清元、サウダージ
選曲:『未来は霧の中に』
小学校時代を描く第2章。1964年の東京オリンピック開催時、まだ9つだったユーミン。インタビューでは、八王子が自転車競技の開催地になったからレースを見ていた記憶があると話してくれました。ロックンロールが世界的に流行る前夜は、日本でもイタリアのカンツォーネやコンチネンタル・タンゴなど、サウダージの感覚のあるラテンな音楽がよく聴かれていたそう。呉服屋で働くお姉さんたちがラジオで流すそれらラテン音楽を、幼いながらにユーミンはしっかり吸収していたのです。そうしてのちのち『真夏の夜の夢』といった異国ムードの曲も手掛けるようになるのかと得心し、この章には音楽的な原点をちりばめました。雑誌『VOGUE』をイメージしたジャケットのアルバム『OLIVE』の1曲目に収録された『未来は霧の中に』は、オリンピックなど60’sの歴史的出来事と、ファッションの流行、そして幼少期の記憶をクロスさせた歌詞が、そのまま個人史になっていて素晴らしい。子ども時代を曲にしても、大人びた憂鬱、切なさと淋しさと懐かしさ、まさに「サウダージ」の感覚が音になっています。
③ 立教女学院とパイプオルガン
選曲:『14番目の月』
立教女学院の中等部に入学したユーミン。杉並区にあるこのプロテスタント系ミッションスクールに進学したことで、ユーミンは八王子という東京の郊外から、中央線に乗って都心へ毎日出る切符を手に入れます。新しい世界の扉が開くと同時に、世の中ではザ・ビートルズに影響を受けた男の子たちがバンドを組み、ザ・タイガースがデビューするなど、グループサウンズが一気にブームに。ラジオから流れるジュリーの歌声に「きゃー」っとたぎるシーンで幕を閉じるこの章に合うのは、とびきりポップで明るくて、なにかがはじまる予感に満ちた『14番目の月』。小学生高学年〜中学まで、清元を習っていた素地が活かされた曲でもあります。「満月の一歩手前の、14番目の月が好き」という映画のセリフを、「小唄っぽい」とキャッチするユーミンの感性には脱帽しかない…! 女の子がわけもなく走り出したい気持ちに駆られる瞬間が、そのまんま音楽になったみたいな曲。
④ マギーと立川基地
選曲:『雨のステイション』
立川にある昭和記念公園はとても巨大だけど、それもそのはず、もともとここは敗戦後に米軍基地だった場所。滑走路に戦闘機が行き来するだけではなく、基地で働くアメリカ人向けのショップも充実していて、日用品から化粧品、洋服、レコードも買うことができたんだそう。マギーというお友達のおかげで、基地の中にするりと入り込んだユーミンは、親からもらったお小遣いをドルに替えて最新の洋楽をあさり、なんとそのレコードをグループサウンズのミュージシャンに差し入れして、「すごい子がいるぞ」と一目置かれる存在に上り詰めていた! つくづくすごいエピソードだなw 西立川駅の発車メロディにも使われているこの曲は、一晩中遊び回ったあと、友達とバイバイして、一人で駅にぽつんと立っているような淋しさがあります。でもその淋しさは、全然いやじゃない。ずっとここに佇んでいたくなるような、楽しかった時間のあとの余韻が広がって、すごくすごくいい時間なんです。
⑤ らせん階段の家
選曲:『翳りゆく部屋』
立教女学院の校舎は『あしながおじさん』の世界そのままの素敵な洋館ばかりで、十代でこんな環境にいたらときめきで死んでしまいそう……と取材で訪れた私は思ったものです。この「ときめきで死んでしまいそう」を、別の言葉で表すなら「感傷」になるでしょうか。物事に深く感じ入って、哀しみや悲しみ、淋しさなどに心を痛める感情のことですが、この感性は十代の少女の特権でもあります。日本中の女の子がグループサウンズに熱狂したけれど、そこから自分もプレイヤーになれる可能性を見出したのはごく少数。この章ではプロコル・ハルムの『青い影』にビビッときた少女ユーミンが、コードの光を手がかりにはじめて曲をつくります。立教女学院内にある聖マーガレット礼拝堂には当時、オースチン社製のパイプオルガンがあり、入学直後にその荘厳な音を聴いた瞬間にユーミンは「滂沱の涙を流し」て感動したそう。その感受性こそが才能! まだ世間のことなんて何も知らないはずの少女が、真理に到達したかのようなこの楽曲以上に、エモい曲はこの世にない。『翳りゆく部屋』は少女の感傷でできた永遠の名曲です。
⑥ フィンガーズ・デイズ
選曲:『ベルベット・イースター』
グループサウンズ随一のクールなバンド、ザ・フィンガーズ。彼らをして、当時日本一音楽に詳しいと言わしめたユーミンは、高校生ながら「参謀」と称されるほど、彼らと親しく付き合います。メンバーの家やたまり場に出入りするスーパー高校生ユーミン。作曲の才能を自負しているし、自分の天才性にも気づいてもいるけれども、心はどこか晴れない…。この小説を書くにあたって資料を調べていたら、当時は女子大生という存在がバッシングされていたことを知りました。女子なんて大学に進学してもどうせすぐに結婚して家庭に入るんだから、学歴なんて無駄、その席を男に譲れという、今では考えられない差別的な論調だったとか。巨大な才能を持っていても、女性であるがゆえに、それを発揮できず、ときには命を落とした人も歴史上にはたくさんいます。もしかしたらユーミンもまた、女子であるせいで未来が見えず、ときには沈んでいたのかもしれない。そんな不安を描いた章に相応しいのは、「空がとっても低い」と、憂鬱そうに歌い上げるこの名曲しかない!
⑦ 一九六九年
選曲:『グレイス・スリックの肖像』
時代を象徴する特別な年のなかでも、1969年はほとんど神話的。若者パワーが炸裂して世の中を引っ掻き回していたピークの瞬間であり、文字どおり時代の転換点であり、社会的にも文化的にも非常にエポックな年でした。もしこのとき、ユーミンがもう少し年上だったら、時代のど真ん中に立って、主人公として謳歌して、そして時代の終焉と同時に退場していたかも。ところが(幸いなことに?)ユーミンはこのときまだ15歳。毎晩のように東京を遊び回っている真性の不良娘ではあるけれど、昼間はちゃんと学校に行き勉強もして、優等生で通している。友人たちはミュージカル『ヘアー』に出演している中、ユーミンは学校があるから出られず、客席からそれを見ているしかない。けど大丈夫、彼女が主役になる時代はまだ先だから。グレイス・スリックはサイケデリック・ロックバンド、ジェファーソン・エアプレインのボーカルとして60年代を象徴した時代のヒロイン。その名を冠したこの曲は、彼女の時代への葬送曲のようでもあります。
⑧ カルチエ・ラタン的御茶ノ水
選曲:『卒業写真』
美大進学を目指して、御茶ノ水にある美術予備校に通いはじめたユーミン。それまでの遊び仲間からの誘いはすっぱり断って、ストイックにデッサンの練習に励みます。ほんの少し前までは、学生運動でバリケード封鎖され物々しい空気が漂っていたこの界隈も、70年代に入った途端、おしゃれな美術予備校生が闊歩する街にガラッと空気が変わっていたそう。ユーミンいわく、「錦華公園で長髪を切っている人がいて、その見物に人だかりができてた」とのことで、このイメージがのちに『「いちご白書」をもう一度』に繋がっていくんだとか。自分の目で見て印象的だった場面を、まるで絵に描くみたいに、楽曲で再現できる能力は、まさにユーミンだけのもの。共感覚的というか、ユーミンの場合は絵を描く訓練が、作曲に活かされたケースだと思いました。美大受験の個別指導をしてくれた厳しい先生は、細身でウルフカットの、かなりイケてる若い女性。ビシビシしごかれた思い出はユーミン自身がエッセイでも書いています。彼女が『卒業写真』のモデルではないかという噂を私も信じているので、第8章にはこの曲を。
⑨ セブンティーン!
選曲:『生まれた街で』
いよいよ夢が動き出し、ユーミンが作詞作曲した楽曲がプロの手に渡りはじめる。原石の才能をネットで見つけてもらえる今と違って、業界との接続がかなり難しかった時代。自分で録音したデモ(オープンリールテープ!)が流転して、ついにはアルファレコードの村井邦彦の手に渡るという急展開は、書いていて楽しかったパートのひとつ。ユーミンという、カテゴライズ不能の巨大な才能をちゃんと開花させるべく、このあと大人たちは右往左往することになるのですが、それはまだ先の話…。それにしても、高校生にしてアルファレコードの専属作曲家として契約を結ぶ早熟ぶりには、ただただ脱帽です。まだ無名の一般人である状態と、プロの世界とのはざまで揺れ動く日々に合うのは、セカンド・アルバム『MISSLIM』の1曲目に収録されている『生まれた街で』かな。まだ海のものとも山のものともつかないながら、人生が切り拓かれ、ぐんぐん前進している感じ。胎動している感じ。風に吹かれて髪がそよいでいる感じ。そんな、人生にわくわくする気配が、この楽曲からは感じられます。
⑩ ハロー、キャラメル・ママ
選曲:『ひこうき雲』
最終章を飾るのはやっぱりこの曲。この曲を書くきっかけになった少年とのエピソードは本を読んでもらうとして、私はユーミンの評伝小説を引き受けたとき、「中央線小説」にしたいなと構想しました。八王子という、都心からはずいぶん離れたユーミンの地元は、言ってみれば「地方」的な要素もあります。そこから少女が、中央線に乗って毎日「上京」している。都心で育った人の多くが、とても狭いテリトリーで遊んでいるのに反して、上京者であるユーミンはとても自由に、あらゆる場所に出没し、回遊し、自分のテリトリー=世界を広げて、大冒険を繰り広げる。各国の英雄譚がそうであるように、最後にはまた元の場所に戻って、迎え入れられる、という展開にしたいと思いました。この小説は、ユーミンがまだ無名の少女「荒井由実」だった時代で幕を下ろします。その後のきらびやかなスター時代よりも、私はユーミンがまだ無名だった時代の物語を書きたいと思いました。あれだけのスターにも無名の時代はあったし、誰だって、まだ何者でもなかった日々こそが、その人のすべてなんです。
選曲リスト
- 01. やさしさに包まれたならユーミン万歳!〜松任谷由実50周年記念ベストアルバム〜 3:12
- 02. 未来は霧の中にOLIVE 3:01
- 03. 14番目の月14番目の月 3:27
- 04. 雨のステイションCOBALT HOUR 5:15
- 05. 翳りゆく部屋ユーミン万歳!〜松任谷由実50周年記念ベストアルバム〜 4:48
- 06. ベルベット・イースターユーミン万歳!〜松任谷由実50周年記念ベストアルバム〜 3:44
- 07. グレイス・スリックの肖像守ってあげたい 4:28
- 08. 卒業写真MISSLIM 3:46
- 09. 生まれた街でMISSLIM 3:46
- 10. ひこうき雲ユーミン万歳!〜松任谷由実50周年記念ベストアルバム〜 3:25