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一条ゆかり先生インタビュー

一条ゆかり先生に特別インタビューを敢行!
  今だから聞けるオペラを舞台にした名作「プライド」誕生の舞台裏を初公開!それでは早速スタートです。

第1章「プライド」ができるまで

Q:なぜ、舞台に「オペラ」を?

■「オペラ」ではなかった? プライドの舞台

今だから言えるんですが…実は、最初からオペラにしようとは思っていなかったんですよ。
「女のプライド」をテーマにしようとは考えていたんですが、具体的な舞台は決めていませんでした。
でも、物語の設定だけは決めていたんです。
それはハンデのある戦い。
一言で言うと「お金持ちのお嬢様」と、「超貧乏な女の子」が競り合う話。しかも、それを「お嬢様のフィールド」で競り合う。
1人はお金もあって環境もいい。言われたことはキチンと出来る優等生のお嬢様。
そしてもう1人は、お金も環境もない最悪の場所からのスタート。でも、そこから這い上がろうとする野心があって、手の届かない所へも「根性と企み」でグイグイのぼっていくタイプ。
この2人を軸にした女性のプライド勝負。それを描きたいな、とは思っていたんです。

■ヴァイオリンや乗馬?!どんなフィールドだと面白いかな?って考えていて…。

最初は「ヴァイオリン」とかも考えたんです。
でも、ヴァイオリンって形が複雑でしょ。描くのが大変そうだなぁ…って。次に考えたのが「乗馬」。ところが乗馬は紳士のスポーツなの。最終目標はオリンピックになるだから卑怯なことができないんです(笑)。
かなりハンデがある戦いなんだから、多少は「卑怯」なこともしなければのし上がれない話を書きたいのに、紳士のスポーツでは…それができない!
今度の作品は、実力勝負の世界で、少々のことなら皆が目をつぶってくれるフィールドじゃなきゃダメなの。
そんなシチュエーションって、どんな世界がいいのかなって考えていて…。

■そうなるとやっぱり芸能界なのかなという感じで、なんとなく芸能系に絞っていたんです。

実は取材も少し始めていて、「スターはどう作られるのか?」なんかも、取材してて結構面白かったんですね。
でもある日の深夜、仕事中につけていたテレビが、たまたまオペラ歌手を取材した番組をやっていたんです。
ある女の子がオペラ・コンクールで歌うまでの1年を追っていて、この子が1位になるんだろうなと思って見ていたんですれど、結局1位を取れなかったんです。
でも、凄く面白かった。
そのコンクールに参加する人の思いも強くて、いろいろなドラマがある。
ちょっと意地が悪いところもあったりしてね…みんな相当、根性が入っているんです。
見ているうちに引き込まれて、「凄い世界だなぁ…」と感じたんですね。
それで、「ああ、これだ!」って。

■映像やPVはやり直しができる世界。でもオペラは…。

オペラの勝負はすべて生の舞台。
やり直しがきかない世界。その時失敗したらそこで終わり。 普段ちゃんと出来ていても、その時出来なければアウト! すごく足を引っ張りやすい、ありがたい設定ですよね(笑)。
その緊張感が面白かったんです。気合いも凄いし。

■最後の決め手は…

でも、最後の最後は「服装」で決めました(笑)。あのドレスで歌うところが「お姫様」みたいだなって。豪華だし派手だしね。
少女漫画にはもってこいでしょ?

第2章いざ!オペラ取材へ

Q:オペラの取材はされたんですか?

■やっぱり…取材しなくちゃ!

実は、それまでオペラなんてほとんど観たこともなかったし、あまり興味もなかったんです。
それに…
白状してしまうと、「オペラだったら、ほとんどの日本人は良く解らない世界だろうし、多少の嘘を描こうが大丈夫。ふ〜ん、そういう世界なんだと思うわよね」と。
ところが、書き始めて見たら違ってきた。
適当に書いてもバレないだろ…と思っていたら、 実は、プロのオペラ業界の方もかなり注目してくれていたんです。
それが第1回目の連載後からすぐわかって。色々なところから反響があったからです。しかも、芸大とか音大の学生さんも読んでくれていることが、耳に入ってきて…。
「これはやばい!」と。
困った!いい加減なことはかけないぞ!と。
これは…「プライド」に対する審査員が山のようにいる状態…まるでコンクール状態!?それで、連載が始まってから「これはきちんと勉強しないと…」と真剣に思い始めたんです。典型的な「泥縄方式」ですね。
どの作品を描くときも、とりあえず知識としてのお勉強はしますが、あまり勉強したくないので基本は知っていることを描く!で乗り切って来ました。それでも解らない事が出てきたら、仕方ないのでその時に焦って調べます。
でも、オペラのことは何にもわからない素人。
それまでに海外でオペラは3回ほど見た事が有りましたが、あの上流階級の雰囲気と、周りの人を見るのが楽しいだけで、たいていは途中から夢の世界に突入していました。聴いたのではなくて「見た」ですね。
基礎がなさすぎて、そもそもどんなことを取材していいかもわからない。
これは大きなマイナスだ…と始めは思っていたんですが、よく考えたら、むしろ私が素人だと言うことはプラスだとわかったんです。
つまり、私の知識も少ないけれど、読者の皆さんの知識も少ない。
と言うことは、私が知らないことは読者も知らない。
だから素直に「わからない」「知らない」「興味ある」ところを取材していけばいいんだと。
なまじっかオペラに詳しい人が作品を作ると、「知っている」ことが当たりまえの前提になってしまうから「読者の方がオペラをどれだけ知らないか?」を知らない。
そうなると、傲慢な作りになってしまって、読者の共感を得られない、と言うこともあるんです。
「こんなの知ってて当たり前じゃん」と言う前提になってしまって。
例えば漫画家同士で「ここはホワイトで」と言ったら、全員ホワイトが何か知っていますからすぐに意味が通じますけれど、普通の人に「ホワイト」って言っても「それ何ですか?歯磨きですか?」ってなっちゃいますよね(笑)。 それと同じだと思うんです。
そうなると「よく知っている」ことはマイナス。
普通の人に、正しく届けられなくなっちゃうんです。
だから「プライド」では、私が面白いと思ったところを取材して、私がわからないな、と思ったところを詳しく聞いていくことにしたんです。
なので、オペラの初心者の方には、わかりやすくオペラを知ってもらえる作りになっていると思います。

Q:取材で心がけたことは何ですか?

■ディテールにこだわる

私は、どの作品でもディテールの描写にこだわるようにしているんです。
例えば、「有閑倶楽部」と言う作品では、主人公たちが乗る車やバイク、愛用の拳銃なども、できるだけ細部を正確に描くようにしているんです。
普通、少女漫画ではその辺はあまり正確には描かれませんし、描く必要もないんですね。
でも、私は、できるだけ正確に描くようにしています。
漫画の世界って、映画と同じで現実ではない夢物語なわけですけれど、細かい描写がきちんと描かれているとリアリティが出て、そこからその世界に入り込めるんだと思うんです。
だから、ディテールにはとてもこだわるんです。
特に「有閑倶楽部」なんかは、荒唐無稽な世界を楽しんでもらう作品ですから、尚更、細かいディテールの描写にはこだわりました。
それは外見だけではなく、状態とか状況などもです。
例えば「毒薬」も、薬によって苦しみ方とかが違うらしいんですね。
この毒薬はじわじわ行くけれど、こっちの毒薬はいきなり泡吹いて…とか(笑)。だから仕事場には、少女漫画家なのに「拳銃図鑑」「毒薬入門」「最終兵器カタログ」から「世界のおまわりさん」「鯉の育て方」「少林寺拳法」なんていう本まであるんですよ(笑)。
手塚治虫さんが昔、素敵なことをおっしゃっていて、「嘘を本当らしく書くためには、本当をたくさんちりばめておくんだ」って。確かにそうですよね。

■ヨーロッパ取材も

だから、今回もオペラについてはかなり調べたと思います。 私のアシスタントさんの1人にオペラファンの子がいて、先ずその子から色々と教えてもらいました。それを手始めにさらに色々な方に取材を広げていって、ヨーロッパ取材にも5回位行っています。 ウィーン在住の、日本の音楽業界の方と親しくなって、結構深いところまで取材することができました。 ウィーン在住の音楽関係の日本人が集まる宴会にもよく顔を出して、普通は聞けない話を聞いたり、ミラノとウィーンにオペラ留学している日本人にも結構取材したんですよ。 「部屋見せて~~~」「学校の練習風景見せて〜〜」って、冷蔵庫の中まで見せてもらいました。コンセントって国によって違うので、チェックです(笑)。 たとえば、ミラノでは「スカラ座」、ウィーンでは「ウィーン学友協会ホール」などの超一流歌劇場の普段は絶対に入れない場所、楽屋はもちろん舞台の上や袖、さらに食堂まで取材させてもらいました。 「プライド」ではウィーンの「フォルクスオーパー」(国民歌劇場)の楽屋などが出てきますが、もちろんあれも本物を取材して描いているんです。 廊下にある非常口の案内なんかも、実際と同じですよ。

■会話も取材します

絵や状況だけではなくセリフなども取材します。
例えばクイーンレコード役員会議での神野のセリフも、本物のレコード会社の方から取材していますし、リハーサルでのコレペティのセリフなんかもそうです。
だから協力者にはよく「ねぇねぇ、こんな場面では、どんな会話するの?」とか電話したりしますよ。大抵たった一言のセリフだったりするんですけど。

■セリフのポイント

そう言うリアリティのあるセリフには、使うときのポイントがあるんです。
あまりにも専門用語すぎるとよくわからないし、でも、ここは専門用語の方がリアリティが出る、といった場面では、できるだけわかりやすく「短い言葉」で表現するようにしています。
やっぱり、そう言うセリフが入っているのといないのでは、プロの方の反応が違いますね。
そういうセリフにはもう1つこだわりのポイントがあって、ストーリーに関わるような重要なところでは使わないんです。
そのセリフの意味がわからないとストーリーがわからなくなってしまうようなシーンでは、専門的なセリフは入れません。ストーリーとは関係のない、どうでもいいようなところで、ちょこっと入れるようにしています。


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Q:取材でびっくりしたことはありますか?

■「人間の肉声って、すげぇ~なぁ~!!」

オペラ歌手の鈴木慶江さんとはちょっとした知り合いなんですが、彼女が麻布十番の事務所に遊びに来てくれた時に、少しだけ歌ってもらったことがあるんです。その時に、部屋中の壁がビリビリ・ビリビリ、震えたんですよ!まだ新築の新しいマンションですよ。あれには本当にびっくりしましたね。
「人間とは、こんなにも大きな声が出せるもんなのか?」って。まるで映画の「ブリキの太鼓」の1シーンを見ているみたいでした。
あの映画では、主人公の少年がブリキの太鼓を叩きながら超音波のような高い声を発すると、ガラス窓やメガネが割れるシーンがあるんですが、「もしかしたら、あれ本当にできるのかも?」 と思ったくらいですよ(笑)。しかも、慶江ちゃんは、たぶん全力じゃなかったと思うんです…。
「恐るべし!人間の力…人間の肉声って、すげぇ~なぁ~!」って感じましたね。

■ウィーン「楽友協会」の秘密(1)クッションの無い椅子

同じく、人間の肉声に関してなんですが、ウィーンの「楽友協会」を取材した時のことなんです。
椅子にクッションがあんまりついていないんですよ。木の椅子でクッションはお尻だけ。普通、ふかふかのクッションってついてますよね。
最初は「ケチだなぁ」と思ったんですけど、
「夏と冬では音がかなり違うんですよ」と言われて、ハッと気づいたんです。
「そうか、音が服に吸収されちゃうんだ」って。だから、椅子のクッションも出来るだけ少なくしてるんだ、なって。
試しに「もしかして、コートを預けるのもそれが理由ですか?」って聞いてみたら、なんと
答えは「YES」。
「え?!そっちが理由なんかい?」ってびっくりしましたね(笑)。
  もちろん、実際はそれだけが理由ではないのでしょうけれど、「音が吸われないため」にコートを預けさせるのも理由の1つなんですね。


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■ウィーン「楽友協会」の秘密(2)大理石の柱

劇場の大きな柱って大理石に見えますよね?でも、あれは大理石じゃないそうです。木の上に大理石の模様を書いている。 ウィーンフィルの本拠地『楽友協会』ですからねえ。音が命ですよ。
その理由も、もちろん音響のため。
本物の大理石だと音がはねちゃって、カンカンカンと割れた音がはいっちゃうんだそうです。
その時も、「スゲェ~!オペラ劇場ってすげぇ~!」って(笑)。そしてやっぱり、「すげぇな~、人間の肉声ってすげぇなぁ~!!マイクも使っていないのに!」ってところに戻りましたね。
オペラは人間の身体が楽器だ、ということは言葉としては知っているし、「プライド」の中のセリフにも似たようなことは書いていたけれど、「あぁ、本当にそうだ。人間の身体って楽器なんだぁ」って体感しましたね。
でも、余計なこともつい考えちゃいました。
「虫歯とか銀歯だったら声も変わるのかな?」って(笑)。

■3大テノール、ドミンゴ氏との奇妙?なご縁

取材ではないんですけれど、肉声つながりで凄く驚いたことがあります。
私は以前、ニューヨークのマンハッタンに小さいマンションの部屋を持っていたんです。
忙しくてなかなか行けなかったのでほとんど、姪っ子が使っていましたが…。
そのマンションはメトロポリタン・オペラ・ハウスのあるリンカーンセンターと、ジュリアード音楽院に隣接していたんです。
ある日そこで寝てたら朝から男性の発声練習する声がガンガン聞こえてくるんです。うっせーなあ、寝られやしないと怒ってたんだけど、朝の9時頃なら寝てる私がダメなのよねと我慢しました。ジュリアードの学生寮もすぐ側でしたから、テスト前か何かの男子学生だろうと思っていました。
ある時、天井から水が滴ってきて、マンションのコンシェルジュに話したら、「1つ上の階からの漏水で、その方が弁償したい」とかなんとかいうんです。 それでどんな方ですか?って聞いたら、なんとあの世界3大テノールの1人、ドミンゴ氏だったんですね。メトロポリタンで公演がある時の宿だったんです。
と言う事は、あのうるさい声は…ドミンゴさんだったんです!(笑)
その後、直接ドミンゴさんと会うことはなかったんですが、せっかくなので、彼の顔が大きくポスターに載っているオペラに行くことにしたんです。でも、いつまでたっても出てきて歌わない。いつ歌うのかな?と思っていたんですが、そうこうしているうちに、オペラが終わってしまったんです。 そうしたらなんと、最後に指揮者として出てきました。ものすごい歓声でしたよ、そりゃ。
でも、正直「なんだ、歌わないんかい!」と(笑)。
よくよくプログラムを見たら、「指揮:プラシド・ドミンゴ」とちゃんと書いてありました。英語で…。
彼が指揮もしているとは知りませんでした…。
結局、ドミンゴさんの生歌は、マンションでしか聞いたことがないんです。
でも一番びっくりしたのは、私はあの発声練習を、学生の声だと思っていたこと。
すごく若くて、艶のある声なんですよ。
声って老けないんだな、って思いましたね。

第3章 一条流オペラの楽しみ方 

■ 時には歌って体感してみる?

今までお話ししたように、連載の後からオペラを勉強するようになったんですが、取材しているうちに、オペラがだんだん面白くなって来て。
調べると本当に面白いことがたくさんありました。
例えば、主人公の史緒ちゃんはソプラノを歌っていたけど音域はアルトなんです。
普通は、主人公はソプラノだと思うんです。オペラの花形といえば、イメージはやっぱりソプラノじゃないですか。
でも、史緒ちゃんはソプラノを歌っているんだけれど音域的にはアルト寄りで、ちょっときつかったんです。それが、ウィーンに行って正しい発声法を習ってからはソプラノからアルトまで出せるようになったんです。
このエピソードは私がでっち上げたのですが、実際にはソプラノからアルトまで歌えるオペラ歌手はいるのか?気になって調べてみたら、いました。でも、超一流の人の中でもほんの一握りだけなんですよ。


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なぜだろうと取材していたら、「アルトはギフト」と言う言葉を教えてもらって、とても面白いなと思ったんです。
高音は技術で歌えるようになることもあるけれど、低音は天性のもの。
どんなに頑張っても、努力や技術では低音は出ない。だから、ギフトなんだと。
実は、連載が終わってからなんですが、あるとき、あの言葉は本当だったのか?って考えちゃったんです。もう描いちゃって、連載も終わってるんだけれど…(笑)。
気になったので、オペラ歌手の先生がやっている近所のボイトレ教室で聞いてみたんです。
そうしたら、やっぱりそうでした。
それで、そのままその教室でボイトレを習うことになったんです。
そうしたら、練習すると確かに高音は出るようになるんですよ。
自分でもびっくりしましたね。
その先生のレッスン方法もユニークで、声帯を騙すんです。
声帯と言うのは緊張すると締まってよく声が出なくなる。
つまり、緊張しない状態にしてやれば声は出るようになる、という理屈です。
それで何をするかというと…
歌いながら踊らされたりするんです!最初は恥ずかしいし、わけわからなかったんですけど、恥ずかしいから喉に意識が回らない。だから、だんだん高音が出てくるようになるんです。 もっとすごかったのは、歌いながらピアノの鍵盤の下を持っていて、普段は出ない高音の箇所が来た瞬間、ピアノを持ち上げろと言うんです!もちろん、ピアノなんか持ち上げられるわけないんですけど、その瞬間ふん!!ってピアノを持ち上げたらスルッと声が出たんです。やっぱり喉に意識が行かなくなって、声が出る。それを「声帯を騙す」というんです。でも腰に悪いので1回しかしませんでした。
連載が終わってからというのもなんですけれど、確かに「アルトはギフト」なんだなって、自分が歌って身を以てわかりました。
自分でも声を出す体感をすると、オペラってやっぱりおもしろいな、って感じますよね。

■タイトルから曲の内容を当てられる?

オペラって、曲のタイトルのつけ方も面白いですよね。
もともと一般大衆芸能で、大量生産されていたものだから、いちいち曲にタイトルもついていなかったでしょ。だから、歌い出しの頭の部分をそのままタイトルってことにしてる曲が多いじゃないですか。
タイトルから色々想像して、「この曲はきっとこんな曲なんだろうな」なんて思っていると、全く違っていたりする。
例えば、有名なジャン二・スキッキの「私のお父さん」も、「ねぇ、私の大切なお父さま」って呼びかけただけで、決してお父さんのことを歌った曲じゃないですよね。自分の恋心を歌ってる。
だから、タイトルから連想すると歌の歌詞がちぐはぐだったりする。
そういうところも面白いですよね。

■細かいところは気にしない?

みているうちに発見したことがあるんですよ。
オペラの物語って、早朝から始まって、その日の夜には終わってしまう。
わずか1日の出来事がすごく多い。
まだ陽が昇る前に出会って、お昼頃には恋仲になり、夕方にはパパの反対にあって、夜には川に飛び込んでいたりする(笑)。ロミオとジュリエットもたった5日間の出来事ですよね。
出会ってすぐに恋をして、愛を打ち明け、求婚し、勘違いで死ぬラストまで、たったの5日間ですよ。でも、オペラとしては長い方でしょ(笑)。
結論を言うと、オペラってストーリーはどうでもいいんだって。歌をより劇的に聞かせるためだけにストーリーがついてるだけ。
1曲1曲出て来て歌うより、1つのストーリーの中で、見せ場も作って聞く方が楽しい。
感情も移入できるし、歌う方も聞く方も楽しい。
だからストーリーは少々変でもいいのよ、と言うことです。
「いいのよ~。朝に出会って、昼に結婚して、夜には死んでても」っていうくらいおおらかに観ればいいんです(笑)。

第4章 一条先生、「プライド」を語る

 

もともと、「プライド」は公式に当てはめない作りにしようと思っていました。

公式っていうのは、「主人公が天才ではない」と言うことなんです。
少女漫画の1つの公式って、天才少女が現れて、基礎も無いのによくわからないうちに凄いことが出来ちゃって、それを周りも騒ぎ出して、成功して、と言うパターンです。でも、この公式には絶対にしたくなかったんです。

■一条先生「史緒」を語る

日本人がオペラをやること自体、もう凄くお金がかかる。
よほどのことがないと、日本人で本格的にオペラをやるという気にはならないと思うんです。
でも史緒ちゃんは、お金もあって、母親はオペラ歌手だったし高い教育も受けている。
そういうお金持ちのエリートなんです。
でもエリートって言うのは、それまでの人生を、先生や親の言うことをしっかり聞いて生きてきて、エリートとしてここまで来ているはずなんです。
だからあまり個性や魅力が出せなくて、人間としては「面白くない」はずなんです。
でも、もしそんな子が、自分の意思で「世界を目指す」となると、
それまでのエリートな生き方ではダメなはずで、そういう子を主人公にしてみたら面白いな、と思ったんです。 オペラ留学をしている日本人に聞いたら、史緒ちゃんタイプがすごく多いといってました。日本人は巧いし、何でも無難に出来て協調性もあるけど、魅力に欠けると。
世界を目指すと言うことは、ただ「歌が上手」とか、「美人だ」というだけでは無理で、そこにはもっと強い魅力がないとダメだと思うんです。
歌も上手いし美人だし。だから、ある程度まで上にはいけるんです。
でも、そこから先を目指すには、世界を目指すには、もっと大きな魅力がないとダメなんです。
自分が出せなくて、魅力がないと思い込んでいる子。
それが本気で世界を目指して、自分に気がついた時、その子が「もがく姿」。
それが最も面白いな、と思ったんです。

■一条先生「萌」を語る

そしてもう一人の主人公は、歌が上手くて、野心がある。
でも、お金も無いしエリートでもない。
そして、この子は「歌」でなくてもよかった。
ただ、「人に認めて欲しかった」んです。
たまたま歌が上手だったんで、人に認めてもらうために歌うんです。
それが、萌ちゃんなんです。

■一条先生「プライド」を語る

人はどうやって生きていくんだろう?って考えた時に、2つのタイプが浮かんだんですね。
一人は「自分が自分にOKと言って生きていく」タイプ。
自分が「私はイケてる」と自分で思えれば、それでいいの。
それでもう納得して生きていける。
「世界中の人が私を嫌っても、私が私を好きでいられたら、それでいいの。だから、ほっといてね」。これが主人公の史緒ちゃんのタイプなの。
私自身も、オタクなものでこちらのタイプです。
漫画家ってたいていオタクなんですよ。最初普通の子だなと思っても、突っ込んで話してみると、もれなくオタク。
あともう1人は、人が「好きだよ」って言ってくれると生きていけるタイプ。
自分の存在価値を他人にゆだねるタイプですね。日本人の女の子はこっちが多いです。
これが萌ちゃん。
萌ちゃんは愛に飢えていて、愛されていなかったから、愛が欲しくて仕方がない。
だから手段はなんでもいいの。
歌でなくても、人から認められるものならなんでもいい。 自分だけだと、生きていていいんだと自信を持って思えないから。史緒の性根は男で萌は女ですねえ。
人間は、どうやったら常識を捨てて、非常識な凄いところまで行けるか?って言う努力が一番面白いと思うんですけど、オペラはその最先端。
オペラは色々な意味で人生をギュッと凝縮している。
だから「プライド」という作品の舞台として、とても面白かったし、そんな二人を、オペラという舞台で競わせたかったんです。
「プライド」は、「人はどうやったら自分を表現できて、どうやったら自分の世界を創って幸せになれるか?」という物語なんです。

■一条ゆかり先生 オススメのオペラ

ばらの騎士

ばらの騎士は、「プライド」にも登場する、主人公の史緒がデビューを目指す重要な鍵となるオペラです。官能的で美しい、大人の味わいを楽しめる傑作だと思います。

一条ゆかり氏 プロフィール

 

一条ゆかり

漫画家。9月19日生まれ、岡山県玉野市出身。
1968年に第1回りぼん新人漫画賞準入選・受賞作『雪のセレナーデ』で集英社にてデビュー。
「りぼん」「マーガレット」「コーラス」など少女まんが各誌で精力的に作品を発表し続け、『有閑倶楽部』をはじめ『デザイナー』『砂の城』『正しい恋愛のススメ』など多くのヒット作を生み出した。雑誌「コーラス」で連載していた『プライド』で、2007年文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。
同作は2009年にステファニー主演で映画に、2010年には笹本玲奈&新妻聖子のw主演でミュージカルにもなり、好評を博した。

漫画『プライド』

漫画『プライド』紹介

あらすじ
今は亡き有名なオペラ歌手を母に持ち、同じ道を目指す資産家の娘・麻見史緒。金にだらしない母親に苦しめられ、バイトをしながらオペラ歌手を夢見る緑川萌。
何もかもが正反対の二人は互いを嫌悪しながらも歌を通してぶつかり合い、成長していく。
やがて舞台はウィーン、ミラノ、ニューヨークと、世界に広がっていき、違う道でひとつの頂点を目指すふたりは——!?

「プライド」全12巻は、マーガレットBOOKストア! ほか、各電子書店で発売中!

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